ネット選挙解禁で、有権者にとって何が変わるのか?(上)
すでに繰り返し報道されているように、今春公職選挙法の改正が行われ、2013年7月の参議院選挙から「ネット選挙」が解禁される運びとなった。日本の政治で「ネット選挙」が主題になったのが、1996年に当時の新党さきがけが旧自治省に問い合わせを行ったことがきっかけであるから、実に20年来の課題にひとつの結論が出たことになる。
とはいえ、今回解禁となったのは「ネット選挙」という語感から想像される、パソコンや携帯電話から投票する電子投票のことではない。正確には、「選挙運動において、インターネット・サービスの利用が(電子メールの利用やバナー広告の利用(の一部)などを除き)部分的に可能になる」ということである。日本の選挙制度では、特定の選挙における投票を呼びかけたりする「選挙運動」と、一般的な政治に関連する活動を意味する「政治活動」が区別されており、従来選挙運動にインターネット・サービスを用いることはできなかった。
詳細は拙著『ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)でも述べたが簡潔に記しておくと、日本の選挙制度を規定している公職選挙法は、第2次世界大戦後の復旧・復興最中の1950年に生まれた法律である。当時、いまだ戦争の爪痕が色濃く残っており、物資が逼迫し、その価格は高騰していた。また戦後の混乱期に乗じた、贈収賄も懸念されていた。いわゆる金権政治に対する懸念である。そのような状況の下、公職選挙法は、財力がある者が、高価な紙を大量に買い占めて選挙で有利になったり、贈収賄を防止することが主眼に置かれていた。「ザル法」などと呼ばれる運用の実態はともかく、候補者が極力均等な条件のもとで、選挙運動を行うことを目的とした。選挙運動については、利用(「頒布」「掲示」)できる媒体の大きさ、枚数等を指定するという形式を取っている。
公職選挙法上、インターネットは過去の判例で『文書図画」(「ぶんしょとが」と読み、一般的な用語での「文書」よりもかなり広範な意匠や掲示物を含む)に当たるとされていたものの、改正以前は選挙運動に利用できる文書図画として指定されていなかった。そのため実態として候補者たちは、選挙運動において利用することができなかったのである。
このような改正以前の状況で一般有権者にとって重要な点は、あまり認知されていなかかったものの、公職選挙法の規制が候補者や政党のみならず一般有権者も対象としていたことにある。選挙運動期間中に、一般有権者がネット上で特定の候補者や政党の支持、あるいは反対等を表明することは合法とはいえなかった(※下記公職選挙法第146条参照のこと)。しかしながら、多くの一般有権者はネット上で公職選挙法の規制を意識することなく、このような書き込みを行なっていた。言い換えると、知らず知らずのうちに少なくない数の一般有権者が「違法状態」にあった点である。
※
(文書図画の頒布又は掲示につき禁止を免れる行為の制限)
第百四十六条 何人も、選挙運動の期間中は、著述、演芸等の広告その他いかなる名義をもつてするを問わず、第百四十二条又は第百四十三条の禁止を免れる行為として、公職の候補者の氏名若しくはシンボル・マーク、政党その他の政治団体の名称又は公職の候補者を推薦し、支持し若しくは反対する者の名を表示する文書図画を頒布し又は掲示することができない。
2 前項の規定の適用については、選挙運動の期間中、公職の候補者の氏名、政党その他の政治団体の名称又は公職の候補者の推薦届出者その他選挙運動に従事する者若しくは公職の候補者と同一戸籍内に在る者の氏名を表示した年賀状、寒中見舞状、暑中見舞状その他これに類似する挨拶状を当該公職の候補者の選挙区(選挙区がないときはその区域)内に頒布し又は掲示する行為は、第百四十二条又は第百四十三条の禁止を免れる行為とみなす。
したがって2013年のネット選挙解禁で、一般有権者にとってもっとも重要な点は、電子メール等の制限は残っているものの、このような「違法状態」が解消したことにある。たとえば選挙期間中にブログやTwitter、Facebookなどで候補者や政党の支持、反対等の意見表明が、晴れて合法になった。また発信者情報を明記すれば、特定の主張を行う候補者に投票しないことなどを呼びかける「落選運動」も行えるようになったのである。
続く(下)では、さらに具体的にネット選挙解禁が一般有権者にn与える影響を見ていくことにしよう。