紫式部(まひろ)が「枕草子」誕生のきっかけに。創作の自由にもほどがある!「光る君へ」
「歴史探偵」ではない
大河ドラマ「光る君へ」(NHK)の主人公は紫式部(まひろ)。だが、あの有名な紫式部の知られざる事実に迫る「歴史探偵」的な物語ではない。最近頓に、想像の翼が広がってきて、紫式部というアイコンを使って自由な創作を行っている印象だ。
大河ドラマは史実のすきまに作家のアイデアが入ったものが好まれ、その割合は7(史実):3(創作)くらい。「光る君へ」は創作7の合間に史実的なものが3割ほど入っているようなバランスに見える。
なぜ、まひろとききょうは友好関係にあるのか
とりわけ第20回を超え、越前編に入ろうとしているいま、自由度はかなり極まっている。
まひろ(演:吉高由里子)と藤原道長(演:柄本佑)がこれほど思い合っている濃密描写の連続は、そもそもソウルメイトとして描くことを売りにしていたので、まあいいとして。まひろと清少納言(ききょう〈演:ファーストサマーウイカ〉)が親友のように仲良くしていることに作家の自由さを感じている。
紫式部と清少納言は直接会ったことはない説が通説になっているうえ、「紫式部日記」では清少納言のことを辛辣に書いてある。にもかかわらず、「光る君へ」ではふたりはいたって友好的だ。
変装して二条第へ侵入
絶対、ふたりは会っていないとは誰にも断言できないので、こういう創作もあっていいだろう。まひろの父・為時(演:岸谷五朗)が越前守に出世するきっかけは、ききょう(清少納言)がまひろを中宮定子(演:高畑充希)に会わせたこと(第19回)。たまたま一条天皇(演:塩野瑛久)もいてまひろの話を面白がり、そこからいい方向に転がっていった。
知的レベルの合う同士としてふたりの会話はドラマのいいアクセントになっている(絵面も華やかになるし)、ききょうはときおり、まひろの家におしゃべりをしにやってくる。第20回では、伊周(演:三浦翔平)と隆家(演:竜星涼)による"長徳の変"で定子の立場が悪くなり二条第に下がったことを心配したききょうが、まひろを誘って偵察に向かうというわくわく冒険譚風味があった。
町娘の扮装をして、枝を2本掲げ、庭に潜むききょうとまひろ。そしてふたりは定子の悲しき抵抗を目撃することになる。
「枕草子」のアイデアをまひろが
藤原家のお話にまひろが関わるにはこのような思いきったアイデアが必要だろう。第21回では、髪を下ろしたものの中宮は実は一条天皇の子を身ごもっている極秘情報をききょうがまひろに打ち明ける。
大好きな中宮のことで思い悩むききょうに、中宮のために何かを書いてはどうかとアドバイスし、そこから、かの「枕草子」が生まれるという大胆な創作になっていた。
大胆といえば、大河ドラマも多く手掛ける三谷幸喜が「紫式部ダイアリー」(14年)という芝居を書いたことがある。舞台を現代に置き換えて、ホテルのバーで紫式部と清少納言が会話するという作家バトル。かなり飛躍しているので存分に創作を楽しめた。
大石静は、平安時代の歴史のなかでかなり自由にやっている印象。さすがにこれは……という声もネットではあがっていたが、まひろとききょうの機知に富んだ会話は楽しい。「史記がしきものだから枕」とか「史記だから四季」とかまひろの言葉遊び(だじゃれ)の才能をききょうは褒める。
そしてききょうは、中宮がくれた紙に、中宮の心が安らぐような美麗な文章を記すのだ。
「春はあけぼの……」
女の文学の変遷
すっかり伏せっていた中宮もききょうの文章を楽しむ。高畑充希が朗読する、その清明な声もよかった。こうして文学を通して中宮とききょうの心が離れていてもつながる。
清少納言が華やいで美しい「をかし」の世界を描き続けた理由がここでわかる。最初に出会ったときの、美しく聡明な中宮でいてほしいと願って書いたからこそ、読む者の心も沸き立つのだ。
これまで、藤原道綱母こと寧子(演:財前直見)や高階貴子(演:板谷由香)は夫への熱情を正直に歌にしたことで夫の心を掴んでいた。
次なる清少納言(ききょう)は、悲しく惨めな真実には触れず、美しい記憶だけを記した。
物語のなかで女性による文学の形式が少しずつ変化(進化?)している。女性が孤独を紛らすことから生まれた文学が、女性たちが仲良く語らう場から生まれた文学に成長していく。では、まひろ(紫式部)はどうするのか。
まひろが、中宮が髪を切った愁嘆場の話を宣孝(演:佐々木蔵之介)にしたところ、下品な興味をもたれて憮然とするのだが、「下品な興味を抱かぬものなどこの世にはいない」と宣孝は悪びれなかった。「源氏物語」のわりと下世話なところはこういうところから発想が生まれたのかもしれない。
「枕草子」のように書く題材を意図的に選んだものに対して、「源氏物語」は実話に大胆な創作を施した作品である。
また、清少納言があえてきれいな世界だけ書いたとしたら、紫式部が清少納言の悪口を残したことにも、もしかしたら何らかの意図があるのかもしれない。
目下、まひろは着々と題材になる体験をしている。越前出立直前、例の廃邸で道長に会う。藤原家の滅亡は道長の意図したものなのか確かめようとして、道長がそんなことをする人ではないと確信を抱く。そして、ついにこれまで強がって口にしなかった本音を吐露した。
「この10年、あなたを諦めたことを後悔しながら生きてまいりました。妾でもいいからあなたのそばにいたいと願っていたのに、なぜあのときおのれの心に従わなかったのか。いつもいつもそのことを悔やんでおりました」と素直に告白。お互い「いつの日もいつの日も」お互いのことを想っていたと思いを交換しながら、別れてしまう。
まひろは作品を書くためにわざとへんな方向に自分を追い込んでいるとしか思えない。作家とはそういうもの。自分のなかでどんどん妄想が膨れ上がって止まらなくなる人っている(あるいは懸命に自分の想像の限界を突破しようと努力している人もいる)。大石静が紫式部と清少納言が仲良く女子トークをしている話にするのも作家の性(さが)なのだろう。
越前編でもまひろはますますドラマティックな体験をするはず。なにしろ松下洸平が宋の見習い医師・周明役で出演するから。
なお、「枕草子」の執筆を描いた第21回は、香炉峰の雪のエピソードが描かれた第16回「華の影」と同じ原英輔による演出で、花が舞い散るなどの優美な雰囲気が醸し出されていた。
大河ドラマ「光る君へ」(NHK)
【総合】日曜 午後8時00分 / 再放送 翌週土曜 午後1時05分【BS・BSP4K】日曜 午後6時00分 【BSP4K】日曜 午後0時15分
【作】大石静
【音楽】冬野ユミ
【語り】伊東敏恵アナウンサー
【主演】吉高由里子
【スタッフ】
制作統括:内田ゆき、松園武大
プロデューサー:大越大士、高橋優香子
広報プロデューサー:川口俊介
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう ほか