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奈良輪パパが「選手」になった日。僕たちはまた1%の彼を応援しに行く。30年目のJリーグの日常と可能性

小澤一郎サッカージャーナリスト
開幕から3戦連続先発の東京ヴェルディ DF奈良輪雄太(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 30周年を迎えたJリーグは3月に入りJ3も開幕。毎週末、全国各地で盛り上がりをみせている。普段取材する立場、仕事としてJリーグを扱うことがほとんどなのだが、3月5日(日)は筆者にとっても一生忘れることのできない貴重なJリーグ観戦日となった。

 “われわれ”が会場である味の素スタジアムに足を運んだ理由は、明治安田生命J2リーグの第3節「東京ヴェルディ vs ヴァンフォーレ甲府」の試合を観るため。

 きっかけは東京ヴェルディのDF奈良輪雄太(ならわ・ゆうた) 選手からのお誘いだった。

 奈良輪選手の息子さんが所属するサッカー少年団に偶然私の息子も同学年で在籍しており、当初は息子たちのひと学年だけを招待してもらう予定だった。しかし、どこまでも人のいい奈良輪夫妻が少年団全体での希望者を招待する手はずを整えてくれ、子どもたちのみならず保護者も含めて約70名もの“われわれ”を無料招待してくれたのだ。

 少年団の仲間たちと、家族みんなと行ったJリーグ観戦は最高だった。なぜなら、試合の内容や勝敗に関係なく“われわれ”が観たい、応援したい人がピッチに立っていたから。

試合後、スタジアムで子どもたち中心の集合写真(筆者撮影)
試合後、スタジアムで子どもたち中心の集合写真(筆者撮影)

 試合結果は0-0のスコアレスドロー。おそらく、試合取材だけが目的で行っていれば色々と苦言を呈したくなる試合内容、展開だったが、前述の通り試合内容関係なく楽しめる要素しかなかった。そして、これもJリーグの魅力、サッカー観戦の楽しみ方の一つなのだとわかった。

 試合後、ミックスゾーンで奈良輪選手に話を聞いた際、小学3年生頃に初めて経験したJリーグ観戦を口にしてくれた。

土日は自分のサッカーがあったので定期的にJリーグ観戦をしていたわけではないのですが、初めて観た時の記憶が鮮明に残っていて。三ツ沢であったフリューゲルスとジュビロの試合だったのですが、当時現役ブラジル代表だったドゥンガのクリアボールが飛んできたのをキャッチして。それが感動的で(苦笑)。

今日初めてJリーグの試合を観に来た子も多分いると思うので、そういう子どもたちにとって少しでも影響を与えられる時間が作れたらいいなと思ってプレーしていました。

 前節でJ2通算「150試合」出場を達成した奈良輪選手は35歳の大ベテラン。しかし、開幕から3戦連続で左サイドバックとして先発起用されていることからもわかるように、この試合も誰よりも果敢に、ダイナミックに走り回っていた。

それ(走ること、ハードワーク)が自分の持ち味ですし、このサッカーを体現するにあたって年齢関係なくああいうプレーが必要だと思ってるので。あのプレーができなかったら僕はもう出場できないと思っています。

 “われわれ”にとっては今日は「奈良輪パパ」「奈良輪選手」に変わった日でもある。

試合前のスタジアム内にて(筆者の家族撮影)
試合前のスタジアム内にて(筆者の家族撮影)

 奈良輪パパは、シーズンオフになると積極的に練習グラウンドに顔を出してくれ、学年関係なく少年団の子どもたちと一緒にボールを蹴ってくれる心優しい子ども好きのパパなのだ。

自分の息子がたまたま少年団でサッカーをやっているので、できる限り顔を出したいなと思っています。やっぱり、一緒にサッカーをしたり、プレーを観てもらうことが一番子どもたちに影響を与えられることだと思っているので。今日のような活動はできるだけして、とにかく自分が少しでも試合に出て、沢山観に来てもらう機会を増やしたいです。

 でも、パパではなく選手の顔の奈良輪雄太はどこまでも自分に厳しく、真のプロフェッショナルだった。

常日頃思っているのは、初めて観に来てくれた人が「また観に行きたい」と思ってもらえるようなプレーをすること。今日そういうプレーが実際にできたか?と言われると、素直に「はい」と言える自信はありませんが、そういうプレーをすることがやっぱり大事だと思います。

