落合監督の「誰にも期待しない」投手王国の作り方【落合博満の視点vol.67】
立浪和義監督の中日が、2年連続最下位と苦しんでいる。就任時に立浪監督は「打つほうは何とかします」と意気込んだが、今季の390得点は、5位・広島の493得点より100以上少なく、チーム打率.234でセ・リーグ最下位だった打線のテコ入れが急務と言われる。一方で、498失点は3位で、2位・横浜DeNAの496失点にも迫っている。また、チーム防御率3.08はセ・リーグ2位で、投手力はリーグ屈指と評されている。
だが、破壊力満点の打線を作ると言っても、そう簡単なものではない。だからこそ、2011年にチーム打率.228でも強力な投手陣を擁してリーグ連覇に導いた落合博満監督はこう言う。
「ないものねだりをしても勝てるようにはならない。得点力が低いなら、それでも勝てる投手力を整備すればいい」
得点力を改善するにはある程度の時間がかかるものの、勝てる投手陣はやり方次第で整備できるという。その際のキーワードを、落合監督は「誰にも期待しないこと」と表現した。「私が監督だった8年間、2ケタは勝ってくれるだろうと信頼していたのは川上憲伸と吉見一起だけ」と言うように、2004~07年に2ケタ勝利を続けたのは川上だけであり、その川上が9勝だった2008年には吉見が10勝3敗と台頭し、2011年まで2ケタ勝利を続けた。つまり、真のエースはひとりだったのだ。ちなみに、2005年に入団し、即戦力となった中田賢一でも2ケタ勝利は2007年の一度だけ。ベテランの山本昌も11勝、2勝、11勝、1勝と波があった。
では、それでも優勝を争う勝ち星をどう稼ぐか。投手部門の全権を任されていた森 繁和ヘッドコーチはこう明かす。
「落合監督は、2ケタ勝てる先発を作れなんて決して言わない。5勝前後できる投手が8人いればいいと考えていた」
そもそも、先発ローテーション投手が中6日で登板する時代だ。フル稼働しても25試合前後の登板で2ケタ勝利をノルマとし、そんな投手を2人、3人と作ろうとしても絵に描いた餅になってしまう。ましてや、「2ケタ勝利を3年続けて初めて一人前」などと昭和の考え方を押しつけても、そもそも好成績を継続できる投手が少なくなっている。しかも、本調子を欠けば違和感を主張して投げたがらない者もいる。そうした現状に照らせば、はじめから全員を戦力と考えてやり繰りしたほうが現実的だろう。その指標を、落合監督は「5勝を8人」と表現した。
投手の勝ち星には、試合展開や打線との相性など実力以外の要素も大きく関係してくる。ゆえに、2ケタ勝利を期待すると、本人も周囲も勝ち星が思ったように伸びない時期にイライラが募る。だが、5勝なら誰でもクリアできそうなイメージがある。実際、当時の投手に聞くと、「2ケタ勝利は遠い目標と感じられるけど、5勝なら自分にもできそうだと受け止められた」という。
そうやって、シーズン通して先発ローテーションに入っていなくても、好調な時期、相性のいい相手に先発を任された投手が「ここは自分の持ち場」と意気に感じ、貴重な1勝を積み上げた結果の投手王国であり、「すべてはモリシゲの上手いやり繰り」と落合監督は表現。ファンやメディアが2ケタ勝利を期待した若手が1勝に終わっても、「その1勝で優勝に届いた」と、本人の励みになる評価をしていた。そして、あまり語られてはいないが、落合監督が川上や吉見と同じくらい信頼を寄せていたのは、全体的に疲労が溜まっている夏場の連戦、序盤に大量失点した“負け試合”でも登板してくれる「投げたがり」だった。
では、落合監督の退任以降もまずまずの投手陣を擁しながら、中日がBクラスに甘んじているのは打線の責任だけなのだろうか。
「こっちは必死になって投手陣の管理をしているのに、落合監督は時々ブルペンに足を運んでは『あいつはいいな、こいつもいいな』と言う。監督の思い通りに投手が働いたら、毎年ぶっちぎりで優勝するって思っていたけどね(笑)」
そう森が振り返るように、落合監督はドライな態度の裏で人情家であり、どの選手にも期待をかけていた。常勝を実現させた強力投手陣の土台にも、「監督が見てくれている」という投手一人ひとりのモチベーションがあり、それが「打てないなら自分たちが抑えてやる」というチーム力になっていたことも、つけ加えておかなければならないだろう。