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「ガーシー氏の逮捕状は簡裁が出したものだから罪も軽い」は間違い その訳は?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 SNS上などで「ガーシー氏の逮捕状は簡裁が出したものだから罪も軽い」といった話が流されている。しかし、これは法令に基づく令状発付の権限や実務を知らないことからくる誤解であり、間違いだ。

簡裁の裁判官の権限は?

 確かに、官報に掲載されたガーシー前参議院議員に対する旅券返納命令によると、3月16日に逮捕状を発付したのは東京簡易裁判所の裁判官だ。

 簡裁は、起訴された事件の有罪・無罪や量刑を決める裁判については、罰金刑どまりであるなど比較的軽微な犯罪や、窃盗、単純横領などごく一部の犯罪しか取り扱えない。言い渡すことができる刑罰も、原則として罰金刑まで、窃盗など特別に法律で規定された犯罪ですら懲役3年までに制限されている。簡裁と聞くと、略式起訴や略式命令による罰金刑をイメージする人も多いだろう。

 しかし、まだ起訴されておらず、捜査段階にある事件の「令状審査」については、こうした制限が一切ない。簡裁の裁判官は、罪名や法定刑の軽重を問わず、逮捕状や捜索差押許可状などの令状を発付できる。

 殺人や強盗致傷、強制性交、放火といった重罪であろうが、特捜部が扱うような社会的反響の大きい事件であろうが、警察や検察による令状請求に対してその是非を判断できるし、現に実務ではごく日常的に簡裁の裁判官から様々な令状が発付されている。

 例えば、福島県いわき市の自宅で内縁の夫を殺害したとされる女が起訴前の精神鑑定のために3月27日から鑑定留置に付されたが、この判断を行い、鑑定留置状という令状を発付したのは、地裁ではなく、いわき簡易裁判所の裁判官だった。

逮捕状の8割が簡裁によるもの

 すなわち、令状審査は「裁判官」でありさえすれば可能であり、それこそ土日祝日といった閉庁日や夜間だと持ち回りで「当番」や「当直」になっている裁判官が審査するから、普段は民事事件の裁判を担当している裁判官に当たることすらある。

 地裁よりも簡裁のほうが数が多いし、全国津々浦々にあるから、管轄の関係などから警察が地裁ではなく簡裁に令状を請求することも多い。また、東京や大阪といった大規模な地裁には令状審査を専門とする「令状部」があるものの、混み具合などによっては令状請求が隣接する簡裁に回されることもある。

 現に1年間に発付される逮捕状のうち、実に8割が簡裁の裁判官によるものだ。逮捕状請求の却下率も地裁と簡裁とで大きく変わらず、地裁よりも簡裁のほうが格段に令状が出やすいというわけでもない。

 検察は、たとえ簡裁の裁判官が逮捕状を発付している事件でも、捜査の結果、簡裁では裁判ができない犯罪について刑事責任を問いたい場合には、簡裁ではなく、地裁に起訴すれば足りる。これも実務では非常によくあるパターンだ。

 ガーシー氏の場合、逮捕状の容疑は(1)強要罪、(2)名誉毀損罪、(3)威力業務妨害罪のほか、(4)暴力行為処罰法の常習的脅迫罪である。このうち、最高で(1)~(3)は懲役3年、(4)は懲役5年だが、(1)と(4)には罰金刑がなく、比較的重いから、簡裁では裁判ができない。そこで、もし検察が(1)~(4)の刑事責任を問いたい場合には、簡裁ではなく、一括して地裁に起訴することになる。

 このように、逮捕状を発付した裁判官が簡裁か地裁かによって罪の軽重が決まるわけではないし、簡裁が逮捕状を発付したからといって必ず簡裁に起訴されるものでもない。ましてや、簡裁の逮捕状は地裁の逮捕状よりも価値が低いとか、簡裁の逮捕状だとICPOを介した国際手配ができなくなるといったこともないので、注意を要する。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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