「草の根で実習生を支える」(1)ボランティア日本語教室が学びの場に、就業後や休日に日本語学ぶ実習生
日本にいるのに日本語ができない。日本人との交流もない――。外国人技能実習生は日本で就労し、この国で暮らしている。しかし、日本語学習の機会に恵まれず、十分な日本語能力を身につけられない上、日本人との交流が限られている技能実習生も少なくない。これまで技能実習生をめぐっては賃金や就労時間などの処遇に関する課題が注目されてきたが、「日本語学習機会の不足」や「人間関係の乏しさ」といった課題も根深い。そんな中、NPO法人が無料で学べるボランティア日本語教室を開くなど、日本語教育の面から技能実習生を支援する動きがある。技能実習生に対する支援が十分ではない中、草の根レベルで技能実習生を支えているのだ。今回は、技能実習生に対する草の根の支援について伝えたい。
◆土曜の夜に自らの意志で日本語を学ぶ実習生
私が名古屋市で活動するNPO法人の運営するボランティア日本語教室を訪れたのは、2016年9月の初めのことだった。
ボランティア日本語教室の活動拠点となっているのは、名古屋市の南区にある公共施設だ。
製造部門の企業が集まるという名古屋市南区。近隣には工場が多数立地するという。
名古屋駅からJR東海道本線で10分程度のところにある笠寺駅で電車をおりた。
笠寺駅の改札を出ると、そこは高架になっており、デッキからは整備された道や工場が見下ろせるほか、デッキの先にコンクリート造りの大きな建築物があるのが見える。この建物は日本ガイシスポーツプラザというらしい。
プリントアウトした地図を見ながら、近くを歩いていた制服姿の女子中学生数人に道をたずねると、「あの先の方です」と、前方を指さして方向を親切に教えてくれた。
土曜日の午後6時半すぎ。
あたりは徐々に暗くなってきている。紺色の制服に、少し重そうな長めのスカート、制服と同系色のカバンをもった女子中学生たちは部活動のために土曜日も制服を着て外に出たのだろうか。彼女たちは家に向かう途中だったのか、私との会話が終わると、友人同士でなにかおしゃべりしながら、どこかへと向かって足早にその場を去っていった。工場が多いとされる地区だが、住宅地や学校もあるようだ。
日本ガイシスポーツプラザの脇を通り抜けると、その先にオレンジ色の明かりがともった建物が見えてきた。公共施設の一室を借り、そのNPO法人はボランティア日本語教室を運営している。
ボランティア日本語教室の生徒の多くは、ベトナム出身の技能実習生だという。
教室を訪れたのは、夜の7時ごろ。
すでに授業が始まり、全体で30~40人程度の生徒が集まっていた。
9月といってもまだ気温の高いその時期、生徒たちはTシャツや半袖シャツにジーパン、スニーカーといった格好で集まり、机を囲んで学んでいた。みな自らの意志で、日本語を学ぶためにこの場にやってくるのだという。
日々仕事に追われる技能実習生だが、ボランティア日本語教室ではリラックスしているようで、笑顔が絶えない。
ベトナム語を使い生徒同士で教え合う姿も見える。
生徒たちの日本語のレベルは、日本語能力検定の一番下のレベルの「N5」程度の人が最も多いというが、中には「N4」レベルの生徒もいる。さらに高いレベルのN1~3レベルの学習をしている生徒もいるようだ。
無料で受講できるこのボランティア日本語教室だが、見学していると、日本語教師も生徒も和気あいあいとしながらも、真剣に取り組んでいる様子が伺える。
◆経験積んだ日本語教師がベトナム語交えて授業
「下の人、私がします。そのとき謙譲グループです」
「上の人がいます。社長がします。先輩します。これ尊敬グループです」
「行きます。来ます。参ります」
「行きます。来ます。伺います」
「参ります」「行きます」
「おります」「います」
「~と申します」「~言います」
「拝見します」「みます」
その日は、敬語の授業だった。
ボランティアの男性日本語教師がホワイトボードの前に、にこやかに立ち、生徒たちに尊敬語と謙譲語の違いを丁寧に説明する。
ときおりこの日本語教師がベトナム語を交えると、生徒たちから笑みがこぼれる。
日本語教師は、生徒たち一人ひとりに声を出させ、日常的に使う動詞を次々に活用させていく。声に出すことで、新しい言葉の定着を促すのだ。
敬語表現を使用する際には、相手との関係性を踏まえた上で、動詞を適切に活用させる必要がある。
敬語は日本語の母語話者であっても簡単ではない。日本語の母語話者の間でも敬語の誤った使い方がなされることも少なくないだろう。
