【韓国】北に近い島で漁船を盗む! 再び起きた韓国人による「越北事件」 なぜ彼らは北を目指すのか
北朝鮮までわずか17キロ。
韓国西端の島、ペンリョン(白翎)島。
漁業に従事するキム・ジンスさんがいつもどおり早朝4時15分に港に行くと――。
船がない。
確かに前日、燃料が切れていることは分かっていて、キーはかけたままにした不注意はあったが…慌てて海上警察に連絡。仲間にも頼んで船を探してもらった。
船はすぐに見つかった。港から数百メートルの位置で漂流していたのだ。船内に40代と思しき韓国人男性がいた。キムさんは本人に直接問いただしたという。
――なんで盗んだんだ?
北朝鮮に行こうとして。
また南北境界線近くで、韓国人が北への脱出を伺う「越北」の事件が起きた。6月18日、韓国メディア「YTN」がスクープとして報じた。
容疑者の男は前日15日に観光フェリーで島に入り、北朝鮮に向かう機会を探っていたという。
同ニュースのコメント欄には「北に行くんなら、船を盗むんじゃなくて買っていけ」「行きたいんだったら、行かせたら? あっちでキツい目に遭うのも悪くはない」といった厳しい言葉が飛んだ。
(事件現場のペンリョン島の位置。北朝鮮領土まで約17キロ。かなり近い位置にある。人口約5300人。分断前は現在北朝鮮領土となっている黄海道に属していた。現在は仁川広域市に属する)
無許可で北に渡ると「懲役10年」
当然のごとく、韓国では政府に無許可で北朝鮮に渡ることは法で禁じられている。
国家保安法第6条(潜入、脱出)①国家の存立・安全や自由民主的基本秩序を危うくするという点を認識していながら、反国家団体の支配下にある地域から潜入したり、その地域に脱出したりした者は 10年以下の懲役に処する。<改正1991.5.31>
”反国家団体”というのは、実質上の北朝鮮のこと。ただし90年代前半の旧共産圏との国交樹立前までは、その地域も含まれた。その他、こういった法も存在する。
南北交流協力に関する法律 第9条(韓国 ―北朝鮮間の訪問)①韓国の住民が北朝鮮を訪問したり、北朝鮮の住民が韓国を訪問したりする場合、大統領令で定めるところにより、統一部長官の訪問承認を受けなければならず、統一部長官が発行した証明書(以下「訪問証明書」という)を所持しなければならない。
ここ10年の「越北者」の数は”55”。その内訳とは?
それでも韓国から北朝鮮に渡ろうとする存在は、少数ながらに絶えることがない。
ここ10年の越北者の数は「55」だ。
2010年から2019年までのデータ。2020年10月に韓国政府統一省が与党「ともに民主党」に提出した資料による。
そのうちその後も北に滞在したのは30人。残りの25人は北朝鮮当局により南側に送り返されたという。
また、同統計によると全体の55人のうち、いわゆる「脱北者」が北に戻ろうとした事例は29人だった。
年度別で見ると2012年、13年がそれぞれ7人ともっとも多く、14年と15年はそれぞれ3人、16年と17年は4人、2019年は1名だった。
ただしこの統計に含まれない2020年には、7月に脱北者が南北境界線近くの川の排水管を潜って脱出し、そのまま泳いで北に戻る事件が起きた。また同年9月には境界線近くの島から漁業管理を担う公務員が失踪。北朝鮮海域内で銃殺される事件も起きた。
動機――かつてと今では様変わり 最近の関心事は?
では、なぜ彼らは北に渡ろうとするのか。
韓国メディアの報道をまとめると、その流れは3つある。
ひとつめは「北の思想に憧れて」。これは南北軍事境界線付近に勤務する軍人に多く見られた。朝鮮戦争前後から1990年代までのことだ。1984年には銃や手榴弾で韓国軍人11人を殺害し、軍人が北に渡る事件があり大きな衝撃を与えた。
もうひとつは「韓国で事故や犯罪を起こして」。1970年代まで多かったという。1974年までは北の方が経済力に優位だったため、当時は「生きがいのある暮らしの待っている平壌に行こう」といったチラシが南北の境界線近くで北側から撒かれていたこともあった。
3つ目は「脱北者の再帰国」。近年の傾向だ。前述の通り、2010年代は55人のうち半数以上の29人が該当する。韓国社会への不適応がその背景にある。筆者が2017年に取材した脱北者(20代後半、ソウル郊外富川市在住)は、「北では有力者の家庭で育った」。しかし、韓国では肉体労働に従事し、現場でも厳しく接せられる不満を感じていた。韓国定着のためにソウル郊外にマンションの一室を割り当てられたが、強い孤独を感じている点も訴えていた。「北に帰りたい」とも。
いっぽうで確かに、韓国に生まれ育った韓国人にも北に渡ろうとする者がいる。
北朝鮮の思想への共鳴は、今は昔。今回の「船盗難事件」は現在取り調べが進んでいると言うが、前述の2020年の「公務員失踪事件」の当事者についてはこんな情報が報じられた。
「海洋警察庁などによると、死亡した公務員A(47)氏は最近、離婚を話し合っているところだった。Aさんは、金融機関はもちろん、職場の同僚からもお金を借りた後、返済できないなどの金銭的困難を経験してきたことが分かった。また裁判所から給与差し押さえ通知を受けるなどの心的苦痛を受けたものと推定される」(「東亜日報」2020年9月24日)
北に行けばなんとかなる。そういった希望があっての行動か。しかし70年代までとは違い、近年は半数が韓国に送り返される。さらに冒頭で示したとおり、韓国での「越南」事件についての視線は冷ややか。むしろメディアでは「南北境界線の警備をちゃんとしているのか?」という点のほうが問題点として提起されている。今回の事件を報じたYTNの記事タイトルも「(一晩)誰も(船の盗難に)気づかなかった」というものだった。