【論点整理】クロマグロの規制を議論する国際会議が始まりました。
12月3日から、フィリピン・マニラで、クロマグロなどの漁獲規制について議論をする中西部太平洋マグロ類委員会(WCPFC)の年次会合が開催されています。昨年の年次会合では、クロマグロの規制に関して、日本が集中砲火を浴びたのですが、今年はどうなるのでしょうか。これまでの経緯を振り返った上で、今年の論点を整理します。
太平洋を横断して大回遊するクロマグロは、国際的な枠組みで漁獲を規制する必要があります。西太平洋はWCPFC、東太平洋はIATTCという国際漁業管理機関がクロマグロの資源管理を担当しています。といっても、2014年に国際自然保護連合(IUCN)が、クロマグロを絶滅危惧種に指定するまで漁獲規制がなかったことからも、これらの組織があまり機能していなかったことは明白です。
指摘されていた問題点
2016年にようやく漁獲上限が設定されたのですが、この規制に対して昨年のWPCFC年次会合で非難の声が上がりました。特に問題視されたのが、資源を回復させる目標水準が低すぎる点です。クロマグロが乱獲状態にあり、資源回復が必要なことは、疑問の余地がないのですが、どこまで回復させるかという点で意見が分かれていました。現行の回復目標は、日本が提案した歴史的中間値(親魚量が推定されている過去50年程度の中央値)です。「マグロは減っちゃったんだから、減ったところを基準にしよう」という日本では一般的な考え方です。
海外では漁獲がなかった時代の親魚量(B0)を基準に規制を行うのが一般的です。現在のクロマグロの資源量はB0の約3%、回復目標となる歴史的中間値はB0の約6%に相当します。一般的には、B0の40%~60%が水産生物を持続的に有効利用するのに適切な水準とされているので、かなり低い目標といえます。
例えば、国連のFAOの世界漁業白書によると、海洋水産資源の約3割が乱獲状態とされており、この数字はメディアなどでもよく使われます。FAOの定義では、20%B0以下が乱獲状態に相当し、10%以下は資源崩壊と判断されます。クロマグロの現在の回復目標はB0の6%ですから、資源崩壊状態が管理目標になっているのです。
グローバルスタンダードを重視する米国は、せめてB0の20%まで回復させようと主張してきたのですが、日本が「漁業への影響が大きすぎる」と反対し、長期的な回復目標が設定できない状態がここ数年続いていました。
2016年の議論
毎年12月に開催されるWCPFC年次会合では、多くの魚種を扱うために一つ一つの魚種について細かい議論をする時間的余裕がありません。そこで、関係国が集まる分科会で、予め方針を決定しておいて、それを年次会合で報告・承認するというのが通常の流れです。クロマグロの分科会(北小委員会と呼ばれています)は例年8月に開催されます。2016年の8月に日本で開催された分科会では、米国が提案する20%B0の回復目標に対して、日本が強く反対し、6%B0の暫定的な目標しか合意ができませんでした。毎年分科会直前に開かれる国内の漁業者説明会では、水産庁は、20%B0を目標にすると厳しい規制が不可欠であると警鐘を鳴らしています。
2016年のWCPFC年次会合で、6%B0という低い回復目標を継続するという報告に各国の非難が集中しました。EUが極度な失望を表明すると、それに追従して、島嶼国、オーストラリア、米国など多くの参加国が懸念を表明しました。「全く進歩が見られない」と厳しい意見が相次ぐ中で、日本の立場を支持したのは韓国だけでした。年次会合の会期中に、分科会を開いて、議論をやり直すように要求されるという前代未聞の事態となったのです。そして、次回までに、長期的回復計画を作成するよう努力するように宿題を課されたのです。詳しい経緯はこちらをご覧ください。
2017年の新展開
今年8月末に韓国で開催された分科会(北小委員会)で、日本はこれまでの方針を転換し、20%B0の長期的管理目標に合意しました。20%B0に強く反対をしていたのは日本だけだったので、すんなりと全体の合意を得ることができました。くわしくはこちら。
日本の報道で大きく取り上げられるのが、日本の強い意向で導入された「資源量が予想以上に早く増えたら、漁獲枠を増やす」という新しいルールです。去年までは「20%B0を目標にするときつい規制が不可欠だ」と主張していたのに、外圧で20%B0が不可避になると漁獲枠を増やすプランをセットで提案するのは、一貫性が欠如していると言わざるを得ません。
筆者は、漁獲枠増加ルールは現時点では不要ではあるけれども、大きな問題ではないと考えます。資源状態が極めて悪い現状から脱するのは、早い方が良いので、多少魚が増えたからといって、すぐに獲ってしまう必要はありません。予想よりも早く資源が回復しているなら、目標水準への回復を前倒しで達成した後に、水揚げを増やすほうが望ましいのです。ただ、このルールによって、資源管理が大きく破綻することは無いでしょう。というのも、昨年、宮原顧問が言われたように、これまで通り場当たり的にマグロを獲っていては、20%B0を達成するのは難しいからです。目先の漁獲量を優先して、資源が回復しない状態が続けば、20%B0 の目標が遠ざかっていき、すぐに厳しい規制が不可避になるからです。
今後の見通し
以上が、今年のWCPFCの背景です。20%B0の長期的な管理目標の合意については、海外では概ね好評ですので、年次会合でもポジティブな評価を得ることができるでしょう。これによって、太平洋クロマグロの資源回復に向けて大きく前進することが期待されます。ということで、今年のWCPFC年次会合ではクロマグロについてはとくに揉めないと筆者は予想しています。
これまで水産庁は、一切の妥協を阻む判断をして、国際的に孤立することが多かったのですが、今回は現実的な判断ができました。日本の水産外交にとっても、クロマグロ漁業にとっても、長い目で見てプラスになるでしょう。先の記事で解説したように、大西洋クロマグロは規制によって急激に回復しています。南半球に生息するミナミマグロも規制によって回復しています。これらの例からもわかるように、成長が早く、産卵数が多いクロマグロは、きちんと規制すれば比較的短期間で回復する可能性があります。
内憂外患だったクロマグロの漁獲規制も、外患については明るい見通しが出てきたと言えます。それに比べて、出口が見えないのが内憂の方です。北海道の定置網が、配分された漁獲枠の10倍も漁獲するなど、国内では混乱が続いています。この件については、別の機会に整理したいと思います。