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人生そのものが「岡山劇場」。

二宮寿朗スポーツライター
キッチンカーでJリーグの会場を巡る「岡山劇場」の主人公(カメラ・高須力)

「岡山劇場」なる言葉を、ご存知だろうか。

 川崎フロンターレが黄金時代を迎える随分前の2002年、等々力競技場のスタンドは閑古鳥が鳴いていた。これではいかんと、ディフェンダーとしてコンスタントに出場していた岡山一成が試合後にサポーターを一カ所に集めつつ、トラメガを手にして勝利を一緒に喜び始めた。にぎやかな恒例行事はいつしか「岡山劇場」と呼ばれるようになり、移籍した柏レイソルやベガルタ仙台でもそれはお馴染みの光景になった。

 多くのクラブを渡り歩き、JFL時代の奈良クラブで契約満了になった2017年シーズンで選手としてひと区切りをつけた。「選手兼監督」を目指して指導者になり、JFLのアトレチコ鈴鹿クラブ(当時は鈴鹿アンリミテッド)コーチ、関東サッカーリーグ1部VONDS市原監督、そしてJ2大分トリニータのコーチを務めてきた。

 昨季限りで大分のコーチを退任。今シーズンはどこで指導者をやるのかと思っていたら、町田ギオンスタジアムにいた。

 といってもスタジアムの中ではなく、外。サッカーではなく、エプロン姿。

 5月22日、YBCルヴァンカップ、FC町田ゼルビア-鹿島アントラーズ戦が行なわれる会場にキッチンカーで乗りつけ、ブラジルの特大ソーセージをのせた「横濱ブラドッグ」を販売する彼の姿があった。

「スタグル(スタジアムグルメ)で出店していても、まったく気づかれないことも多いですよ。でも昔からのJリーグのファン、サポーターの人が〝あれ?〟と僕だと分かってくれて。ブラドッグを食べてくれて、美味しいと言ってもらえると嬉しいし、何より僕自身、元気が出るんです。スタジアムの外とはいえ、Jリーグにかかわれて幸せ。選手のとき、解説者のとき、そしてコーチのときと変わらず、スタジアムに来るだけでワクワク、ドキドキしてしまうんです(笑)」

 46歳になった岡山は少年のような屈託のない笑顔を向けた。

 岡山はこれから自分のやるべきことを熱く語る(カメラ・高須力)
 岡山はこれから自分のやるべきことを熱く語る(カメラ・高須力)

 本音を言えば、仕事として指導者を続けたかった。

 とはいえ望んだところでオファーがなければ、やりたくてもやれない。サッカーが好きでたまらないのに、自分の思いだけにしがみついてしまえば家族を養うことはできない。

 いずれそうなることもあるだろうと想定して、岡山は現役時代から「mocidade(モシダーヂ、ポルトガル語で青春時代を意味)」という会社を設立し、横浜市内にブラジル料理店「バハカォン」を経営する実業家の顔を持つ。知り合いのシェフ(後のバハカォン店長)がつくるブラジル料理にほれ込んだのがきっかけで、一緒に立ち上げたという次第だ。

 会社をつくって17年。2008年シーズン限りでベガルタ仙台を契約満了になった際は、プレー先がなかなか決まらなかった。そのときブラジル料理店で接客業をしながらも、きちんとトレーニングを続けたことで翌夏にKリーグ、浦項スティーラーズとの契約に至っている。自分のペースで働ける場所があったからこそ、次のチャンスをつかむための準備期間にできた。

 岡山にとっては、基盤となる場所。それは収入面のみならず、心理的な意味でも大きいと語る。今回、身に染みて感じたことでもある。

「契約満了になって、(キッチンカーの前に)立つまでにいろんな葛藤もありました。指導者としてやってきて急にプツンと途絶えてしまうわけなんで。明るい性格やと思われがちですけど、そんことはない。なんでやって、気持ち的に沈んでしまうことも少なくないんです。でも僕にはモシダーヂという自分の会社があって、キッチンカーでもお客さんから嬉しい反応をもらえる喜びがある。働けるって本当に幸せなこと。そう実感しています」

 コロナ禍もあって2021年から「横濱ブラドッグ」を目玉商品にしたキッチンカー事業を会社として始め、昨年からJリーグの会場を巡るようになった。指導者から一端離れて自分も動けるようになったことで、店長から学んで調理も担当。キッチンカーを新たに1台購入し、スタグル路線に力を入れていく体制を整えている。

「今やるべきことをやっているんだなっていう実感を持って生きていきたい」――。

 近い将来のコーチ業復帰を目指していることは事実。だが、ピッチから離れている今しかできない「やるべきこと」が見えている。だからこそやり甲斐を感じている。

「プレーしたい意思はあっても、契約満了からオファーのない選手、指導者っているじゃないですか。僕もいっぱい経験してきました。サッカーでもらっていた報酬がゼロになるということは、イコール自分の価値もゼロだと思ってしまうから最初はなかなか受け入れがたい。でもそうは言っても、働いて稼いでいかないといけない。サッカーだけやってきて、アルバイトをしたことのない選手だっていると思うんです。だからウチの会社でそういう人たちが働ける環境をつくれないかな、呼び込んでいくことはできないかな、と。自分の経験を伝えられると思うので。サッカーに戻る足掛かりにしてもらってもいいし、セカンドキャリアの一つのきっかけにしてもらってもいい。前を向くきっかけになればいいんじゃないかって」

 元気に、一生懸命に日々を送っていくこれからのテーマが見つかった。もっと言えば自分の使命だと思っている。そして指導者として最も必要なものを身につける修行とも捉えている。

「サッカー選手は自分のプレーをまずやらなきゃいけない。でも指導者は、周りをうまく動かすことを考えなきゃいけない。そのためには人間的にひと回りの成長が必要やな、と。アルバイトの人にも手伝ってもらいながら(組織を)回していくことも、そういった勉強になるのかなと思います」

 岡山は自分に言い聞かせるように言った。

キッチンカーでは調理も担当する。「横濱ブラドッグ」が目玉商品だ(カメラ・高須力)
キッチンカーでは調理も担当する。「横濱ブラドッグ」が目玉商品だ(カメラ・高須力)

 家族の支えも大きい。妻と小学6年生になる長女は、キッチンカー事業に対しても応援してくれているという。

「僕がやりたいことをやらせてもらって、振り回してしまっているわけですからね。キッチンカーのこともそうです。家族のためにも頑張らないといけません!」

 キッチンカーでも、どこか全力のプレーがかぶる。

 慣れた店長の手つきに比べたら調理もどこかちょっとぎこちないように映るが(失礼!)、真剣に取り組んでいるのは伝わってくる。

 人生そのものが岡山劇場。

 きょうもどこかのスタジアムで、岡山一成が一生懸命、汗を流している。

スポーツライター

1972年、愛媛県出身。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。格闘技、ボクシング、ラグビー、サッカーなどを担当し、2006年に退社。文藝春秋社「Sports Graphic Number」編集部を経て独立。著書に「岡田武史というリーダー」(ベスト新書)「闘争人~松田直樹物語」「松田直樹を忘れない」(ともに三栄書房)「サッカー日本代表勝つ準備」(共著、実業之日本社)「中村俊輔サッカー覚書」(共著、文藝春秋)「鉄人の思考法」(集英社)「ベイスターズ再建録」(双葉社)がある。近著に「我がマリノスに優るあらめや 横浜F・マリノス30年の物語」。スポーツメディア「SPOAL」(スポール)編集長。

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