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#MeToo運動は終わっていない!大和日英基金のイベントで、できることを考えた

小林恭子ジャーナリスト
大和日英基金のイベントで。左からウォーカー氏、大崎氏、伊藤氏(筆者撮影)

 最近、セクハラや性的暴行に抗議する#MeToo運動について考えることが多い。

 運動のきっかけは、昨年秋、ハリウッド映画のプロデューサーによるセクハラ・性的暴行の犠牲者となった女性たちが声を上げ始めたことだが、日本でも財務省官僚による女性記者へのセクハラ言動で、この問題が大きくクローズアップされた。

 

 米国では娯楽産業、日本では政界・メディア界が注目の的になったが、もちろん、特定の業界に限るわけではなく、英国ではチャリティー業界でも発生していることが明るみに出ている(「オックスファムの買春疑惑」)。

 4月以降、筆者は欧州で開催される複数のメディア会議で女性たちの声を聞いてみたが、メディア界でのセクハラ行為はどこの国でもほぼ同様に発生しており、状況もその悩みも非常によく似ていた(「セクハラをなくすには?海外メディアの女性らが明かす]」)。

 この中で、BBCのニュース番組は、出演者の男女比を50%ずつにしようと努めていることを知った。性差別を解消するための一環だが、他には何ができるか。

 性差別関連では、8月、日本の東京医科大学で「女子受験者の得点を一律に減点し、合格者数を抑えていたこと」が発覚している。

 6月26日、ロンドンにある大和日英基金が、「新しいアプローチ:日本と英国の#MeToo」という題名のイベントを開催した。ここではその熱気あふれる議論を報じてみたい(なお、イベントの使用言語は英語で、以下は筆者が適宜訳したものである)。

 会場は100人超が参加し、筆者は「#MeToo運動は終わっていない!」という強いメッセージを受け取った。

伊藤氏の話

 自分の体験を基に性犯罪について日本の司法や社会の現状を綴った「Black Box」を書いた、フリーランス・ジャーナリスト、ドキュメンタリー作家の伊藤詩織氏は「3年前に私はレイプされた。その後、何が起きたかを話したい」という。

 伊藤氏は、イベントの2日後にBBCで放送された番組「日本の秘められた恥」の一部を紹介した。彼女の体験や調査を基にしたドキュメンタリーだ。

 昨年5月末、実名・顔出しで記者会見をし、自分の体験を公にした伊藤氏。「ジャーナリストとしては利口なやり方ではなかったかもしれない。第3者という視点を維持するべきだったのだろう。しかし、このやり方をするほかはなかった」。

 会見後、バッシングにあった伊藤氏は、日本を出て英国に住むようになった。調査報道が盛んな英国では、こうした問題を語ることが「はるかにやりやすい。日本で話をするのは非常に難しい」という。

 「日本の秘められた恥」の中から、いくつかの動画が紹介された。

 その1つには、レイプされたある女性が登場する。女性は友人一人には自分の体験を話したが、警察には届け出をしなかった。伊藤氏はこの女性の家を訪れる。

 伊藤氏が聞く。「話すことは、どうして難しいと思いますか。どういう恐怖を感じましたか。話したらどうなるんだろう、と」。

 女性が答える。「男の人が、男の警官が来る」、「色々聞かれる・・・どうしてなのか、なぜ声を出さなかったのか。写真を撮られるんじゃないか・・・現場に連れていかれるんじゃないか・・・。人形を出されたり、『どんなことをされました?』とか」聞かれることを恐れたという。「何もなかったことにしたかったのに」。

 「詩織さんが名前と顔を出したことで、この人は、本当に日本を変えたいんやな、と思って」

 「一滴の水は何もならないですよ」、でもそれが集まれば「津波になる」

 「みんなの意識が、そこに向かうだけでも大きな力になると思う」。

 次の動画では、伊藤氏が大学を訪れている。

 女学生の一人がこう言う。「私は中高で女子高だったんですね。制服もセーラー服でかわいいし、友達が痴漢被害を受けていても、自分が受けても、女子高生だし、仕方ないよね、みたいな」。

