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初重賞制覇をGⅠ桜花賞で狙う調教師が、競馬とは無縁の家庭からここに至るまで

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
茶木太樹調教師とライトバック

祖父に導かれ競馬の世界へ

 今週末、阪神競馬場では3歳クラシック戦線の幕開けとなる第84回桜花賞(GⅠ)が行われる。
 ここでGⅠに初めての出走馬を送り込むのが、栗東・茶木太樹調教師だ。
 兵庫県姫路市で、1983年10月1日に生まれた。現在、不惑の年齢である40歳。両親の名から1字ずつもらい、太樹と名付けられると、幼少時は野球や水泳などに興じた。その両親は、病院勤務だったため、週末も家を空ける事が多く、それが思わぬ形で茶木の人生の大きなターニングポイントとなった。
 「週末は祖父の家に預けられる事が多かったのですが、その祖父が競馬好きで、いつもテレビ中継を見ていました」
 自然と茶木も興味を持つようになり、中学生で競馬ゲームを始めると、完全にハマった。
 「セイウンスカイが菊花賞を勝った頃で、このあたりから真剣に競馬を見るようになりました」
 祖父には阪神競馬場へもよく連れて行ってもらった。高校生になったある日の阪神競馬場では、こんな事があった。
 「返し馬に移る前の馬が、僕の目の前でピタリと止まったんです」
 栗毛の美しい馬体の持ち主だった。それに魅了されると、その馬が先頭でゴールを駆け抜けた。
 「宝塚記念のグラスワンダー(99年)でした。この馬のタテガミが綺麗に揺れる様を見て、自分もこういう馬に携わる仕事をしたいと考えるようになりました」

茶木太樹調教師
茶木太樹調教師

北海道、イギリスを経てトレセンへ

 高校3年生の夏休みを利用して、北海道で馬の取り扱いを教わった。更に、卒業後は静内の牧場で働いた。3場で約5年、汗を流した後、知人に紹介してもらったJ・ファンショウ調教師を訪ね、イギリスのニューマーケットに競馬を留学した。
 「イギリスの馬は総じて大人しく、何故だろう?と思って観察していると、関わっているホースマン達が皆、穏やかに接しているのに気付きました」

イギリス、ニューマーケットでの修業時代(本人提供写真)
イギリス、ニューマーケットでの修業時代(本人提供写真)


 今後は自分もそうしようと誓い、帰国するとすぐに競馬学校を受験すると合格。2008年の春に卒業した後、栗東の池添兼雄厩舎(引退)で、トレセンのキャリアをスタートした。
 「兄弟子である池添学先輩が調教師試験に合格するのを見て、自分も目指したいと考えるようになりました」
 すると、師匠の池添兼雄が、勉強をしやすい環境を整えてくれた。
 「そんなサポートのお陰もあり、8度目の試験で合格する事が出来ました」
 技術調教師として、安田隆行調教師(引退)や池添学厩舎で研修。ダノンスマッシュの香港遠征(20年)にも同行すると、ライアン・ムーアを背にした同馬が香港スプリント(GⅠ)を優勝した。
 「刺激にも勉強にもなり、開業後は自分も世界を目指せるような仕事をしたいと強く感じました」

ダノンスマッシュが香港スプリント(GⅠ)を勝つ場面にも立ち会った(写真は21年高松宮記念出走=1着時)
ダノンスマッシュが香港スプリント(GⅠ)を勝つ場面にも立ち会った(写真は21年高松宮記念出走=1着時)

初の重賞制覇へ向けて

 しかし、現実の厳しさを知るのに、時間を要さなかった。21年3月に開業したが、1カ月が過ぎ、2カ月が経っても、厩舎の管理馬はただの1頭も先頭でゴールラインを駆け抜ける事がなかった。
 「何をどうすれば良いのか?と思い、厩舎スタッフとももっと話し合わなければいけないのか?とか考えました。ただ、そんな時、スタッフが『先生のためにもっと頑張ろう』と話し合っているという噂を耳にしました」
 余計な事を言う必要はないと考え直すと、5月に入ってすぐにその日はやってきた。5月1日、阪神競馬場の第4レースをスズカフューラーが制して開業後初勝利をマークすると、同じ日の12レースではサンレイファイトが先頭でゴールイン。アッという間に両目が開き、結局開業1年目から10勝を挙げる事が出来た。

 更に2年目は20勝と成績を伸ばしたが、3年目の昨年は13勝。しかし、今年は3月を終えた時点で昨年の半分近くに迫る6勝をすでに記録。過去最高のペースで勝ち星を重ねている。
 そして、驚かされるのはその内容だ。昨年はアンリーロードがチューリップ賞(GⅡ)とローズS(GⅡ)に出走。今年のシンザン記念(GⅢ)にはバレルターンを送り込んだ。残念ながらまだ重賞勝ちはないが、今週末の桜花賞に挑戦するライトバックは昨年のアルテミスS(GⅢ)で3番人気4着と善戦すると、今春、準重賞のエルフィンSを1番人気に応えて優勝。GⅠ・桜花賞への出走切符を掌中に収めたのだ。

アルテミスS出走時のライトバック
アルテミスS出走時のライトバック


 「前走の前から、調教ではゴム製のポポンチーニハミというのを使用しています。ガツンとハミを噛んだり、強く当たり過ぎて頭を上げてしまったりする馬に対して、優しくハミを当てる目的で使用したところ、それなりの効果が見られています」

ライトバックが調教で使用しているポポンチーニハミ(茶木調教師提供写真)
ライトバックが調教で使用しているポポンチーニハミ(茶木調教師提供写真)

 GⅠの大舞台で、自身初の重賞制覇という偉業達成は成るだろうか。すでに他界してしまったという祖父も、空の上から日曜日の仁川に刮目している事だろう。

茶木とライトバック
茶木とライトバック

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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