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森保一は、なぜ「視察」を大切にするのか。

二宮寿朗スポーツライター
東京五輪代表監督の兼任が決定。「覚悟と感謝を持って職責をまっとうしたい」と決意(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 選考は会議室で起こっているんじゃない! 現場で起こっているんだ!

 温厚で知られる森保一監督がそんなことは言わないだろうが、とにかく日本各地を駆け回って選手を視察している印象が強い。

 日本代表監督に就任して初めての視察は28日のJ1ベガルタ仙台―セレッソ大阪戦(ユアテックスタジアム)。翌日もJ2水戸ホーリーホック―愛媛FC(ケーズデンキスタジアム)を生でチェックしている。早速の2日連チャンである。

 昨年10月、東京五輪代表監督に就任した。J1、J2、J3、大学サッカーとカテゴリーを問わず、なるべく試合には顔を出すようにしてきた。今年2月には、Jリーグのキャンプ地を巡っている。とにかくフットワークが軽い。筆者が鹿児島でジュビロ磐田のキャンプを取材していた際もバッタリと会った。このバッタリ感が、多い人なのである。

 自分で足を運べない試合は、五輪代表スタッフが代わりにカバーする。広い情報量を持って選考にあたる。A代表の監督になったため、視察する数はもっと増えることになるだろう。

 直に自分の目で見る意味――。

 いつしか彼から聞いた言葉が、頭をよぎった。

「自分は高校時代、無名の選手でした。だけど長崎まで見に来てくれて、僕は(サッカー選手になる)チャンスをもらったんです。もし見に来てもらえていなかったら、今の自分はなかったかもしれません」

 森保は長崎日大高で国体選抜に選ばれた経験はあったものの、全国的にはノーマークの選手。森保を高く評価していた同校の下田規貴(きよし)監督が親交のあるJSL(日本サッカーリーグ)マツダの今西和雄強化部長に年賀状を出し、視察をお願いしたという。

 今西の視察をきっかけに、将来性を買われてマツダの入団が決まる。あのとき自分を見てくれる機会がなかったら、サッカーを職業にすることはなかったのかもしれない。

 その原風景が、彼の心のなかに今も強くある。

 情報社会の今、気になる選手がいればプレー映像は入手できるに違いない。しかし彼は直接、自分の目で見ることにこだわる。プレーを把握するとともに、プレーや判断の裏側にあるものはなにか、指導者との会話もヒントにしながら映像にはない情報を得ようとしているように思える。

 頻繁な視察の裏側にはもう一つ、理由がある。それは育成年代の指導者に対するリスペクトだ。

 彼もそこから指導者キャリアをスタートさせている。サンフレッチェ広島の強化部育成コーチからJFAナショナルコーチングスタッフとしてトレセンコーチやU-19、U-20日本代表のコーチを務めている。

 A代表監督就任の記者会見では、熱っぽく語っている。

「現役を引退して広島の育成部巡回コーチをしながら、日本サッカー協会でもトレセンコーチとして活動した経験が非常に大きな経験となっています。地方を回っていろいろなカテゴリーを見ていくなかで、プロとしてお金をもらってサッカーを教えている方々はごくわずか。大勢の人はボランティア精神で、自己犠牲を払って選手を育てています。そういう活動を見させていただいた。その努力によって選手が育ち、日本代表、五輪代表に送りこまれています。

 すべての指導者の努力、環境を整えてくれる方々の努力があって、我々は素晴らしい選手たちを呼ぶことができ、日本を代表して戦えることを忘れてはいけないと思っています。そういう方々の気持ちを背負って戦うということは、常に肝に銘じておきたいです」

 Jリーグや大学の試合を数多く回っているのも、選手の現状のみならず少年時代の指導者からどのような影響を受けているのかを肌で知っておくためである。選手に携わってきた指導者の思いと重みを背負って、試合で戦うためでもある。

 東京五輪代表監督としても、日本代表監督としてもその姿勢は変わることがない。

 真夏の熱帯夜。

 試合あるところに、汗をぬぐって視察する森保一の姿がある。

スポーツライター

1972年、愛媛県出身。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。格闘技、ボクシング、ラグビー、サッカーなどを担当し、2006年に退社。文藝春秋社「Sports Graphic Number」編集部を経て独立。著書に「岡田武史というリーダー」(ベスト新書)「闘争人~松田直樹物語」「松田直樹を忘れない」(ともに三栄書房)「サッカー日本代表勝つ準備」(共著、実業之日本社)「中村俊輔サッカー覚書」(共著、文藝春秋)「鉄人の思考法」(集英社)「ベイスターズ再建録」(双葉社)がある。近著に「我がマリノスに優るあらめや 横浜F・マリノス30年の物語」。スポーツメディア「SPOAL」(スポール)編集長。

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