【検証】鉄道専門家が「鬼滅の刃」の無限列車を徹底検証 京都に残る最も忠実な車両、感動の描写も
「鬼滅の刃」のブームが止まらない。2016年に「週刊少年ジャンプ」で連載が始まった同作品は、2019年4月に第1期となる「竈門炭治郎 立志編」がテレビアニメ化されたことで人気が爆発した。翌2020年10月には劇場版アニメ「無限列車編」が公開され、その興行収入は日本映画界歴代一位となる400億円超を記録。2021年10月からは、新たにテレビアニメ版「無限列車編」の放送がスタートした。
多くの人から高評価を集めている「無限列車編」の舞台は、その名の通り「無限列車」というSL(蒸気機関車)列車だ。劇場版アニメの公開時には、いくつかの鉄道会社がタイアップ列車を運行して大きな話題となった。そこで、ここでは作品内に登場した車両の描写、そしてタイアップ列車の再現度がどこまで忠実だったのかについて、検証してみたいと思う。
○モデルとなったSLは当時最新型の「ハチロク」
まずは、無限列車の先頭に立つSL。作品の中では「無限」と書かれたプレートを付けているだけで、形式名などは描かれていない。だが、煙突や運転室のデザイン、その後ろにある“コブ”(このコブは、一つが蒸気を溜めるドームで、もう一つは空転防止用として線路にまく砂が入っている)や動輪の数などから、そのモデルとなったのは明治末期に外国から輸入されたSLを参考に日本で設計され、1914(大正3)年に第1号機が登場した8620形、愛称“ハチロク”とみて間違いないだろう。
なお、鬼滅の物語は大正時代が舞台となっているが、具体的に何年の出来事であるかは明言されていない。唯一に近いヒントは、作品の主人公である竈門炭治郎が、鬼殺隊に入るための最終選別で慶応年間(江戸時代)から47年間捕らわれているという鬼を斬る直前、この鬼が「今は明治何年だ?」「年号が変わっている!“また”だ!」と言っていたシーン。慶応年間が1865年〜1868年であること、物語の開始からこの時点まで炭治郎は既に2年ほど修行をしていることから、大正3年の年末から大正4年の秋ごろまでにかけてのどこかということになる。
その後、炭治郎は無限列車に乗るまでにいくつかの任務を遂行。途中で重傷を負い、しばらく休養していた時期があるものの、その期間は1年強といったところであろう。つまり、無限列車編の舞台はおそらく大正5年(1916年)から大正6年(1917年)までの間。アニメを現実世界と重ねあわせれば、無限列車の先頭に立つSLは、当時の最新型だったということになるのだ。
15年間にわたり、国鉄用として672両、さらに樺太向けや私鉄用としても製造された8620形は、鉄道の発展を支えるとともに、蒸気機関車の製造技術の向上に大きく貢献。その性能の良さと扱いやすさから、日本から(観光目的ではない)蒸気機関車が引退した1970年代中ごろまで活躍を続けた。
ちなみに、SLは“デゴイチ”ことD51形や“シロクニ”ことC62形のように名前の先頭にアルファベットが付くものが多いが、8620形はこの命名方法が決められる前に製造がほぼ終わったこともあり、アルファベットが付いていない。このアルファベットは動輪の数(Dなら4つ、Cなら3つ)を表しているため、動輪が3つあるハチロクにこの命名方法がもし採用されていたら、「Cxx形」になっていただろう。
○動態保存されているハチロクが「無限列車」に
役目を終えたハチロクは、現在も第1号機を含む20両が全国各地で保存されている。このうち2両は自力走行が可能な動態保存。2020年の11月から12月にかけて、九州で運行された「SL鬼滅の刃号」の先頭に立ったSLも、この動態保存されている8620形のうちの1両、58654号だ。「無限」と書かれたプレートを前面に掲げた姿は、アニメの一シーンを思い出させた。途中駅や車内にはファンが大勢詰めかけ、お祭り状態。登場人物に似た衣装を着ている人もおり、思い思いの形で無限列車を楽しんでいた。