年齢にしては「すごいね」と言ってもらえることも多いのですが、それってある意味褒め言葉ではないと思っています。やっぱり年齢を言い訳にしたら自分は終わりだと思っているので。正直、今はギリギリのところ、何とか踏みとどまっている。だからこそ、1年毎ではなく1試合、1試合です。

「もうこの試合でダメだったら引退する」くらいの気持ちでやっているので。それぐらいの熱意を持って1試合、1試合プレーしているつもりです。

本当、スタジアムで僕のプレーを見てもらうというのは、僕という人間の1%くらいのものです。他の99%は、このスタジアムでプレーするため、良いパフォーマンスをするために日々鍛錬しています。見えない99%の部分に、どれだけの時間と労力を費やしているか。そこが大事だと思っています。

■「知っている」選手がいるという身近さのある「バスクの雄」

 スペインのみならず、世界でも最も優れた選手育成を行っているのがバスクにあるLaLiga(スペインリーグ)1部のアスレティック・クルブと久保建英所属のレアル・ソシエダの2クラブだ。

 アスレティックは「バスク人しかプレーできない」という純血主義をいまだ貫き、レアル・ソシエダもトップチーム在籍選手の約半数が人口70万人ほどの地元ギプスコア県出身だ。

 「バスクの雄」たる2大クラブが育成に投資をし、優秀な育成指導者を数多く抱えているのは間違いない。しかし、長年現地で取材をしていると面白い事実を地元の人たちから聞くことも多い。

 その一つがビルバオにあるアスレティック・クルブが地元から圧倒的に応援されるわけ。数年前、クラブ関係者からこんな話を聞いた。

アスレティックはビルバオのあるビスカヤ県を中心とした人口200万人ほどのバスクのみで選手もファンも構成されている。われわれのクラブ自体がコミュニティであり宗教なのです。そして、アスレティックは間違いなくどのクラブよりも「あの選手を知っている」と言えるファンが多いクラブでもあります。

 地元バスク、ビルバオで暮らす人たちからなるサッカークラブゆえに、人々は直接的な家族や友人でなくとも、知り合いの知り合いのような間接的に「あの選手を知っている」と言える身近なプロ選手がいるということなのだ。

奈良輪選手も「目立っていました」と褒めて(?)くれた横断幕(筆者撮影)
奈良輪選手も「目立っていました」と褒めて(?)くれた横断幕(筆者撮影)

 奈良輪選手と“われわれ”の繋がり、今日という一日の出来事はまさにバスクで耳にした逸話を思い出させてくれる実体験だった。

 サッカー少年団という中でのご縁とはいえ、今回奈良輪選手自らが試合への招待を申し出てくれていなかったら「奈良輪パパは知っている」けれど、「奈良輪“選手”を知っている」までには至っていなかったはず。

 サッカーの質やレベルは海外のプレミアリーグやLaLiga、J1の方が高いに違いない。でも、「奈良輪選手を知っている」“われわれ”にとってサッカーのレベルや試合の勝ち負けは関係ない。

 こうした日常と接点があちこちで潜んでいるのが、生誕30年を迎えたJリーグの魅力、現状ではないだろうか?

 みなさんの周りにも「あの選手知っている」と言える繋がりはありませんか?そんな身近な選手の応援に行くと本当に楽しいですよ。

 彼の1%しか見られないとしてもその1%のために99%の見えない部分を鍛錬する奈良輪雄太という選手を応援するため、少なくとも私は、我が家はまた、スタジアムまで足を運ぶだろう。

 奈良輪パパ、じゃなくて奈良輪選手へ

今日はご招待ありがとうございました。情報やエンタメが溢れる現代ではより無関心から好き(趣味)までの距離が離れていますが、僕たちの中で奈良輪雄太という選手が「気になる身近な存在」となりました。そして、今回の体験と接点に、Jリーグの可能性が詰まっているとも感じました。1試合、1試合、悔いなくピッチで闘って下さい。ずっと応援しますね!

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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