 男子学生が続ける。「修学旅行の時に、女友達が目の前で痴漢されちゃって、男の自分でも見ていて、やめてくださいっていうのを叫べなかったし、どうにもできないことなんじゃないかと考えちゃって」。

 大学の先生が説明を加える。「生徒に聞く質問の1つは、レイプされた人を知っていますか、と。22人の学生がはい、と答えた」。その中で、警察に通報した人はほとんどいなかった。

 動画が終わり、伊藤氏が話す。「過去の自分を振り返って、なぜ何もしなかったのかと思う。(痴漢行為は)日常のありふれた一部だった。もし通報したら、学校に遅れてしまう。毎日、発生していたから」

 「なぜかは分からないが、私たちのほうが処理するべきだと考えていた」。

 伊藤氏は、日本では十分な性教育が行われてこなかったのではないか、と指摘する。

 伊藤氏は、米英では女性たちがまとまって、#MeToo運動で何かしようと動き出すのを自分の目で見た。「しかし、日本では同じような現象にはならなかった。自分の個々の体験を話せば、何かアジェンダ(隠れた意図)があるのだろうといわれてしまう」

 「私は#MeToo運動を信じている」。

 伊藤氏が注目するのはスウェーデンの動きだ。イベントの翌月(7月)から、明確な同意がない性行為は違法となるからだ。「スウェーデンの首相は、法改正は社会がレイプの被害者のほうに立っていることを意味する、と言った。被害者のほうに立って、支援するべきだと思っている、と」。

 昨年、110年ぶりに日本の強姦法が変わった。「2つまだ直すべきところがある。1つは、同意年齢が13歳であること。もう1つは性交時の同意についての表記がない。レイプであることを立件するには、暴力が使われた、脅されたなどが条件となる」。

 性行為の同意については、ロンドンのテームズバレー警察が作った、紅茶の飲み方についての動画があり、これが大学などで使われているという。

 「できることはたくさんある。最初のステップは何が起きたかを知ること。ここに来ていただき、ありがとうございます」。

強姦法改正は「市民社会の勝利」

 次に登壇したのは、ジェンダー問題の専門家で、特定非営利活動法人「Gender Action Platform=GAP」の理事でもある大崎麻子氏である。

 大崎氏は性犯罪についての日本の法制度を中心に説明し、一つの神話にさえなっている「日本はいつまでたっても変わらない」という見方を覆してくれた。

 同氏がプレゼン資料で説明した内容を整理してみると、まず、2017年7月、性犯罪の処罰を110年ぶりに厳罰化した改正刑法が施行された。

 改正前(1907年制定、08年施行)の規定では、強姦とは暴行・脅迫を用いた膣性交(陰茎の膣内への挿入)を意味し、強姦罪を犯した者は最低3年の有期懲役となった。被害者が告訴しなければ、刑事裁判にかけることはできなかった(こうした罪は「親告罪」と呼ばれる)。

 改正後、強姦にあたる性行為として膣性交、陰茎の口や肛門への挿入も含まれることに。有罪になった人は5年以上の有期懲役になる。被害者は告訴をしなくても起訴できる(親告罪の規定の撤廃)。

 また、親などの「監護者」がその立場を利用して18歳未満の者と性的行為を行った場合、暴行・脅迫がなくても処罰することが出来るようになった。

 刑法改正案が可決成立した時、3年後の見直し*、被害者の心理などについての研修を警察官、検察官、裁判官に対して行うこと、二次被害防止に努めることなどが付帯決議となっている(*改正法の施行は昨年だったので、現在から2年後に見直しとなる)。

 大崎氏によると、法改正は「市民社会の大きな勝利」だった。

 具体的には:

