4年ぶりの勝利。日テレ・ベレーザの首位独走を阻止したINAC神戸レオネッサの秘策と執念(1)
なでしこリーグは5月20日(土)と21日(日)に第9節が各地で行われ、第8節終了時点で2位のINAC神戸レオネッサ(以下:INAC)は、21日、首位の日テレ・ベレーザ(以下:ベレーザ)をホームに迎え、1-0で勝利した。
「試合がスタートしてから終わるまでの間にいろいろなストーリーがあって、今日はその(ストーリーの)中で選手が一番成長したゲームだと感じます」
対ベレーザ戦でおよそ4年ぶりの勝利を挙げた試合後、INACの松田岳夫監督は言葉に力を込めて、そう言った。
この試合を迎えるにあたって、両チームが置かれていた状況は対照的だった。
INACは勝ち点14の2位でこの一戦を迎えたが、直近の3試合は勝ちなし(1敗2分)と足踏みしており、一時は「1」だった首位・ベレーザとの勝ち点差は「6」にまで開いた。
また、2位以下の上位争いは混沌としており、INACは第8節終了時点で3位のAC長野パルセイロ・レディース(以下:長野)と4位のマイナビベガルタ仙台レディース(以下:仙台)と同勝ち点で並んでいたため、敗れた場合は6位まで順位が落ちる可能性もあった。
また、INACがリーグ戦でベレーザに勝利したのは、シーズン4冠を達成した2013年の第8節(5月12日)が最後。2014年以降、ベレーザにだけはどうしても勝つことができず、2013年を最後にリーグタイトルからも遠ざかっている。
一方、ベレーザは開幕から8試合負けなしで、折り返し地点を前にして早くも独走態勢に入り始めていた。
リーグ3連覇を目指す今シーズンは、ライバルチームが徹底した対策を練ってくる中、それを凌ぐ質の高さを見せている。
リーグ3連覇を目標に掲げるベレーザと、4年ぶりのリーグタイトル奪還に燃えるINAC。今シーズン最初の直接対決は、INACにとって負ければリーグタイトル獲得が一気に遠のく、背水の陣で迎える一戦となった。
【機能した新フォーメーション】
この試合で、INACの松田岳夫監督は、誰もが予想しなかった、驚きの策を講じた。
それが、FW高瀬愛実の右サイドバック起用である。本職でもあるフォワードで、3トップのサイドでリーグ得点王にも輝いたことがある高瀬だが、今シーズンは主にサイドハーフとして、2列目でゲームメイクに関わる試合が多かった。ディフェンダーとして出場したことは、高校時代も含めて11年間の現役生活で初めてだという。
高瀬をサイドバックで起用した意図について、松田監督は以下のように話した。
「元々、右サイドバックをやっていた(DF守屋)都弥がセンターバックでプレーしています。背後のスピードへの対応では、今の2人のセンターバック(DF三宅史織と守屋)が機能しているので、そうなると、(レギュラーで本職の右サイドバックが守屋以外にいないため)どうしても一枚足りず、他のポジションからのコンバートも含めて、模索段階です。高瀬の良さはハードワークできることと、守備力も含めて(期待を込めて)起用しました」(松田監督/ INAC)
さらに、松田監督はボランチに、今シーズン加入したDFチェ・イェスル(18)とMF福田ゆい(19)の若いコンビを抜擢。センターバックの守屋も、本職は右サイドバックだが、前節の伊賀フットボールクラブくノ一戦からセンターバックにコンバートされており、この試合が三宅とコンビを組んで2試合目であった。
高瀬の右サイドバックに関しては、準備期間は1週間しかなかったという。本人にとって慣れないポジションである上に、対戦相手は各ポジションにスペシャリストを揃え、4年間勝っていない強豪・ベレーザである。
メディア用に配られたスタメン表を見た時は驚き、果たしてこの策がベレーザに対してどのように機能するのか、楽しみであった。
そして、試合が始まり、時間が経過するとともに、この新フォーメーションがしっかりと機能していることが分かった。
INACの新フォーメーションが機能した理由は2つある。一つは、縦と横の配置のバランスの良さである。
ベレーザの前線で起点となるFW田中美南は裏に抜ける一瞬のスピードや、力強いターンを持ち味としている。その田中に対しては、ともにスピードのある三宅と守屋が2人がかりで対応した。
また、ベレーザが両サイドから崩しにかかると、右サイドでは高瀬とMF杉田妃和が、左サイドではMF中島依美とDF鮫島彩が縦の関係で良いコンビネーションを見せ、挟みこんでボールを奪い、ショートカウンターを狙った。
INACの新フォーメーションが機能したもう一つの理由は、選手間のサポートの意識がこれまで以上に高かったことだ。
試合が始まる前、松田監督は中盤の選手に以下のように伝えたという。