この半面、日本社会で生活していく際、適切な敬語を使うことができれば、さまざまな立場の人とのコミュニケーションの可能性が広がる。
ただし、日本語の母語話者でも扱いが難しいため、独学で敬語を理解し、身につけることは容易ではない。
そんな中、経験を積んだ日本語教師による指導を受けながら、他の学習者とともに学ぶことのできるこのボランティア日本語教室は、技能実習生にとって日本語の学習を促す場となるのだ。
◆「時間もお金もない」、日本語を学ぶことの困難
ベトナム人の技能実習生は一般的に、日本へ渡航する前に現地の送り出し機関で数カ月間、日本語研修を受け、日本語を学ぶ。来日後も監理団体による日本語の研修を受ける。
ただし、その後は受け入れ企業での就労が生活の中心となり、日本語を学ぶ機会が限られていく。
フルタイムで働きながら、生活費を切り詰め、もともと少ない賃金を貯めて故郷の家族に仕送りしているケースが多い技能実習生にとって、学費がかかる日本語学校に通うことは現実的な選択肢にはならない。さらに、就労しながら、就業後や休日に、自分でテキストを開き、独学で日本語を学ぶことは負担が重い。
そもそも言語の習得は積み重ねが必要で、時間とお金かかり、外国語を身につけることはそうたやすいことではない。日本にいるだけでは日本語はそう簡単には身につかないのだ。
日本語を身につけ、日本語能力検定のような検定試験に合格するためには、きちんとした教授法を身に付けた日本語教師による授業を受けた上で、継続して学習を続けることが求められる。しかし、技能実習生にとって、そうした学習のための時間やお金を確保することは難しい。
この教室に通うベトナム人技能実習は普段、名古屋市周辺の企業で就労している。その多くが近隣の製造業で働き、やっと確保できた空き時間となる土曜日の夜、なんとかして日本語を勉強したいと、この教室にやってくるのだ。
「近隣」といっても電車移動が必要な距離から通う生徒も少なくない。かといって電車賃を出す余裕は技能実習生にはない。多くが、交通費を節約するために自転車で30分以上かけて通ってくる。
日ごろ日本語を学ぶ機会が限られる一方で、高い授業料を払うことのできない技能実習生にとって、この教室は日本語を学習できるかけがえのない場所なのだろう。ボランティア日本語教室での日本語学習は技能実習生にとって、日本語を学ぶことのできる貴重な場となっているのだ。
◆生徒や日本語教師との交流も魅力、「花火」が思い出に
この教室で学ぶベトナム南部バリアブンタウ省出身の20代の男性もやはり技能実習生として来日した。教室には毎週来ているという。
「ここはとても楽しいです。先生はやさしいし、楽しいし、説明してくれます。みな(生徒)も仲良しだから」
男性は笑顔で、丁寧な日本語で答えてくれた。
普段は名古屋市内の企業で機械関係の仕事をしており、仕事のない時間にボランティア日本語教室に来るのが楽しみだという。
夏には教室のメンバーで、「花火を見に行った」ことも、よい思い出だ。
日本語を学ぶ意欲も強く、「来年はN2を受けたい」と話す。N2は日本語能力検定の上から2番目に難しいレベルで、合格するのは簡単ではないが、それでも勉強を続けて試験に挑戦したという。
◆「日本人の友達はいない。でも日本語能力検定を受けたい」
ベトナム南部ビンロン省出身の20代の男性は来日後、溶接の仕事をしながら、教室に通っている。
仕事は教室の授業がある土曜日にもあり、朝8時から午後5時まで働いたあと、この教室にやってくる。
「土曜日も仕事です。疲れました」と話す。
故郷の家族は農業をしている。家族が経済的な課題を抱えていたことから、ホーチミン市の送り出し機関に1億ドン(約49万1,812円)を渡航前費用として支払い、技能実習生として来日した。
現在は1日当たり8時間働く。土曜日は時給が820円になる。
彼が「古い部屋」だという寮に1カ月当たり2万7,000円の家賃を支払うと、手取りは10万円程度にしかならない。
この約10万円を極力使わないようにしてお金を貯め、渡航前費用の借金を返すとともに、故郷の家族の生活を助けている。
「会社の人はいい人です」と話す彼だが、その一方で「日本人の友人はいません」と恥ずかしそうに明かす。
彼にとっては、教室での日本語の授業や交流が職場以外で日本人と交流する限られた機会のようだった。
そんな彼も「来年はN3を受けます」と言う。
家族の暮らしを助けるために借金してやってきた日本で、毎日の仕事に追われ、日本語を習得するチャンスは十分にはない。しかし、それでも勉強を続けている。(「草の根で実習生を支える」(2)に続く)