朝ドラ「虎に翼」が異例の盛り上がり。週刊でシナリオ集まで発売。シナリオとドラマと小説を比べてみた
シナリオ集を出すデメリットをすべて解消できた
朝ドラこと連続テレビ小説「虎に翼」(NHK)が人気である。これまで朝ドラを見たことのない人にも訴求していて、その勢いに乗ってか、1週ごとに放送済みのシナリオ集の売れ行きも好調だという。これは画期的なことだ。
人気ドラマのシナリオ本が発売されることは時折あって、ドラマ好きな筆者もよく買う。が、オンエアの翌週、前の週のシナリオを発売するやり方はこれまで見たことがない。1週分、数百円の電子書籍なのでついポチってしまう。この企画を考えたNHK出版の編集者の皆さんに取材した。
「虎に翼」の魅力を、NHKドラマの副読本を多く手掛けるNHK出版の放送・学芸図書編集部編集長の小沼智子さん(サムネイル写真中央)はこう語る。
「『虎に翼』がいまこれだけ求められているのは、立場の弱かった女性たちが声を上げ行動を起こし、少しずつ権利を獲得していくというストーリーにあると思いますが、それだけではなく、女性男性に限らず登場人物全員が、愚かだったり学んだりする、そのありのままの姿が描かれている点もあるかと思います。さらにそれを難しくなく、ポップに描かれているところが、最大の魅力かもしれません」
シナリオ集を企画したのは、砂原謙亮さん(サムネイル写真左)。NHK出版、放送・学芸図書編集部所属。彼も編集長のひとりである。
「『虎に翼』の脚本家の吉田恵里香さんとは、ドラマ『恋せぬふたり』(22年)の小説化ではじめてお仕事をしました。ドラマの台本がすごく面白くて、吉田さんは小説も書かれるかただから、小説も書きませんかと提案したら、『やりたいです』と快諾してくださり実現したものです。それからしばらく経って、『虎に翼』の脚本を書くことが決まった吉田さんから『シナリオ集を出せないか』とお話を頂きました。が、シナリオ集を紙の本で出すのはハードルが想定されます。まず分厚くなる、一冊では無理で分冊になる、値段も高価になる、需要がどのくらいあるかわからないから部数も少なくなる。さらに在庫として長く書店や倉庫に置いておけるかわからない。……等々、実現化するうえである様々なハードルをクリアできる方法はないかと考えた結果、電子書籍にしたら、すべてのデメリットが解消できると思いつきました。やるなら、1週ずつ出して、放送の翌週にタイムリーに出すことで、前の週を振り返っていただけるようにしたいと吉田さんに提案したら、やってみてほしいと言われて企画会議に出しました」
NHK出版では、朝ドラの脚本をもとに小説化したノベライズを出版している。「虎に翼」もシナリオ集のみならず、ノベライズが出版されている。放送・学芸図書編集部ドラマ・ガイド編集部の編集長・小沼智子さんは、シナリオ集の企画をどう思ったのだろうか。
「シナリオ集を出すという企画はすごくいいと思いました。ノベライズとシナリオ集は、対象としている読者層が違うだろうと。ノベライズは書店に置かれ、ドラマのストーリーを小説として読みたいかた向けで、シナリオ集は、主としてシナリオを勉強されているかたですとか、もっともっとセリフをちゃんと読みたいというコアな読者だと思いますので、方向が違います。シナリオ集は新しい試みですから、砂原さんが各方面と折衝し、発売までこぎつけることができたのです」
NHKの知的財産をアーカイブとして残す
ノベライズとシナリオは競合しないと考えた小沼さんと砂原さん。とくにシナリオ集として世に出すことで、シナリオというものをアーカイブとして残すことに寄与できると考えたと、砂原さんは言う。
「『ステラnet』さんで連載している吉田さんのブログで、吉田さん自身もほかのかたの書いたシナリオを読みたいし、シナリオライターを目指している人にとっては、ほかの人の書いたシナリオがとても貴重な資料だと書かれています。確かに資料としてシナリオを残しておくことは必要だし、言ってみれば、NHKの知的財産をアーカイブとして残すことは大事だと思いました」
そもそもシナリオではなく、なぜわざわざ小説化したノベライズが生まれたのだろうか。シナリオ集とノベライズの違いについて、ノベライズの編集をしている向坂好生さん(サムネイル写真右)はこう語る。
「脚本家さんの頭のなかが見えるシナリオ集と、それを小説化したノベライズの2種類でユーザー層を広げることができると思います。脚本は、短いト書きとセリフで構成されていて、それを読んだスタッフや俳優がそれぞれどんな表現をするか思い浮かべる設計図のようなものです。だから、映画やドラマ作りのプロではない一般の方だと、すぐに場面を浮かび上がらせることは難しい場合があります。それを小説にすることで、誰もがすぐに場面や登場人物の心情を思い浮かべることができて面白く読めるようにしています。例えば、脚本だと場面がフラッシュバックしたりしますが、小説では、シーンの順番を入れ替えることでわかりやすく読者に伝えるようにして、より間口を広げています」
なるほど。シナリオとノベライズ、両方あれば、作品がより多様に楽しめるということだ。
例えば、『虎に翼』第1話。シナリオとノベライズとドラマを比べてみるとーー。
第1話のシナリオの1〜3ページ
ドラマでは、シナリオシーン1に川や笹舟、子どもたちが河原で遊んでいる様子があり、寅子の顔はあえて見せていない。それからナレーションに合わせて寅子が歩く街にいる様々な人達などスケッチがプラスされている。
