Yahoo!ニュース

箱根駅伝収入の行方 学生選手への還元を考える

松岡宏高早稲田大学 教授
(写真:日本スポーツプレス協会/アフロスポーツ)

○優良スポーツコンテンツ 箱根駅伝

東京箱根間関東大学駅伝、通称「箱根駅伝」から二か月近くが経つ。この間に他の大学スポーツや駅伝を見た人はどの程度いるであろうか。ラグビー全国大学選手権も、女子、男子の全国都道府県対抗駅伝も注目度はそれほど高くなく、視聴率約28%の箱根駅伝とは比較にならない。人々は大学スポーツや駅伝に関心があるわけではなく、箱根駅伝に関心があるのだ。

正月の風物詩であるこのスポーツコンテンツは、国内屈指のメディア価値を誇る。当然ながらスポンサー企業にとっては多額を投じる価値がある。各スポンサーにとっての広告効果は60億円相当ともいわれている。先日アメリカで開催されたスーパーボウルも相当なメディア価値を持っているが、二日間に亘り長時間放映される箱根駅伝はこれに勝るとも劣らないのではないか。

○学生選手負担と経済効果のギャップ

さて、この莫大な経済効果を創出する箱根駅伝の収入は、このスポーツ事業を生み出す中核に在る学生選手たちに適切に還元されているのだろうか。競技力が高い一部を除いて、ほとんどの学生選手が自身(保護者の協力含む)で学費や生活費を工面して大学に通い、競技をしている。プロ選手ではないので、当たり前と言われれば当たり前かもしれない。ただ、学生選手が4年間に費やす学費、生活費、その他練習等に必要な費用と、彼らのパフォーマンスによって生み出される経済的価値のギャップに疑義を禁じ得ない。

○NCAAの問題 学生選手の権利と待遇

アメリカでは、学生選手の権利を利用して得た収入をNCAA(全米学生スポーツ協会)が学生選手に還元しないことは反トラスト法に違反するとして訴訟が起こった。元バスケットボール選手のO’Bannon氏が、学生選手であった自身の模倣像がビデオゲームに使用されていることに疑念を抱いたのがきっかけであった。2014年に地方裁判所はこれを認め、さらに「NCAA Division 1(1部)のフットボール(アメリカン)選手と男子バスケットボール選手に各大学が年間$5,000を支払う(現在受け取っている奨学金とは別)」との判決を下した。

「$5,000の支払い」については、2015年9月に連邦裁判所にて棄却されたが、この一連の動きによって、NCAAは既存の奨学金制度に加えて、大学院進学を支援する奨学金制度の立ち上げや、学費以外の雑費の支援の開始など、様々な制度改変を試みるようになった。実際にNCAAは収入の90%以上を学生選手の支援に使っていると報告している。規模も仕組みも違えども、学生選手の権利の保護、そして彼らのパフォーマンスによって生まれた収益の還元という点では、箱根駅伝のケースにおいても検討可能である。

○大学スポーツ改革の必要性

箱根駅伝のメディア価値の向上、つまり学生選手のパフォーマンスの向上は、実質的に各大学と学生選手に委ねられている。学業に費やす時間を削って競技に打ち込んでいる学生選手は少なくない。各大学は多額を投じて選手の育成に注力している。かなり無理をしているのではないか。また、無理ができる大学とそうでない大学の差が開いてきたのではないか。

そしてこの大学任せの仕組みのままでの競争激化が、リクルート、入学試験、修学において様々な支障を来す可能性は否定できない。大きな問題が起こる前に、学生選手への競技大会収入の還元を含めた改革について、然るべき組織において検討すべきではないだろうか。

早稲田大学 教授

1970年京都生まれ。京都教育大学卒。オハイオ州立大学で博士号(Ph.D.)を取得。専門はスポーツマネジメント、スポーツマーケティング。特に、スポーツ消費者(実施者、ファン・観戦者)の心理や行動の解明を研究テーマとし、スポーツをする人、見る人が増える仕組みづくりを検討している。現在、早稲田大学スポーツ科学学術院教授。日本スポーツマネジメント学会理事、ホッケージャパンリーグ理事なども務める。著書に、スポーツマーケティング(共著:大修館書店)、図とイラストで学ぶ新しいスポーツマネジメント(共著:大修館書店)など。

松岡宏高の最近の記事