助けるためには飛び込むな:「美談」から学ぶ水難救助法
■75歳の医師が川に飛び込み10歳男児を救助:ネットで称賛?
川に落ちて流されていた少年を、近所に住む75歳の医師が飛び込んで救助しました。このニュースに、ネットでも世間でも賞賛の声が上がりました。そのドラマチックな救出劇は映像で記録され全国に放送されたために、いっそう話題になりました。
確かに素晴らしい勇気です。見事な救出でした。しかし、これから水の事故が増えるこの時期、美談として賞賛するだけでは、かえって危険が増すことになってしまうかもしれません。
■飛び込むな!:飛び込んで救助することの危険性
ドラマならさっそうと飛び込んだ主人公は、いつも溺れている人を助けます。しかし実際は、助けに飛び込んだ人の4割は自分が溺れてしまうという調査もあります。
最初に溺れた人は助かり、助けに飛び込んだ人が死亡することもあります。二人とも溺れてしまうこともあります。そのような二重遭難になってしまうと、そのあとの救助活動がさらに困難になってしまいます。せっかく助けようとしたのに、かえって最初に溺れた人を危険にさらすこともあるのです。
泳ぎが上手ければ助けられるものでもありません。ライフセーバーのような救助訓練を受けた人も、なんの装備も持たず救助に向かうことはありません。「海猿」(潜水士)になるような人は、最初から体力自慢でカッパのように水泳の得意な人です。けれども、水泳が得意なその人々が、さらに過酷な訓練をこなし、装備を整えバディと共に人命救助に当たります。
池で溺れている人を助け、自分も岸に手が届くほどの場所まで戻ったのに、目の前の岸に上がることができず溺れそうになった人もいます。
水難学会の斎藤会長は、溺れる人を見つけたら「絶対に飛び込まないことが重要」だと述べています。
飛び込むだけではなく、深みにはまった人を助けようとして近づいた2人目、3人目が次々と水に沈む「後追い沈水」が起きることもあります。
■水難事故はいつどこで
毎年、1500人前後が水難事故にあい、700〜800人前後が亡くなっています。つまり水難事故の半数は、死亡事故になってしまいます。水難事故の半数は、6〜8月に発生しています。昨年2016年の6〜8月の統計によれば、水難者数は735人(前年同期+62人)、死者・行方不明者:304人(前年同期+37人)に上っています。
水難死亡事故の発生場所は、5割が海で3割が川です。しかし子どもの事故に限れば、川が5割以上で海は2割です。子どもは海より川で事故にあっています。川遊びは楽しいですが、川は見た目以上、想像以上に危険です。
また住宅街の中でも水難事故は起きています。水泳や魚釣り中の事故に加えて、子どもは好奇心から水に触ろうとしたり、川や池に落ちたものを拾おうとして水に落ちる事故も起きています。
警察庁の発表によれば、水着ではなく普段着のまま水難で亡くなる人が全体の9割です。
■溺れる人を助ける方法
・声をかけて落ち着かせる
あわてることで、死亡の危険性が増します。
・自分の安全確保
状況をよく確認して、自分の安全を確保しつつ、救助を考えます。
・浮くものを投げたり、ロープになるものを投げる。棒などを伸ばす
ペットボトル、バッグ、ベルト、上着など、浮き輪やヒモがわりになるものを投げて、つかまえさせます。
岸のすぐそばで溺れていれば手を伸ばすこともありますが、引きずりこまれないように腹ばいになって手を伸ばすなどの工夫が必要です。
・周囲の協力を求める
緊急事態が起きていることを知らせ、みんなで協力して救助します。
・通報
119番、海の事故なら118番。当然のことなのですが、混乱の中で通報が遅れることもあります。
・人間のくさり
水に入って助けるのは最後の手段です。その場合も、陸にいる人が何かにつかまり、人間のくさりを作って、溺れている人に手を伸ばしていきます。
*子どもは大人のすぐそばでも溺れます。大人が大勢いても、みんなが子どもから目を離してしまう時があります。子どもも大人も、溺れる時には、叫ぶことができずに静かに沈んでいってしまうこともあります。
■浮いて待て
お父さんと小さな息子二人が、海で遊んでいました。ところが、少し離れたところにいたお兄ちゃんが、深みにはまり溺れそうになりました。お父さんは、大慌てでお兄ちゃんの方に向かいます。すると、弟が「お父さん!」と泣きながら必死に父親のあとを追いかけて来ました。
お父さんは、このままでは3人とも溺れてしまうと思い、お兄ちゃんに向かって叫びました。
「浮いて待て!」
人は、水の中でパニックになると体が縦になり沈みます。下手に泳ごうとすると、かえって危険なこともあります。「浮いて待て」は大の字になって水に浮かび、救助を待つ方法です。実は、お父さんは先日「浮いて待て」を習ったばかりでした。この日、海水浴場についた最初に、ちょっと冗談半分で家族で「浮いて待て」の練習をしていました。これが、3人の命を救いました。
■人助けをするために
目の前で溺れている人を見れば、誰もが助けたい、何とかしたいと思うでしょう。しかし、飛び込むことはしてはいけない救助法です。また誰もができる方法ではないでしょう。
子どもを助けた75歳の医師は、事前の知識と技術を持っていました。結果的には救助が成功し、ヒーローになりました。しかし本人も家族も、一緒に死ぬかと思った、紙一重だったと語っています。飛び込むことは、決して人に勧められる方法ではありません。
私たちがこの救助から学ぶべきことは、勇気と実行力、そして事前の学習です。
社会心理学の研究によれば、緊急事態に気づいた人は、助ける方法を思いつき、さらに心理的な「コスト」(自分の危険性など)を瞬時に考えて、救助行動を実行するかどうかを決めるとされています。
救助方法を全く思いつかない、あるいはとても危険な方法しか思いつけないと、助けたい思いはあっても行動に移せません。また危険性判断を間違えれば、自分も事故にあうことになります。
人助けをするためには、愛と勇気が必要です。そして効果的な人助けをするためには、事前に学び、飛び込む勇気を冷静さに変えることが必要です。