ノベライズ1ページめ
シナリオがオリジンで、それをもとにドラマは演出家や俳優が、ノべライズはノベライズ作家が、画を想像して表現している。それぞれ違って興味深い。
脚本家はト書きを書きすぎないようにと教わることが一般的で、それはスタッフや俳優の想像力に委ねるためだという。逆に、委ねすぎるとシーンがあっさりしすぎることもあるのでここは、というところは丁寧に書くという脚本家もいる。常に、細かく動きや心情を書く脚本家もいる。こういう脚本家による個性も読み比べてみたいものだ。
「個人的には、過去の名作朝ドラで、シナリオ集があったら良かったのにという作品がたくさんあるので、おもしろいもの、特徴のあるものなど、遡って作れたらいいなとは考えています」と砂原さん。
朝ドラのみならず、大河ドラマや、土曜ドラマや特集ドラマや地域発ドラマなど優れたシナリオ集なども出してほしいと願う。
「他局も出されると、脚本マーケットみたいなものができてくると楽しい気がします」と向坂さん。
最近はネットで、台本ではこうだったが俳優のアイデアでこう変わったとか、演出でこう変わったなどと話題になることも多いので、シナリオが世の中に普及すればドラマの楽しみ方もさらに深まるのではないだろうか。
シナリオ集の評判は上々と砂原さんも新企画の今後の動向に注目している。
「第1週の売上で26週分のリクープラインを回収できました。反響は想像以上でした。業界のかたも買ってくださっていますが、映像化にあたってカットされたところも読みたいという熱心なファンのかたもいます。なにより、吉田さんは脚本家としてひじょうに個性のあるかたで、彼女の作品が好きで、吉田恵里香さんの著書として読みたいというお客様もいる印象があります。ドラマの盛り上がりとともに、じょじょに売れていくでしょう。この半年の間にどういう売れ方をするか楽しみです」
電子書籍の普及によって手軽に読むことができるようになったことが大きいと小沼さん。
「ノベライズは台本をもとに小説化していくので、ストーリーの流れやセリフは生かされつつも、台本そのままにすることはなかなか難しいので、脚本家さんの本来の世界観を味わうためにはやはりシナリオそのものが最も楽しんでいただけるかなと思います。脚本家さんにとっても自分の作品が残るという意味ではいいことだとも思います。これまでも出したいとおっしゃる作家さんもいたのですが、砂原さんが言うように、分量も多く、紙で出すにはハードルが高くて踏み切れずにいました。現在、電書のインフラも整ってきて、電書を買って読むことが一般化したことで、シナリオ集を出す環境になったといえると思います。電書で読むシナリオ集というのはとても時代に合っていますよね」
「1週ごとなので、好きな週を買っていただいてもいいですし、仮に全部買っていただいても、紙の本だとどんどん増えて本棚に入りきらないところを電子書籍なのでスペースもとらないですし、ノベライズ、シナリオ集、それぞれのメリット、デメリットをうまく区別できるとお客さんの買う選択肢が増えると思います」と砂原さん。
この10年で関連本の動きも好調
こうしてシナリオ集の可能性も高まる昨今だが、ノベライズやドラマ・ガイドの売上もここ10年ほどの間に上がっているそうだ。
朝ドラが再注目されたのが、8時15分はじまりから8時はじまりになった「ゲゲゲの女房」からと言われていて、副読本もその流れに乗っていった。
「ドラマ・ガイドやノベライズでドラマの予習をして、シナリオ集で復習していただければ」と向坂さん。ドラマファンは勉強熱心だとも言う。
「ノベライズが出ないものもありますが、それはネタバレを気にする視聴者のかたがいて、番組サイドや脚本家のかたが、まずドラマで楽しんでほしいという気持ちを持っているから。ノベライズは放送前に出版されることが多いので、ネタバレには気をつけています」と小沼さん。
ドラマの副読本も少しずつアップデートしている。
砂原さんはそれまで1冊だったドラマ・ガイドを「カーネーション」(11年)のとき、Part1、Part2の2冊にし、向坂さんは、それまでイラストのデザイン処理だったノベライズの表紙を「まんぷく」(18年)のときからドラマの出演者の写真に変更し、よりドラマと関係深く見えるようにした。
小沼さんは「ちむどんどん」(22年)のドラマ・ガイドから判型を変えて現代的な雰囲気にしたという。より、ドラマを楽しんでもらおうと、それぞれ新しいことに挑んでいる。
「NHKのグループ会社としては、NHKでどんどんいいコンテンツができてきていて、その力がシナリオに集約されているので、ドラマ・ガイドもノベライズもシナリオ集も出すことで、その魅力をもっと広げていきたいし、さらなる企画も考えられたらいいなと思います」(小沼さん)
「朝ドラは毎朝の習慣のような番組として親しまれています。我々、編集者としてはその魅力をいかに伝えるかが重要と思っています。また、ドラマに関わる作り手が膨大なので、ひとりひとりの思いが結集してあれだけのものができているところに、朝ドラが他の追随を許さないドラマとしての魅力があります。その魅力を伝えるための最適な商品というものを設計していけるといいのかなと思います。今回、時代に合わせたひとつとして、電子シナリオ集が生まれました。これからもニーズを見極めながらやっていきたいと思います」(砂原さん)