 法改正を求める非政府組織、自助グループ、学生団体、学者、リサーチャー、専門家、議員、メディア組織、ジャーナリストなどが「戦略的パートナーシップ」を組んだ。直接顔を合わせてのミーティング、討論会、ソーシャルメディア、オンラインの署名活動、既存メディアで取り上げるなどの手段を使うと同時に、議員や政党にも働きかけ、国連の「CEDAW(セダウ)(女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約)」(日本は1985年に批准)の枠組みを活用したという。

 「最初の改正までに110年かかった」が、今はさらなる改正への「機運がある。ソーシャルメディアの時代に、もっと早くできるだろう」。

 具体的には、「政府に説明責任を持たせ、政策対話に参加すること」。

 例えば、政府の「すべての女性が輝く社会づくり本部」は「女性活躍加速のための重点方針 2018」を6月12日に発表している。この中に「セクシュアル・ハラスメントの根絶に向けた対策の推進」の項目が入っている。

 また、国際労働機関(ILO)は6月、セクハラなど働く場での暴力やハラスメントをなくするための条約をつくる方針を決めている。(「日本には職場での暴力やハラスメントを禁止する法律がない」と大崎氏)。

 カナダ・シャルルボワで行われたG7サミット(6月)で参加国は「性的及びジェンダーに基づく暴力、虐待及びハラスメントの撲滅に対する」誓約に合意している。

 先のCEDAWを始めとする国際的な枠組みを活動の根拠にしたり、毎年日本で開催されている「国際女性会議(WAW!=ワウ)」やG20の下部組織となるW20の会議で推進力を高めるなど、私たちができることを大崎氏は説明した。また、活動家同士が「つながること」の重要性も強調した。

イベントは時に笑いも入り、リラックスしながらも真剣な議論が続いた(撮影筆者)
イベントは時に笑いも入り、リラックスしながらも真剣な議論が続いた(撮影筆者)
左からウォーカー氏、大崎氏、伊藤氏(撮影筆者)
左からウォーカー氏、大崎氏、伊藤氏(撮影筆者)

#MeTooが行き過ぎている?「冗談でしょう」

 最後は、英国の女性平等党の党首ソフィー・ウォーカー氏の番だった。

 ウォーカー氏は2016年のロンドン市長選と昨年の下院選に立候補したが、落選している。

 筆者は女性平等党について、「今さら、女性を特別視する必要があるのだろうか」と懐疑的に見てきたが、#MeToo運動渦中の現在、ウォーカー氏の言葉に大きく揺さぶられる思いがした。

 先に、BBCのニュース番組が出演者の男女比を50%ずつにする動きについて紹介したが、こうなると男性が出なくなる方向まで進むのかなと不安感を持っていた。「少々、やりすぎかな?」とも。

 しかし、そんな不安感を払しょくしたのがウォーカー氏のスピーチだ。

 「#MeTooが行き過ぎている・・・と考える人がいない場所で今、話せる」とまず安ど感を表明。「行き過ぎているのではないか、という質問をよくされる。これを聞くたびに1ポンドもらっていたら・・・」。今頃は大金持ちになっていただろう、というニュアンスだ。会場から笑いが洩れる。

 「行き過ぎているのでは?に対する答えは、『冗談でしょう?』です」。

 

 #MeToo運動は米国で娯楽・メディア業界でのセクハラ・性的暴行事件の告発がきっかけだった。「それも当然だ。娯楽業界で男性は権力の中心にいる。女性は男性よりも低い存在として描かれる。主人公の母、妻として登場するか、仕事を持つ女性が出てくる場合でもアルコール依存症に苦しんでいるように描かれることが多い」。

 

