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杉本昌隆八段(52)逆転勝利で叡王戦八段予選準決勝進出 藤井聡太二冠(18)が勝ち上がれば師弟戦実現

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 12月3日。大阪・関西将棋会館において第6期叡王戦・段位別予選八段戦C▲畠山鎮八段(51歳)-△杉本昌隆八段(52歳)戦がおこなわれました。

 持ち時間は各1時間(チェスクロック方式)。10時に始まった対局は12時36分に終局。結果は杉本八段の勝ちとなりました。

 杉本八段は本日19時から始まる予選準決勝に進出。14時から始まる藤井聡太二冠-長沼洋八段戦の勝者と対戦します。

杉本八段、終盤で逆転

 段位別予選が進んでいる今期叡王戦。これまで東京のABEMAのスタジオ(シャトーアメーバ)でおこわれる対局が中継されてきました。本日は関西将棋会館、御上段の間での対局です。

 棋士番号は畠山八段が192、杉本八段が197で、この数字が示すとおり、先に四段に昇段して棋士の資格を得たのは畠山八段の方が先。

 八段に昇段したのは杉本八段が2019年2月、畠山八段が同年9月で杉本八段が先。

 年齢は杉本八段が1歳上。

 こうした場合、どちらが上座に着くのかは難しいところです。同段の場合、席次は昇段順。ただし上座に着くのは棋士番号の小さい側が実際上の運用です。

 そして現実には、先に対局室に入って来た方が謙譲の精神で上座を譲り、下座に着くことが多い。本局では畠山八段が先に対局室に入って、下座に着いたそうです。

 藤井聡太二冠は史上最年少で八段に昇段しました。全棋士中の席次は3位で、八段の中では最上位です。八段の誰があっても上座にすわるのがルールではあります。

 では師匠の杉本八段と段位では並び、タイトル保持者となって席次では上位となった現在、師弟戦で上座にどちらが座るのか。もし本日、杉本八段と藤井二冠の師弟が勝ち進めば、その答えがわかります。

 叡王戦は今期から、主催は不二家となりました。

 対局者のそばにはそれぞれ、ペコちゃんが描かれていた、不二家のお菓子が入っている箱が置かれています。

杉本「新しく不二家さんがスポンサーについての叡王戦ということで、横にお菓子が置けたりして、いつもと違う新鮮な気持ちで指せました」

 局後に杉本八段はそう語っていました。

 ABEMA解説は阿部光瑠六段。

阿部「あの箱、持って帰りたかったんですけど・・・。持って帰れなかったんですよ。中身だけ(持って帰れる)。叡王戦、自分すぐ負けちゃったんで、箱ぐらい欲しかったな(苦笑)」

 阿部六段は六段予選1回戦で、近藤正和六段に敗れています。

 歩を5枚ふる「振り駒」の結果、裏の「と」が5枚出て畠山八段が先手となりました。

 定刻10時。

記録係「それでは時間になりましたので、畠山先生の先手番でお願いします」

 両対局者は「お願いします」と一礼。対局が始まりました。

 12手目。杉本八段は四間飛車の作戦を明らかにしました。両者の対局はほとんどの場合、振り飛車党の杉本八段が飛車を振っています。

 ただし直近の今年9月、B級2組4回戦での対局では、相居飛車の力戦形となっています。結果は畠山八段の勝ちでした。

 両者は過去に25回と多く対戦。結果は畠山14勝、杉本11勝という成績が残されています。

 畠山八段は堅い居飛車穴熊に組みます。

畠山「新しい形で、いちばん自然に指したらどうなのかなと思って。ちょっと序盤の駆け引きの中でけん制されたんで、いちばん自然に指したんですけど」

 杉本八段は最近流行中の金無双の陣形。玉の堅さ重視VSバランス重視という構図になりました。

 最近はコンピュータ将棋ソフト(AI)の影響で、バランス重視がトレンドと言われています。ただし先日、王将戦プレーオフ(豊島将之竜王-永瀬拓矢王座戦、永瀬勝ち)で解説の増田康宏六段、鈴木環那女流三段との間で以下のようなやり取りがありました。

増田康宏六段「豊島竜王は玉を固める展開の方が勝ちやすいという印象があります。みんなそうな気がしますけどね。永瀬王座もそうですし。渡辺先生とかもそうじゃないですか。堅さは勝ちやすいっていう考え方だと思うので。(バランス重視の)ソフトの手を信頼してるっていう人は、意外と少ないかもしれません。玉の堅さとか欲しくなってくるので」