ただし、アニメに登場するSLとは違う点もいくつか見られた。その一つが、前面の左右にある「除煙板」だ。これは煙突から出る煙が左右に広がらないよう、風の流れを作るためのもの。8620形は製造時期やその後の改造で、除煙板がある車両とない車両が存在し、58654号は装備しているのだが、アニメのSLにはない。ファンとしては除煙板を取り外してほしかったところだが、諸事情で難しかったのだろう。
一方で、動態保存されているもう1両のハチロク、京都鉄道博物館の8630号は除煙板がなく、よりアニメのSLに近いスタイルとなっている。こちらも2020年12から2021年3月にかけ、「無限」のプレートが取り付けられた。同車は自動車でいう“車検切れ”状態のため、本線を走行することはできないものの、博物館の敷地に敷かれた専用の線路でトロッコ列車を運行。車内では炭治郎の声で案内放送が流され、多くの人気を集めた。
もっとも、アニメのSLと現実世界のハチロクでは、汽笛の音が違う(ハチロクの本来の音はアニメの音より高い)、連結器が大正初期に使われていたものではないなど、違いを挙げだせばきりがない。SLの後ろに続く客車も、窓や屋根が大正時代には見られなかったスタイルをしている。ただし、いずれもアニメの雰囲気を楽しむ上では些細なことであり、「鉄道ファンが重箱の隅をつつく」レベルの話。指摘するのは野暮というものだろう。
余談だが、筆者が客車の描写で密かに感動したのは、「白熱灯の照明」と「背もたれの低い座席」。前者は蛍光灯とは違う灯具の形が、また後者は日本人が今より小柄だった時代の座席がうまく表現されている。
○車両や施設にもこだわりの描写が
最後に、車両以外についても触れておこう。「無限列車編」のオープニングアニメーションでは、冒頭にSLの向きを変える「転車台」が登場する。この映像をよく見ると、SLを乗せて回転する部分の両端に、少し折れ曲がった棒が突き出ている。
これは、転車台を人力で回すための手がかり。日本では、鳥取県にある若桜鉄道の若桜駅などにこのタイプの転車台が残っていて、数人でこの棒を押して回転させる。つまり、この転車台は本来、手動式のようだ。モーターで回転させるタイプの転車台で一般的に見られる、回転部の中央上部に電力を供給するための門型柱がないことも、それを裏付けている。もっとも、アニメでは人が押していないのに回転しているが、これは“演出上の都合”ということにしておこう。
また、第1話で登場するレンガ造りの機関庫は、5つの線路がある大きなもの。入口がアーチではなく四角くなっていて、このような形のものは筆者が知る限り日本にはない。また、その手前にあるポイントは1本の線路が5本に分かれる特殊な「五枝分岐器」で、日本には一つも存在しない。あまり深く考えずに描いたのではないかと思うかもしれないが、よく見ると海外にある五枝分岐器の構造とおおむね一致している。つまり、適当ではなくきちんと調べて描かれているのだ。この設定を作った人の“目の付け所”に感服である。
「鬼滅の刃」の作中には、実際に存在する場所や建物がいくつか登場するが、無限列車もその一つだった。そういえば、「立志編」で炭治郎が鬼舞辻無惨と出会う直前には、浅草の街を走る市電が描かれていた(この車両は、前面が流線形の5枚窓という、日本にはなかったデザインである)。次なる「遊郭編」ではどんな車両が出てくるか、鉄道ファンとしてもアニメファンとしても大いに期待したい。
【「鬼滅の刃」無限列車の検証まとめ】
・無限列車のモデルは、大正3年(1914年)に第1号機が登場した「8620形(ハチロク)」
・ハチロクは現在も20両が全国各地で保存されており、うち2両は自力走行が可能
・九州で運行された「SL鬼滅の刃号」は、動態保存されているハチロクが使われた。ただし、作品内のSLにはない除煙板がついていた。
・京都鉄道博物館で動態保存されているハチロクは「除煙板」がなく、より無限列車に近い。
・作品内の客車の描写は、白熱灯の照明や背もたれの低い座席など、当時の様子がうまく表現されている。
・オープニングアニメで登場した転車台は、自動で回っているように見えるが本来は人力で動く手動式。
・テレビアニメ版「無限列車編」の第1話で登場した機関庫の分岐器は、日本には存在せず、海外のものの構造で描かれている。