 告発は政界にも広がったが、「どこの国でも男性議員の比率が高い。女性のジャーナリストたちは男性議員のハラスメントを受けている」

 「セクハラが起きるとハラスメントされた側が話題に上るが、ハラスメントをした方の責任は問われない」。

 オックスファムをはじめとするチャリティ業界でのセクハラ・性的暴行も話題に上るようになった。

 「#MeTooは多くの分野にまたがる。今こそ、#MeTooを訴える集団としての意識をもって、社会構造を変えるべきだ」。

 ウォーカー氏の話で筆者が「目からうろこ」の思いがしたのが、彼女がこう言った時だ。「セクハラは実はセックス・性の話ではない。パワー・権力の話だ。(セクハラ・性的攻撃の対象になるのは)女性がパワーを持っていないことを意味する」。

 「やるべき課題は多い」とするウォーカー氏は、常に特定の個人に問題ありとされる傾向を指摘する。「問題が起きるのは女性に責任があるから、と言われる。差別をなくするためにがんばれ、と。完璧な体形を持つように、がんばれ・・・」。こうした風潮に流されてはいけないという。

 ウォーカー氏は、「#MeTooとは、ほかの多くの女性たちの後ろに立って『ああ、私もそうだ。共感する(Me, too)』と声を上げることだ。集団としてまとまること。女性がこれで力を得ることだと思う」。

ネットで始まったことの意味

 ウォーカー氏は参加者に向かってこう言った。「ここに来れない女性たちがいますよね」。イベントに来て議論に参加できない女性たち、障がいがあって自由に動けない人、あるいはほかの人をケアしている人、無休で働く人、貧困者、ここに来るまでの切符を買えない人、忙しくて時間を割けない人―」。

 でも、ネットにアクセスすることができれば、「孤立していた人がオンラインのコミュニティに入れる。Me, tooと言える」

 「女性たちは、待っていても誰も自分を助けに来ないことが分かったのだと思う。だから、自分で自分を助ける。誰も待つ必要がない」。

 しかし、女性たちはオンラインハラスメントの対象になりがちでもある。「声を上げた人がハラスメントを受けて、ばらばらにされてしまう」

 「男性たちは、自分を解雇できるような人には決してハラスメントをしない」――なるほど、確かにそうだと筆者は思った。

 ウォーカー氏は最後に、「性の商業化をやめよう、女性たちは互いの声を聞こう、雇用面の差別をなくしよう、経営陣も政界も男女比率を半々にしよう、メディアは多様性と公正さを反映するようにしよう。ハラスメントされることを恐れずに、テクノロジーを使うようにしよう」と呼びかけた。

―セクハラ解消の具体策は?

 会場から、「セクハラ解消の具体策」についての質問が出た。

 ウォーカー氏:「9月に政党の党大会があるので、そこで具体策を詰めたい。今すぐできることは、性差別やセクハラについて関心を持っていること。自分に正直であること。問題が大きすぎて諦めてしまう人が多いが、自分は何が得意かを考えてみてほしい。何が達成できるか、いつまでにできるのか。また、同じことを考えている仲間を見つけること。互いを励まして行動ができる」。

 大崎氏:「私が関わっている国連女性プログラムが日本で始まる。お金は欧州連合(EU)から出ており、女性の経済エンパワーメントを目指す。また、職場でのセクハラを解消するための作業もある。ILOが職場のセクハラについての新しい条約を作るために動いている。法的に縛りをかけるのか、あるいは自由意思にするのか。法的義務となるよう、調整している」

 「また、日本の女性は声を上げることに慣れていない。家父長的な傾向が強い地域では、(これを変えるための)ワークショップを開催している」。

 #MeToo運動は、まだ終わっていない。

 ウォーカー氏の言葉をもう一度。

 「行き過ぎているのでは?に対する答えは、『冗談でしょう?』です」

 「セクハラは実はセックス・性の話ではない。パワー・権力の話だ。(セクハラ・性的攻撃の対象になるのは)女性がパワーを持っていないことを意味する」

 「男性たちは、自分を解雇できるような人には決してハラスメントをしない」。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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