家族が浴槽から立ち上がれない 救急車を呼ぶまでもないのだが、どうやって救出する?
寒くなりました。12月は浴槽溺水の発生しやすい時期です。溺水に至らなくてもついついの長風呂がたたって気が遠くなったという119番通報が頻発します。浴槽から立ち上がれない人をどうやって救出したらいいでしょうか。
12月と1月は浴槽溺水の多発シーズン
厚生労働省人口動態統計2021年死亡数、死因(死因簡単分類)・性・死亡月別 「20103 不慮の溺死及び溺水」によれば、例年のごとく12月と1月は年間を通じて浴槽で溺れて亡くなる人が多い月でした。「忘年会・新年会シーズンでお酒を飲む機会が増え、酔ってお風呂に入るから危ないのか?」と考えたいところですが、コロナ禍でそういった飲む機会が減っても、やはり12月と1月は多いので、寒いシーズン特有の事故として考えてよさそうです。
現場を数多く踏んでいるベテランの救急隊員から聞くところによれば、「溺水に至らなくてもついついの長風呂がたたって気が遠くなった」という119番通報はやはりこの時期に多くなるそうで、溺水に至る前の意識混濁状態の「溺水の一歩か二歩手前」の人が多発するのも12月と1月ということです。
さらに、「現場に到着すると、浴槽に浸かりっぱなしの人、お湯が抜いてある浴槽内に座っている人様々ですが、中でも高齢のご婦人がご主人を浴槽から自力で引きあげた現場には驚いた」と話します。実は浴槽にお湯が張ってあると、お湯の浮力で身体があげやすくなっているのです。
浴槽から立ち上がれない人をどうやって救出するか
浴槽でぐったりしている人に声を掛けたら「一人では立ち上がることができない」との回答。比較的意識がしっかりしているようであれば、「一緒に浴槽からあがりましょう」と声を掛けます。
図1のように、浴槽の中にいる人の背中を洗い場の方向に向けます。水中で浮力が効いているので、浴槽外の人が簡単に浴槽内の人の身体を回すことができます。そして、カバー写真のように浴槽外の人は背中側から脇の下を経由して両腕を入れて、浴槽の中にいる人の前腕を両手でつかみます。一方は肘の近く、もう一方は手首の近くをしっかり持ちます。「1,2」で軽く2回上下をつけて、「3」でいっきに身体を引きあげて、図2のように浴槽の縁に座らせます。
背中側からあがった人をしっかり支えて、座らせた状態で「一人で足を浴槽から出せるか」聞いてみます。もし自力で出せるのであれば出してもらい、そして浴槽外の人が支えつつ立てるようなら立ってもらい、一緒に歩いて居間など暖かい部屋に移動します。自力で足が出せないようだったら、別の手段を使います。
他に家族がいるなら応援を得ます。応援に来た家族に図3に示すように両脚をしっかりとつかんでもらいます。「1,2,3」の掛け声で前腕をつかんでいる人と両脚をつかんでいる人が一緒に浴槽からあがった人を持ち上げて、その状態で歩いて居間など暖かい部屋に移動します。
家族がいなかったら、浴槽からあがった人を浴槽外の人の力で洗い場の床に座らせます。やり方は、浴槽からあがった人を座った状態で少しずつ手前(洗い場)にひき、お尻が浴槽の縁から外れたら、静かに上半身を床に向かって下ろします。お尻が床に着いたら両脚を浴槽の縁から床に下ろします。少し落ち着いて自力歩行できるようになったら、手伝いながら歩いて居間など暖かい部屋に移動します。
浴槽からあげたら
浴室でも居間でも、本人の一番楽だという体位で安静にします。濡れた身体は直ちに乾いたタオルで拭いてください。浴槽の外に出れば身体に付着した水分の蒸発とともに急に身体の表面が冷えてきます。水分を拭き取ったら乾いた衣服を着るようにするか、毛布で保温をとるようにします。
溺水は、今や国民的災難
わが国の溺死は実はたいへん多く、厚生労働省人口動態統計2021年によれば、全年齢で7184人です。警察庁の統計によると同じ2021年に交通事故で亡くなった人の数は2636人です。実に交通事故の犠牲者の2.7倍に達します。今日、溺死は国民的災難と認識していいかもしれません。
そのうち浴槽での溺死は5459人で、全体の約76%を占めます。すなわち、浴槽溺水を撲滅しない限り、この国民的災難を解決できないと考えられます。
図4をご覧ください。厚生労働省人口動態統計の浴槽内溺水による死亡者の推移を示しています。この8年間でほぼ高止まりしています。2017年に極大値を示した後、わずかには減少傾向にあります。
全年齢に占める65歳以上の方は90%を大きく超えます。つまり、高齢者の浴槽での異常を早期に発見して、適切な手当てをできるだけ早く行い、必要に応じて医療につなぐ行動がなければ、この国民的災難は将来にわたって解決できないことになります。
本稿で述べた、意識があるうちの早期浴槽引きあげは、原因の除去としてたいへん重要な意味を持ちます。
14歳以下の子供の場合でも状況はよくありません。図5はやはり厚生労働省人口動態統計の浴槽内溺水による死亡者の推移を14歳以下の子供に絞って示しています。
例えば2021年の死亡者数は14人でした。別に警察庁が水難の概況で発表している中学生以下の子供の死者・行方不明者数は31人でした。上限の年齢に若干の差があるものの、水難の概況には算入されていない「浴槽溺水」がそれなりの数にのぼる事実は、これも国民的災難として認識されなければなりません。
14歳以下のお子さんのうち、もっとも多くを占めるのは1歳児の溺死です。2021年には約79%を占めています。一人で家の中を歩き始めた幼児が浴槽に転落した例、浴槽に放置していてその際に溺れた例、様々な例があります。
今年は、2歳児が自宅から姿を消して、海で遺体として発見された事案がありました。1歳児の行動範囲、2歳児の行動範囲、そしてその後の成長とともに広がる行動範囲内に水があれば、それは成長していく子供にとっての新たな溺水原因となります。
ご参考に
筆者の過去記事「12月は浴槽内溺水の季節 救急車が来るまでにできることがあります」では具体的な引きあげ例を動画で解説しています。
発見時、浴槽内の人の顔が湯に浸かっていたら顔を水面に出します。声を掛けて浴槽の中にいる人の肩をたたき意識を確認します。無反応あるいは声が出るが要領を得ない場合には、ただちに119番通報して救急車を呼びます。このように緊急を要する場合の手当てについては「家庭内浴槽での突然の事故 救急車が来るまでに家族ができること」を参考にされてください。
子供の死亡事故の検証に関してはノンフィクションとして、チャイルド・デス・レビュー(CDR)=「予防のための子どもの死亡検証」(旬報社)が出版されました。今年は子供の死亡事故で「まさか」と言いたくなるような事案が続きました。子供の命を守るために何ができるか、ご参考に読まれてはいかがでしょうか。