「一度ボールを奪っても、その後すぐに(ベレーザの)プレッシャーが来るので、そのプレッシャーを回避することを意識付けさせました。(ボールを奪った)最初の段階で、味方へのサポートが後ろになりがちなので、なるべく横でサポートするように、中盤の選手に伝えました」(松田監督/ INAC)
INACは中盤の福田とチェ・イェスルの2人が豊富な運動量で、左右のサイドにも顔を出してサポート。ベレーザの攻守の要であるMF阪口夢穂とMF中里優のダブルボランチとのマッチアップは、福田とチェ・イェスルにとっては相当高いハードルにも思えたが、物怖じせず、堂々たるプレーを見せた。また、経験の浅さからくる判断の遅れは、運動量と、周囲の経験ある選手たちの手厚いサポートによってカバーされていた。
ベレーザはボールを失うと、その位置からすぐさまプレッシャーをかけて奪い返すことを徹底して、得意のショートカウンターでゴールを狙った。
しかし、INACも奪われた後の切り替えは早かった。
【拮抗した前半】
中盤で攻守がめまぐるしく入れ替わる中、最初に流れの中から決定機を作ったのはINACだった。
15分、INACは中島からのロングフィードをペナルティエリア内で受けた高瀬がキープし、相手ディフェンダー2人を引きつけて中に折り返す。ゴール手前中央からFW京川舞が走り込んで右足で合わせたが、ベレーザのDF村松智子が体を投げ出し、右足を伸ばしてブロックした。
さらに20分、INACは左サイドで中島のインターセプトから、パスをもらったFW増矢理花がドリブルで仕掛け、ペナルティエリア手前からゴール右上を狙ってミドルシュートを放ったが、ベレーザのGK山下杏也加がキャッチ。
その直後には、ベレーザの中里が左サイドでパスをインターセプトし、すかさず前方のスペースにいたFW籾木結花にパスを送った。籾木はドリブルで仕掛け、角度のない位置から左足を振り抜いたが、ボールはバーの上に外れた。
30分、ベレーザは右サイドのスローインから、籾木がペナルティエリアの中にふわりとしたボールを送ると、田中が相手ディフェンダー3人に囲まれながらも巧みなターンからシュートを放ったが、守屋がコースに滑り込みながらブロックした。
32分には、INACの鮫島が左サイドをオーバーラップして中島のロングフィードを受け、ゴール前にフリーで走り込んだ京川に絶妙なクロスボールを送った。決定的な場面だったが、京川が右足のインサイドで合わせたシュートはバーを超えた。
結局、スコアは動かず、0-0で前半を終了。
前半、ボールを保持する時間が長かったのはベレーザだったが、INACの選手たちは、その中でも確かな手応えを感じていた。
本職のフォワードのポジションで出場し、いくつかの決定機に絡んだ京川は言う。
「(前半は)ベレーザにボールを持たれる時間が長かったのですが、自分たちもうまくボールを奪えるシーンがあって、良い形でシュートまで持ち込めた部分に手応えを感じていました」(京川/ INAC)
一方、ベレーザが、毎試合のようにシュートチャンスを創出する左サイドでボールを動かせなかった理由について、左サイドハーフのMF長谷川唯は以下のように振り返った。
「相手のボランチが飛び出してくるので、(相手の)サイドハーフが中に入ってきた時に(ベレーザの左サイドバックのMF土光)真代が獲りに行かなければならなくなり、自分が(相手)サイドバックの高瀬さんを見るために後ろに下がらなければいけない場面が多かったですね。そういう意味では、相手に先手を取られていました」(長谷川/ベレーザ)
常に攻撃的なポジションを取る高瀬のフォワードの資質が、ベレーザの攻撃力を封じる一助になっていたことが分かる。
【先制ゴール】
しかし、試合は後半に入ってもスコアはなかなか動かず、両チームともに運動量が落ちなかったこともあり、一進一退の様相を見せていた。
そんな中、試合は意外な形で動いた。
65分、INACは、敵陣中央でボールを受けた杉田が、ペナルティエリア内に走った京川に浮き玉のパスを送った。京川は右前方に流れたボールを後ろから追う形になったが、GK山下が飛び出し、クリアした。その際に山下と京川が接触して京川が倒れて、INACがPKを獲得。主審は山下の足が京川にひっかかったとの判定を下した。
「(ゴール裏のINACの)サポーターに届くように蹴りました」(京川/INAC)
と、京川が躊躇せずに振り抜いたキックは、GK山下の手がわずかに届かないゴール左隅に決まり、INACが貴重な先制点を挙げた。
【破れなかったINACの堅守】
それまでスタジアムを包んでいた、張り詰めた緊張感が弾けて熱気を帯び、試合は一気に白熱した展開になった。
失点の直後に、ベレーザは左サイドバックのDF土光真代を下げて、トップにFW植木理子を投入。ボランチの中里が左サイドバックに入り、籾木をボランチに下げた。
