【コーヒーの歴史】聖者が運んだ七粒の種!―インドとヨーロッパに広がるコーヒーの奇縁―
インドにおけるコーヒーの始まりは、16世紀末の神秘的な物語と共に語り継がれております。
イスラム教の聖者ババ・ブーダンは、イエメンの巡礼を終えた帰途、コーヒーの種を七粒持ち帰ったと言われているのです。
厳重に管理されていたイエメン産のコーヒー豆を密かに運び出し、マイソール(現カルナタカ州)のチャンドラヒルに植えた彼の行為が、インドにおけるコーヒー文化の起源となったといいます。
その種の一粒が育ち、実を結んだことで、アラビカ種の祖先であるティピカ種が世界中に伝播したとされますが、この物語には信憑性を疑う声もあるのです。
一方、ヨーロッパでのコーヒーの登場は17世紀初頭のことでございました。
当時、コーヒーは「悪魔の飲み物」とも呼ばれ、イスラム世界の象徴として警戒されていたのです。
ローマ教皇クレメンス8世がコーヒーを「裁判」にかけ、自ら試飲したという逸話は有名です。
その際、彼はコーヒーの香りと味に感銘を受け、キリスト教徒への飲用を公認したと伝えられているのです。
この決定が、ヨーロッパ全土にコーヒーを広めるきっかけとなりました。
その後、ヴェネツィアの商人を通じて地中海貿易で広がったコーヒーは、覚醒作用や衛生的な飲料として好意的に受け入れられました。
アルコールに代わる健康的な飲み物とされ、ヨーロッパでは17世紀末からコーヒーの淹れ方を指南する書籍が多数出版されるほど普及したのです。
インドからヨーロッパへ、聖者と教皇が関わる物語をたどると、コーヒーの一粒が運ぶ歴史の豊かさに驚かされます。
一杯のコーヒーに込められた物語の数々を思えば、味わいもまた深まるように感じられるのです。
参考文献
マーク・ペンダーグラスト著、樋口幸子訳(2002)『コーヒーの歴史』河出書房新社