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日本独自の文化、映画パンフレット。「おみやげ」レベルを超える一冊をめざし、新たな領域に

斉藤博昭映画ジャーナリスト
映画館といえばポップコーンだが、日本にはパンフレットというお土産も。(提供:アフロ)

映画を観に行って、その鑑賞の思い出に、あるいは、より作品について知るために購入するもの。それがパンフレットだ(劇場プログラムなど、呼び方はさまざま)。日本では当たり前に買うことができるパンフレットだが、この文化は他国にはない。映画宣伝用のチラシ、リーフレットなどの類は他国にも存在するが、映画館限定の「おみやげ」として、独自に編集されたこの印刷物は、日本独自の文化として続いているのだ。

日本では、商業演劇でもパンフレットは売られている。舞台というジャンルに関しては、NYブロードウェイやロンドンのウエストエンドでも、ここ20年ほど日本のこの文化を追随するように、豪華なパンフレットが販売されるようになった(もちろん「金儲け」の面もあるでしょうが)。NYだったら、パンフレットを買わなくてもPLAYBILLという無料の小冊子がもらえるが、全劇場共通のページが多く、各作品についての「読みもの」というほどではない。

インターネットやSNSの発達によって、印刷物の文字を読む機会がどんどん減少する近年にあって、この日本独自の映画パンフレット文化は健在だ。そしてその文化の火を消さないようにとばかり、革新的なデザインや内容にチャレンジしたパンフレットも多くなっている。

作品に合わせ、デザインや内容でこだわりを表現

たとえば、現在、公開中の『メッセージ』。この映画は、エイリアンとコンタクトするSFのジャンルでありながら、深いテーマや、脚本の巧妙さ、演技や演出の質の高さなどが相まって、観た後に「誰かと語り合いたくなる」作品になっている。いろいろと知りたい欲求を募らせる作品ということもあって、実際に筆者のまわりでも、劇場で観た際にパンフレットを購入した人が何人もいた。

このパンフレット、デザインが目を引く。表紙の真ん中が、劇中に出てくる宇宙船の形にくり抜かれている(日本のお菓子「ばかうけ」に似てると話題になった)。宇宙船は世界12ヶ所に出現したという設定だが、映画の中に全12ヶ所の映像ははっきりと登場しない。しかしこのパンフレットには、特別に入手できた12ヶ所(日本の北海道も!)の写真が載っている。さらに「12」にちなんで、12人の執筆者がそれぞれのトピックで解説するコラムがあり、読み応えという点でも通常のパンフレットを上回る。編集者に話を聞くと「外国映画の場合、写真など権利関係をクリアできず、掲載できない素材も多いが、今回は配給会社の協力も大きく、デザイナーのアイデアも豊富で充実した内容になった」とのこと。人間の主人公がガラスごしにエイリアンと対峙するシーンをイメージし、半透明のトレーシングペーパーをページの間に入れるなど、たしかにデザインの点でもこだわりが大きく、鑑賞後の「おみやげ」としては完璧な一品になっているのだ。

ヒロインがガラスごしにエイリアンと向き合うこのシーンをデザインで表現
ヒロインがガラスごしにエイリアンと向き合うこのシーンをデザインで表現

[※注)残念ながらパンフレット自体の写真は、権利問題などで公式にWEB上では公開できません。]

この『メッセージ』のパンフレットは、通常のサイズより小さめ(A5サイズ)。編集者は「作品の質から、文芸雑誌をイメージした」という。B5やA4が主流の映画パンフレットの中でも異色だ。1970〜80年代、パンフレットが人気を集めた時代、サイズはほぼ同じ(A4)で、デザインや内容もパターン化されていた。ページも24Pが基本で、それゆえに「集めやすい」という利点もあった。2000年くらいからPCのソフトウェアの発達・利便性もあってデザインのバリエーションが増え、ここ10年くらい革新的な仕様も多くなったという。

2冊が発売された『君の名は。』

シネコンの普及で、パンフレットを売っている場所が見つかりづらいなど、以前よりも売上自体は落ち気味という現実もある。しかしファミリー向けのアニメ作品などは今でも堅調な売上だし(やはり子供たちが「おみやげ」として買いたがる傾向がある)、昨年でいえば『シン・ゴジラ』や『君の名は。』などは、作品のヒットに比例して必然的に売上も伸びた。「ネタバレ厳禁」という文字で封入された『シン・ゴジラ』のパンフレットは公開数日後に売り切れた劇場もあり、毎週のように増刷がなされた。『君の名は。』に至っては、公開後、内容も新しくした「第2弾」のパンフレットが発刊された。まったく別のパンフレットが公開後に発刊されるのは異例で、2冊とも平行して売れ続ける好結果になったそうだ。

もちろん、こういったケースは年に何作もあるわけではないが、いまだに日本では「映画パンフレット」を買うという習慣が継続しているは事実だ。入場料金とパンフレットを合わせると、ちょっとした額になってしまうが(『メッセージ』のパンフレットは税別で667円)、そこには「習慣」という以外に、日本ならではのオタク文化とも密接につながる「何かを集めたい」というコレクター欲求も絡んでいるのかもしれない。

かつては、ヒットした映画が何週間も劇場を独占したりして、パンフレットの数自体、現在ほど多くはなかった。いま、邦画・洋画を合わせて公開される本数が増加する状況にあっても、限定公開など一部の作品を除き、ほぼすべての映画のためにパンフレットが作られている(少なくとも「作る」前提で企画が進むという)。この事実にもちょっと驚くが、こうした文化をもたない外国の映画人、とくにその人が関わった映画のパンフレットを見せると、ひじょうに喜ぶ瞬間を筆者も何度も目にした。日本独自の文化として今後も継続・発展してほしいと実感するので、ぜひ、皆さんも劇場を訪れたら、パンフレットを手に取ってもらいたい。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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