スピードを活かしたドリブルでアクセントになるFW植木のプレーで流れが変わるかに見えたが、INACも集中を切らさず、カウンターの機会をうかがった。
ベレーザは76分、右サイドハーフのMF隅田凜を下げて、MF三浦成美を投入。攻撃的なカードを次々に切って波状攻撃を仕掛けた。
すると、INACは82分、チェ・イェスルが遅延行為で警告を受け、2枚目のイエローカードで退場に。10人で残りの時間を戦うことになったINACは、勢いを増すベレーザの攻撃に対し、ゴール前、9人で壁を作った。
ベレーザはトップの田中にロングボールを入れ、半ば強引なパワープレーでゴール狙うものの、INACもセンターバックの守屋と三宅が集中を切らさず、最後までゴールを割らせなかった。
ベレーザにとっては残り時間が少なかったこともあるが、攻め急ぐあまり、ボールを外に出す時間を増やしてしまったのはもったいなかった。
1点を守り抜いたINACの勝利を告げる笛が鳴った瞬間、ピッチ上では4年ぶりの勝利をしみじみと噛みしめるように、INACの選手たちのホッとした笑顔が溢れた。
INACはリーグ戦4試合ぶりの勝利を挙げ、得失点差で2位長野と同勝ち点の3位に。首位のベレーザを勝ち点「3」差の射程圏内に捉えた。
一方、ベレーザは9試合目にして、今シーズン初の敗戦を喫した。
【4年ぶりの勝利から得た収穫】
INACにとって、この試合から得た収穫は山ほどある。
若い選手たちが90分間を通じて、様々なことにチャレンジしながら勝利を勝ち取ったことは、チームの底上げや競争力アップにつながる。
また、本職ではないポジションでプレーした高瀬、守屋、杉田、そして、チェ・イェスルは、自分のプレーの幅が広がりつつあるという実感を得られただろう。
センターバックのポジションでプレーして、2試合目にして、ベレーザを無失点に抑えるという大仕事をやってのけた守屋は言う。
「センターバックの声でフォワードがコースをどのように切るかを指示することで、センターバックが奪いどころを決めたり、ゲームを作れる楽しさも感じています」(守屋/ INAC)
また、右サイドバッグでプレーした高瀬は、今後も右サイドバックでプレーする可能性を聞かれ、フォワードのポジションへのこだわりも見せつつ、
「できるポジションが増えていくことはプラスだと思いますし、今日に限らず、ピッチに立つ以上は与えられた場所でしっかりと自分のプレーを出すことにこだわっていきたいと思います」(高瀬/ INAC)
と、力強く話した。
INACの松田監督が、本職ではないポジションで選手を起用することは初めてではない。また、INACのサッカー自体が、試合中に流動的なポジションチェンジを行うことが多い。その中で、連携がうまくいく時は流れるような攻撃ができるが、ボールの失い方が悪いと、それが連鎖して失点を重ねた試合もあった。
しかし、そのように各選手が様々なポジションでプレーしてきた積み重ねが、この試合で取り入れた新たなフォーメーションを機能させる上で伏線になっていたことも事実である。
そして、これまで4年間、ずっと勝てなかったベレーザに「勝利」するという成功体験が、チームをどのように変えるのか、今後に注目したい。
INACは次節、5月28日(日)にアウェイの浦和駒場スタジアムで浦和レッズレディースと対戦する。
【さらに、その上をいくために】
ベレーザにとっては、痛恨のPK献上であった。
しかし、それよりも悔しいのは、持ち前の攻撃力を発揮できなかったことではないだろうか。DF岩清水梓は、攻撃面の課題について以下のように話した。
「裏(のスペース)を消された時に、次に空くのはどのスペース?ということをもっと考えなければいけないし、(この試合では)サイドから相手にとって嫌なクロスを入れるなど、サイド攻撃を有効活用できなかったことは課題だと思います」(岩清水/ベレーザ)
これまで、ライバルチームの対策が進む中でもベレーザが勝利を積み重ねて来られたのは、個々の能力の高さをベースとした、攻撃のバリエーションの多彩さと、円熟した連携があったからこそである。
バリエーションが多くなればなるほど、選ぶのも難しい。たくさんの引き出しの中から、とっさに一つのイメージを全員で選び出し、共有することの難しさは容易に想像できる。
どんなに強いチームもいつかは負ける。そして、その試合を参考に、他のライバルチームはさらなる対策を練ってくるだろう。しかし、勝利を期待されたチームは、常にその上をいくために質の高さを追求し続けなければならない。
ベレーザにとっては今後もそういった試練が続くことが予想されるが、この試合はもう一度、原点に戻ってチーム力を整える良い機会になる。
ベレーザは次節、5月27日(土)にアウェイの新発田市五十公野公園陸上競技場でアルビレックス新潟レディースと対戦する。