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【連載3】「外れる」とわかっていてもシュートは打った方がいいのか?

小澤一郎サッカージャーナリスト

日本時間の28日(日)早朝5時に女子ワールドカップ準々決勝のオーストラリア戦を控えるなでしこジャパンは、ここまでの4試合6得点(宮間、鮫島、菅澤、大儀見、有吉、阪口)が全て異なる選手によるゴールだ。

■オランダ戦2点目の「シュートを打たなかった」判断プロセス

どこからでも、誰からでもゴールが生まれるという得点のバリエーションがあることはチームにとって間違いなくプラスだが、オランダ戦で5本のシュートを打ちながらもゴールが奪えず、打てそうなシーンでシュートを打たなかった目の前の事象だけを捉えて未だエースの大儀見優季には「不調」、「低調」といった言葉がつきまとう。

オランダ戦後、大儀見は阪口の2点目につながったシーンについてシュートを打たなかった判断プロセスについて次のように説明した。

「(岩渕からのスルーパスが)イメージよりもボールが強く、流れてしまったというのもあるし、あれを無理やり左足でシュートに持って行っていたらボテボテになっていたので、そこで判断を変えて人数をかけて(攻める)という判断に切り替えました。そこは良かったと思います」

後半11分にも高い位置からのプレスがはまってボールを奪い、ショートカウンターから大儀見がフリーでボールを受けたが、最後は大野へヒールパスを出す判断を下し決定機には至らないシーンがあった。大野からのパスが人工芝の影響で走らず、大儀見のファーストタッチ後もボールが失速したので、この場面でも無理にシュートを打っていればボテボテのシュートか、インスイングでボールを引っ掛けてしまい大きく枠を外していただろう。

■“とりあえず”シュートは打ったの方がいいのか?

本人はそれに加えて、「前半あれだけシュートを打っていたから相手DFが私のシュートに警戒心を高めていた」判断材料についても言及している。つまり、あの一瞬で様々な判断材料を持ってプレーを選択していたということ。シュートシーンで「打たなかった」判断材料、判断プロセスを本人から聞いてふと考えることがある。

「外れる」とわかっていてもシュートは打った方がいいのだろうか?

筆者もサッカー経験者であるので、外れたとしてもシュートで終わることでゴールキックからのリスタートとなるメリット(相手の速攻を受けることがない)は理解している。だから、「とりあえず打ってみる」判断も間違いではないと思うし、外れても「ナイスシュート!」とシュートを打った人間を讃えることでチームの士気は高まるのかもしれない。

しかし、大儀見のように事前に「外れる」とわかるほどまで瞬時のシミュレーションができる頭脳派ストライカーがシュートを打たない判断を下すにはそれなりどころか確固たる理由があってのことだ。それは決して「打ち損じ」と表現する類のものではなく、事実2点目は大儀見の判断によってチームにゴールが生まれている。

オランダ戦の有吉の先制点にしても、宮間からのクロスに対する予備動作、相手DFに一度体を当てヘディングシュートできるスペースを確保する駆け引きは女子サッカー界の中で間違いなくトップレベルの技だ。その技は彼女が後天的に身に付けたものであり、それは思考と継続的努力の賜物だ。

■ミドルシュートが枠に飛ばなかった理由は大会前から把握済み

前後半でミドルシュートを何本か枠外に飛ばした点についても、彼女はすでに原因を突き止めている。そもそも大会が開幕する前から大儀見は、人工芝のピッチにおいてカットインから左足で対角線の軌道を狙う得意の形がボテボテのシュートになりやすい状況を把握していた。

練習開始前に姿勢や呼吸を意識しながら独自のルーティーンをこなす大儀見優季
練習開始前に姿勢や呼吸を意識しながら独自のルーティーンをこなす大儀見優季

少し専門的な話しになるが、人工芝のピッチでは軸足をついて捻って抜くという動作が総じて早くなる傾向があり、それによって「踏み込みが軽くなる→蹴り足の骨盤が先に回旋してミートポイントがズレる」という課題にカナダ入りした直後から直面している。しかし、当然のように彼女は早い段階から問題の根本を把握し、解決に向けてトレーニングで微調整を続けている。

意識や体の疲労が後ろにかかっている後傾気味の姿勢についても把握済みで、それに対する体幹(補助)トレーニングも宿舎を中心に行なっている。エドモントン入りして初の練習となった25日に話しを聞くと、「日常生活から意識をして取り組んできたのですでに姿勢の部分も変わってきました。体の反応もすごくいいので、意識すればすぐ改善すると思います」と手応えをつかんでいる様子だった。

大儀見が「ゴールではなく、ゴールをとるためのプロセスにこだわっている」と答え続ける理由をそろそろわれわれも本気で考える必要がある。もし彼女が自身の評価を上げることにプライオリティを置いて、中盤でのゲームメイクや前線からの献身的な守備を軽減すればチームとしての決定機の回数や勝利の確率が大幅に減ってしまう。それが今のなでしこジャパンの現状だ。

■「何でシュートを打たなかったんだ!」と口走る前に

また、「何でシュートを打たなかったんだ!」と口走る前に、彼女が一つのプレーを選択する際にどれだけの判断基準を持っているかを知る必要があるだろう。シュートを打つ前に「外れる」とわかっていて、大儀見への警戒心を強める相手によって味方がフリーになっている状況下で、強引にシュートを打つのが本当の意味でのエースストライカーなのだろうか。

男女を問わず世界のサッカーで日本が覇権を握るための手段は、“怪物”と呼ばれたロナウド(元ブラジル代表)やイブラヒモビッチ(スウェーデン代表)のような圧倒的な身体能力を武器に考える必要もなく体と感覚で得点を量産するストライカーの誕生を待つことなのだろうか。

私自身はそうではなく、大儀見優季のように打つ前の時点で瞬時にゴールが決まる確率をはじき出すことができるだけの技を磨き、その技によってギリギリで判断を変えながらチームとして得点の確率を上げるプレー選択ができる頭脳派ストライカーの育成こそが日本が目指すべき道だと考えている。実際、彼女は常日頃「私のようなストライカーは育成可能です」と公言している。

その意味で、明日のオーストラリアとの準々決勝でも大儀見のゴールやシュートの“本数”には全く期待していない。彼女に求めるものは、なでしこジャパンがゴールを奪うためのプロセスの一コマを担って欲しいということだけで、事実チームとしてゴールをとるためのプロセス自体は試合を重ねる毎に高まっている。

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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