鈴木「でもいま堅さというか、バランス型の囲いが多いような・・・」

増田「いや、その時代は終わった気がします」

鈴木「えっ!?」

増田「堅さを優先する時代に戻った気がします」

鈴木「いつの間に!? 気がつくと何か終わってたりするんで・・・」

増田「いま堅さの方が重視されている傾向にありますけどね」

 トレンドの推移が速すぎて、何が最前線なのかよくわからない現代将棋界。もしかしたらいずれ「バランス重視は終わった」が共通認識となる時が来るのかもしれません。

 中盤戦。畠山八段の動きに対応しながら、杉本八段の陣形は縦に伸びて上部が厚くなります。盤面全体で戦いが起こって、形勢ほぼ互角のまま進んでいきます。

 まだ中盤戦の73手目。畠山八段は1時間の持ち時間を使い切り、以下は1手60秒未満で指す「一分将棋」となります。対して杉本八段は残り13分。

 杉本八段は穴熊の弱点である端9筋を攻めていきます。対して畠山八段はその折衝で得た桂を飛車角両取りに打って反撃しました。

杉本「終盤の入り口まではまずまずかなと思ったんですが、ちょっと▲3六桂の飛車角両取りの勝負手を放たれて、それで対応を間違えてしまった気がします」

畠山「厳密には、ちょっとあのへんはわるいのかと。ただ、やれば大変だとは思うんですけどね。▲3六桂じゃちょっと、なにがあっても文句は言えないなと」

 88手目。杉本八段も時間を使い切って、ここからは両者一分将棋。局面は最終盤に向けて、ダイナミックに推移します。そして形勢の針は次第に、畠山八段優勢へと傾いていきました。

 棋界屈指のファイターとして知られる畠山八段。堅かった自玉も次第に危険な形となってきましたが、気合鋭く相手玉に迫っていきました。

畠山「勝ったときを考えたわけじゃないんですけど、やっぱり、この将棋で勢いをつけたい気もありましたね。それで切り込んでいったんですけど。いけてたとは思うんですけど」

 一手を争う最終盤。畠山八段は杉本玉を寄せるため、左右はさみ撃ちの包囲網を築きました。あともうひと押しという形です。

 108手目。杉本八段は端9筋で穴熊上部の銀を取りながら、不成で香を走らせ王手をかけます。対して畠山八段はこの香を取らず、かわして上部に逃げる勝ち方もあったかもしれません。

 杉本八段は終盤のセオリー通り、玉の早逃げでチャンスを待ちます。ここで畠山八段はどう決めるか。

 111手目。畠山八段は桂取りに歩を突き出します。プロ好みの筋のいい寄せ方のようにも見えましたが、この一手で速度は逆転。形勢もまた逆転となりました。

 終局後、畠山八段は何度も深いため息をついていました。

畠山「▲3四歩は、はさみ撃ちでちょっと図々しく・・・。まあずっと予定では、どっかで▲3四歩ではさみ撃ちで(自玉は)ギリギリ詰まないって組み立てでずっといってたんで。あそこ修正しなきゃいけなかったですね。別の順のときに▲3四歩が決め手になる順をずっと読んでたんで。あの局面だけはなかったですね」

 杉本八段は逆転のチャンスを正確にとらえ、畠山玉に迫ります。

 116手目。杉本八段は守りの金で相手の攻めの銀を取ります。ぴったりの攻防手。杉本八段の逆転勝ちとなりました。

杉本「最後はちょっと負けていたかもしれません。最後は指運(ゆびうん)で偶然残っていたかなと思いました」

 一方の畠山八段からは反省の言葉が聞かれました。

畠山「ちょっと誤算もありながら、こんな感じかなと思ったんですけど。ただ最後はちょっとお粗末ですね。明らかに・・・。うーん、これを逃すんでは・・・」「恥ずかしいです。情けないですね」「ちょっとひどいですね」「いやあ、そうか・・・」

 インタビューが終わったあと、畠山八段はまた深いため息をつきました。

 実現するかもしれない師弟戦について、杉本八段は次のように答えていました。

杉本「1回戦のことで精一杯で・・・。(14時開始の)反対のブロックの組み合わせは藤井-長沼戦ということは知ってましたけど。1回戦のことで頭がいっぱいであまり午後のことは考えてないです。(弟子の藤井二冠と)対戦できれば、それはそれでうれしいですし。でも、今年6月に(竜王戦3組決勝で)指してるので・・・。はい、あまり意識はしてないですね。(19時からの2回戦は)藤井二冠であればまた弟子との対局ということですし。長沼さんともしばらく指してないので、どちらが勝ち残るのか非常に楽しみに、午後の対局を注目したいと思います」

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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