ニューヨークで犯罪やトラブルに巻き込まれたら。実体験を通して「冷静さ」を保つことの重要性を知る
ニューヨークに住んでいてよく質問されるものの一つに、「危険な目にあったことはありませんか?」というのがある。
この街に住んで14年。近年、犯罪件数が減り治安がよくなったと言われるが、やはり長く住めばそれなりに何かしらのトラブルは1つや2つある。と言っても危害を加えられたことは一度もなく、空き巣被害や夜道で変質者に遭遇というような程度で、それもかれこれ10年くらい前の話。私の周りでは、こめかみに銃を向けられたことのある女性、レイプ被害にあいそうになった女性、真夜中に道端で数人に囲まれ殴られた男性などもいるが、それもずいぶん昔の話で、最近はめったに聞かない。
しかし、統計によるとニューヨークは東京と比較にならないほど犯罪発生率がいまだに高く、毎日何かしらの事件や事故が起こっているのも事実。油断は禁物だ。
外務省のホームページには「海外邦人援護統計」が掲載されている。これを見ると、世界中の在外公館が援護した事件、事故数が年度ごとにわかる。邦人がかかわったすべての事件・事故が把握できるものではないが、それでも相当な数の邦人援護事案があったことが確認できる。
今日は、最近実際に自分の身に起きたことを話し、その出来事から学んだことを書きたいと思う。夏休みや長期休暇、出張などで海外旅行する人も多い時期なので、少しでも参考になれば幸いだ。
自宅前で隣人と口論の末、襲われた
その出来事が起こったのは、2016年8月5日(金)の夜。私が自宅に帰りついたのは、時間にしてもうすぐ深夜0時になろうかとしているときだった。以前から自宅(ビル1階)のすぐ前で、真夜中に長電話する隣人男性(40代前後)がいて迷惑に思っていたのだが、この日、私の帰宅時にちょうど遭遇。伝えるのにはいい機会だと思い、注意したことから口論になってしまった。
私もすぐに引けば良かったのだが、何度となく迷惑に思っていたので簡単には引き下がらなかった。電話を切ったその男は逆切れし、私が立っていたスペース(ビル入り口から入った、郵便受けがある一畳ほどの密室)に入り込み、襲ってきた。私は「やられる!」とパニックになって悲鳴を上げた。相手はびっくりしたのか手を緩めたので、その一瞬のすきを見て叫びながらドアの外に飛び出した。同じビルに住む女性がちょうど通りかかり、いったい何が起こったのかと事情を聞かれたが、私はとにかく体中がブルブル震えて冷静さを失い、たった今起こったことをうまく説明できずにいた。
少しずつ起こったことを思い出しながら、その女性に説明した。男は私が叫びながら外に飛び出た際に、逃げるように自分の家に戻ってしまったようだ。
私の体はしばらく震えが止まらなかった。女性は「警察に届け出る? 目撃者としていてあげるわよ」と言ってくれた。痛みは残っていたものの、大きな怪我を負わされたわけではないし、警官を呼んでまで大事(おおごと)にしなくてもいいんじゃないかと思い、「ううん、大丈夫」と言った(とにかく私はそのとき、冷静な判断ができずにいた)。でも彼女は「ちゃんとレポート(記録)を残しておいた方がいいよ」とアドバイスしてくれ、結局警察を呼ぶことにした。
アメリカの119番にあたる番号は「911」
911で聞かれたこと
緊急の事態かそうでないか
名前や住所(場所)
何が起こったか、何をされたか、体は大丈夫か?
相手の特徴(人種など)
ニューヨーカーはとにかく早口で独特のなまりのある英語を話す人が多いが、オペレーターの女性は動揺している私の気持ちを汲むかのように、冷静に丁寧にわかりやすく対応してくれ、心強かった。緊急の事件ではないことを伝えていたので、警官がいつ到着できるかわからないけど、待つように指示された。
しかし意外にも早く、2人の警官がパトカーで来てくれた。電話を切って5分くらいだったと思う。そして立て続けにもう一台パトカーが到着し、全部で5人の警官が私を囲んだ。
警官に聞かれたこと
何をされたか?
診察や処置は必要か?
相手は今どこにいるか?
診察や処置は必要がないと伝えたものの、念のため押さえ込まれた患部にペンライトをあてられてチェックされた。その後警官5人は男に事情徴収するためその男の部屋のドアをノック。しかしその男は居留守を使って、最後までドアを開けなかった。警官によると「今回のケースでは扉を破ることはできない」とのこと。これ以上どうすることもできないので、警官は私の身分証明書を記録しながら「また危害を加えられたら911するように」と伝えて去って行った。その日は興奮してなかなか寝付けなかった。
その後のレポート関連
ビルの大家に電話で報告
在ニューヨーク日本国総領事館に電話で報告
在ニューヨーク日本国総領事館は10年前の空き巣被害の際、鑑識とのリレーションシップがうまく取れず困っていたとき、領事館に助けを求めその後の事がスムーズに運んだことがあった。今回も電話で報告したところ、とても親身になって対応してくれ、適切なアドバイスをくれた。
- 警察が出動した際は、必ずコンプレイン番号をもらう(後々法的手段に出るとき、治療費を請求するときに必要。この番号があれば、犯罪給付金を受けることもできる)
- 騒音問題など生活トラブル全般について、直接相手にクレームを出すことでトラブルになることが多いので、第三者や公的機関に関与してもらう。今回のケースでは大家から伝えてもらう、もしくはニューヨークの非緊急ホットライン「311」コールを利用する方がよい。
1に関しては、私は法的手段に出る予定はないと伝えた上で、それでも後日警察署を訪問し、コンプレイン番号をもらった方がいいとアドバイスされた。
2に関しては、冷静に考えると本当にその通りだと思う。「311」コールは知っていたのだが、頭に血が上りうまく第三者に介入してもらうという正しい判断ができなかったのだ。
今回の経験から学んだこと
冷静になればなるほど、あのとき警察に届け出たのは正しい判断だったと思う。もし届け出なかったら、トラブルが当事者同士だけのものになりお蔵入りしてしまっていただろうが、届け出たことでトラブルが公になり記録として残された。「私が警察にレポートした」という事実により、相手は今後警戒するだろう(何より、今後は直接抗議するのを控えるようにする)。
旅行者は、英語をうまく話せない人も多いだろう。そして事件が起こると興奮や動揺により、目の前が真っ白になる。そういう場合は、とにかく「HELP」と叫んで助けを求めたり、911(もしくは311)コールを誰かにかけてもらうのもよいだろう。
金品で解決できそうな場合は、必要に応じて言いなりになることも致し方ない。特に相手が武器を持っている場合は、襲われる方がパニックになるのは当然だが襲う方もかなりの興奮状態にあるようなので、こちらの思わぬ行動により取り返しのつかない行為におよぶ危険性がある。とにかく、自分の生命を守ることを最優先に考えて、冷静に判断、行動することが何よりも大事だ。
(Text by Kasumi Abe) 無断転載禁止