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初防衛を決めた豊島将之竜王。流れを掴んだ「攻めの桂」、勝負を決めた「受けの桂」

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
記事中の画像作成:筆者

 6日に2日目が指し継がれた第33期竜王戦七番勝負第5局は、豊島将之竜王(30)が挑戦者の羽生善治九段(50)に84手で勝利し、シリーズ通算4勝1敗として防衛を決めた。

 豊島竜王はタイトル初防衛となる。

 一方、羽生九段のタイトル獲得通算100期達成は次の機会へ持ち越された。

 豊島竜王の雁木に羽生九段が矢倉模様から急戦を仕掛けて1日目から戦いに。

 羽生九段がリードしているとみられていたが、豊島竜王が2枚のと金で羽生玉をうまく包囲して逆転に成功。

 最後は桂による受けの妙技で突き放した。

受けの桂

 84手とは思えない、濃い内容の一局だった。

 2日目に入り、攻め合いを回避して辛抱した豊島竜王に対し、攻勢を強めた羽生九段の積極性が裏目に出たようだ。

 しかしABEMAでの勝率が後手に傾いても、傍目には差がついているようには見えなかった。

 このツイートの直後に放たれた桂打ち。飛車の道を止める受けの桂が勝ちを手繰り寄せた一手だった。

 歩で事足りるところに敢えて桂を打ち、その桂を数手後に攻めの中軸へと変貌させた。

 受け一方に見えた桂は攻防にきく桂であり、その桂で羽生陣を一気に崩壊へ追い込んだ。

 この桂打ちは将棋AIも示していた手だったが、筆者には意味がよくわからなかった。

 前述したように、歩でも問題ないのに桂を打つのは、人間には指しづらい類の手である。

 実際、解説者もこの手にはあまりいい印象を持っていないように感じた。

 そういう指しにくい好手を指し、そしてしっかり成果を出すのが現代で強い人なのだ。

 このシリーズで何度も見た光景だったようにも思う。

 豊島竜王の強さを見た、そんな桂打ちだった。

攻めの桂

 本局は羽生九段が矢倉戦法を志向したのに対し、豊島竜王が8手目に桂を跳ねる攻撃的な陣を敷いて始まった。

 この出だしは第1局と同一である。

 その時は豊島竜王がさらに桂を跳ね出し、前代未聞の超急戦から短手数での決着となった。

 本局も再び超急戦か、そう思わせたところで豊島竜王が自陣を整備し始めて決戦は回避された。 

 羽生九段に研究があるとみてとっさに変えたのか、それとも作戦だったのか。

 この辺りは豊島竜王にしかわからない。

 ただ羽生九段としては、この作戦には揺さぶられたであろう。

 第1局の敗戦を経て決戦策に対して研究を重ねていたことは間違いない。

 本局の豊島竜王の作戦がうまくいっていたかは微妙なところだが、作戦の的を絞らせない効果は間違いなくあった。

 結果的には8手目にして跳ねた「攻めの桂」が第1・5局を後手番で制する原動力になり、シリーズを制する意義のある作戦選択となった。

羽生九段の今後

竜王戦七番勝負最終結果
竜王戦七番勝負最終結果

 羽生九段としてはタイトル獲得通算100期がかかるシリーズにおいて、1勝4敗での敗退は無念であろう。

 シリーズの流れでいけば、第3局の競り負けが痛かった。

 そしてその直後に体調不良に襲われる不運も重なった。

 6日に放映があった第70回NHK杯将棋トーナメント3回戦では、見事な将棋で渡辺明名人(36)を撃破した。

 中盤の猛攻、終盤の見切りはどちらも素晴らしく、現在もタイトル保持者と同等以上の実力であることを証明した。

 今回のシリーズでいえば、豊島竜王が強かった。そして作戦面でもうまくやられてしまった印象だ。

 いまの将棋界はタイトルを分け合う4強(渡辺名人、豊島竜王、藤井聡太二冠、永瀬拓矢王座)の実力が抜けている。

 タイトルを獲得するには、4強を一人以上破って挑戦権を得て、そして番勝負で勝たないといけない。

 これは羽生九段をもってしても大変なことであろう。

 それでも、七冠や永世七冠など夢を現実のものにしてきた羽生九段だ。

 タイトル獲得通算100期に向けて、今後もファンを熱くさせる活躍を見せてくれるに違いない。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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