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消えた「ドラフト1位候補」…笹倉世凪はいま、別府から再起を目指す。クラブ予選で3年ぶり公式戦登板へ

田尻耕太郎スポーツライター
笹倉世凪

 めったに連絡をよこさない元福岡ソフトバンクホークス投手・川口容資から珍しく電話があったのは今年1月のことだった。

「ご無沙汰しています。唐突ですけど、仙台育英にいた笹倉というピッチャーを覚えていますか?」

 筆者はプロ野球が取材の主戦場のため最初ピンとこなかったが、川口から「甲子園でスーパー1年生と騒がれた」と追加情報をもらってその存在を思い出した。

「実は去年から僕が監督をしているチームに在籍しているんです。1度見に来ませんか?」

笹倉世凪
笹倉世凪

 川口は2005年高校生ドラフト5巡目で福岡ソフトバンクホークスに入団した元投手で、当時の背番号は「65」だった。出身は大分の楊志館高校。つまり、甲斐拓也捕手の先輩にあたる。だが、この2人がホークスで同時にユニフォームを着ることはなかった。甲斐が育成ドラフト指名されたのは2010年だったが、川口は2007年オフにわずか2年間の在籍で戦力外通告を受けてホークスを退団。2008年は育成選手として読売ジャイアンツでプレーをしたが、1年限りで再び戦力外通告を受けた。NPB在籍は3年間で一軍公式戦出場はなかった。

 現在35歳となった川口が監督を務めているのが日本有数の温泉地である大分・別府が拠点の「ベゼルスポーツアカデミー」。全国でトレーニングジムを運営している「(株)BEZEL」が『新しいプロ野球選手の成り方を切り開く』をモットーに設立されたチームだ。今年から日本野球連盟(JABA)にクラブチームで加盟している。

中学で147キロ、高1で甲子園のマウンドに

 そして笹倉である。

 笹倉世凪。この左腕は中学生時代に軟式球ながら147キロを投げて「スーパー中学生」と注目され、仙台育英高校に進学すると2019年の夏には1年生にして甲子園のマウンドに上がった。

 なかでも3回戦の敦賀気比高校戦、味方が1点リードながら9回表1アウト三塁の場面になり、一塁を守っていた笹倉がリリーフに指名された。この局面を三ゴロと空三振に仕留めて見事勝利に貢献し、今度は「スーパー1年生」と高校野球ファンを騒がせた。

 その後球速は149キロまで伸び、2021年ドラフトの1位候補として早々に名前が挙がるようになっていた。しかし、高校2年生の途中で高校を自主退学。突如として表舞台から姿を消していた。

昨年1月から別府に

 その笹倉が、大分で野球を続けていた。

 6月某日。ベゼルスポーツアカデミーが練習場としている別府市民球場を訪れた。

 このチームには野球でメシを食いたいと夢を追う若者が在籍し、その中には高校野球に居場所を失い、学校を辞めてしまったような16、17歳の青少年もいる。川口のほか、かつてオリックス・バファローズの左腕投手として活躍した大山暁史が選手兼任コーチをしている。施設、指導者に加えてジム運営の企業が母体になっているためフィジカル面のサポート環境も整っている。

シート打撃に登板
シート打撃に登板

 笹倉はこの日、シート打撃に登板した。お世辞にも150キロに届くような剛速球には見えなかったが、打者に対峙する投球フォームのバランスが優れている。マウンドの佇まいにも雰囲気がある。やはり非凡な投手だ。

 チームの運営を行っている水戸一真は「去年の1月に加わりました。昨年1年間と、今年ではまるで表情が違います。体つきも変わりましたが、笑顔を見るようになりました」と語る。

 笹倉は高校退学後、1度渡米した。しかし、まもなく帰国。そしてベゼルスポーツアカデミーの門を叩いたという。

 練習後、笹倉本人とも話ができた。

「正直、本当に一瞬ですけど、野球をやめようと思ったことがありました。練習も全然できていなかったですし。だけど、ずっと、子供の頃から野球をする環境をずっと母に支えてもらっていました。途中であきらめるのは申し訳ない。最後までやりきろう。プロは目指してやらなきゃいけないと思い、また続ける決心をしました」

クラブ選手権中九州予選で登板へ

 アメリカで野球を続けるつもりだったが、言葉の壁があり「勉強しなくちゃいけなかったんでしょうけど、野球のブランクがある中で語学に時間を割くよりも野球をやることを優先したかったので」と帰国した理由を明かした。

 ベゼルスポーツアカデミーは今年がチーム発足3年目。昨年加入したときはチームには選手5人ほどしかいない時期もあり、試合を組むどころか実戦形式の練習もままならなかった。今年は選手数が増えたことでJABAにも登録することができた。

 つまり、社会人野球やクラブチームの公式大会に出場することができる。

 7月1日(予備日7月2日)、佐賀市のさがみどりの森球場で行われる第47回全日本クラブ野球選手権の中九州予選に挑むのが決まっており、チームとして初めての公式戦を迎えることになる。

 笹倉にとっては3年ぶりとなる公式戦だ。川口監督も登板させる意向を示している。

「楽しみです。今は以前のような球速が戻っていませんが、元々ストレートがジャイロ回転したりツーシームのように動いたりして抑えるタイプでしたし、スライダーも速く小さく曲がるように改良しました」

 チーム同様に笹倉も今年からJABAに登録した選手となるため、ドラフト対象となるのは来秋以降となる。現在は定時制高校にも通い、焼肉屋のアルバイトにも精を出す。

 中学時代に全国大会の決勝で戦った森木大智(阪神)や、昨年高卒1年目ながら1軍で活躍した松川虎生(ロッテ)ら同学年で活躍する存在が、心を突き動かしているとも話していた。

 その中で監督の川口、コーチの大山、運営の水戸も口をそろえる。

「笹倉に限らずですが、いろんな環境を経た中で、もう一度野球を頑張りたい人たちをしっかりサポートできるチームにしていきたい」

川口監督
川口監督

大山投手兼任コーチ
大山投手兼任コーチ

 まずはその第一歩となる3年ぶりの公式戦のマウンドで、笹倉はどんな思いで左腕を振りぬき、どのようなボールを見せてくれるだろうか。

(※写真はすべて筆者撮影)

スポーツライター

1978年8月18日生まれ、熊本市出身。法政大学在学時に「スポーツ法政新聞」に所属しマスコミの世界を志す。卒業後、2年半のホークス球団誌編集者を経てフリーに。「Number web」でのコラム連載のほかデイリースポーツ新聞社特約記者も務める。2024年、46歳でホークス取材歴23年に。 また、毎年1月には数多くのプロ野球選手をはじめソフトボールの上野由岐子投手が参加する「鴻江スポーツアカデミー」合宿の運営サポートをライフワークとしている。

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