小中学校の授業で「ガンダム」活用 いったい何が学べるのか?解説
教育分野に切り込んだ第2回カンファレンス
小学校の授業でガンプラを作ることで、何を学べるのだろうか。
バンダイナムコグループは9月15日、オンラインで「第2回ガンダムカンファレンス」を開催した。同グループではガンダムをIP(知的財産権)からSP(社会的アイコン)に進化させるビジョンを掲げており、その取り組みの一環として、ガンダムを活用したサステナブルプロジェクト「GUNDAM UNIVERSAL CENTURY DEVELOPMENT ACTION」(GUDA)を進めている。当日は新たに教育分野における取り組みなどの説明が行われた。
GUDAはガンダムを通じて様々な社会課題を解決していく試みだ。6月に開催された第1回カンファレンス(拙稿参照)では、ガンプラ組立後のランナーを回収する「ガンプラリサイクルプロジェクト」と、さまざまな企業・団体・個人と宇宙世紀に関連する研究活動を進める「ガンダムオープンイノベーション」の説明が行われた。今回はこれらに加えて、新たに「ガンダムエデュケーショナルプログラム」が発表された。
第一の取り組みは「ガンダムファクトリー横浜エデュケーショナルサポート」だ。横浜・山下埠頭の「GUNDAM FACTORY YOKOHAMA」で展示されている実物大ガンダムを目にしながら、子供たちが開発にかかわった技術者などから、モノづくりの楽しさやプログラミングなどについて学べる体験型プログラムとなる。横浜市教育委員会事務局と連携し、今秋より横浜市内の小中学校などを対象に、受講希望校の募集が開始される。
もう一つの取り組みが、小学校高学年を対象とした「ガンプラアカデミア」だ。ガンプラ作りを通してモノづくりの楽しさと地球環境について考えるプログラムで、二部構成をとる。第一部では動画教材でBANDAI SPIRITSのプラモデル生産工場「バンダイホビーセンター」について紹介し、同社のサステナブルに関する取り組みを学びつつ、モノづくりへの関心を高める。第二部では実際に子供たちがガンプラを組み立てるワークショップを実施する。
カンファレンスでは6月に栃木県の鬼怒川小学校で、全校児童86名を対象に実施されたテスト授業の模様も紹介された。上級生が下級生にガンプラの作り方を教えたり、ふだんは大人しい児童がリーダーシップをとったりと、授業とは違った光景が見られたという。本プログラムは公立小学校の授業の一環として実施されることを想定しており、指導案作成にはNHKエデュケーショナルとNPO法人企業教育研究会が協力した。参加費用は無償で、希望する全国の小学校を対象に、10月から実施が計画されている。
このように、ガンプラリサイクルプロジェクトが産業分野、ガンダムオープンイノベーションが研究分野の取り組みだとすれば、ガンダムエデュケーショナルプログラムは教育分野での取り組みだと言えるだろう。
他に先行して進められているガンプラリサイクルプロジェクトでは、新たに10月20日から1ヶ月間、「ガンダムリサイクル作戦」を実施。リサイクル材を使用したプラモデル「エコプラ」のガンプラ体験キットを無償配布する。その後、11月20日・21日に新宿でイベントを開催し、回収ランナーが材料のインスタレーション展示などを実施する予定だ。横浜の「動くガンダム」に必要な電力を風力発電でまかなう取り組みも5月から始まっており、エネルギー分野にも取り組みが広がっている。
バンダイナムコエンターテインメント常務取締役兼チーフガンダムオフィサーの藤原孝史氏は、これらの発表を通して、ガンダムのIPからSPへの進化というビジョンを強調した。また、これらの施策を共に進めていく外部パートナーを、新たに「G-PARTNER」と呼称した。言葉の問題かもしれないが、「ガンダム愛でつながる仲間」という意味合いが感じられた。
もちろん、これらの取り組みがグループのビジネスに関係することは言うまでもない。カンファレンスでは新作テレビアニメ『機動戦士ガンダム 水星の魔女』などの発表や、ガンダム関連の売上目標なども語られた。ガンダムエデュケーショナルプログラムでは「モノづくりの楽しさ」が強調されたが、若年層に対してガンプラの興味関心を活性化させる意味合いも含まれているだろう。
そのうえで、これらの施策が社会問題の解決と関係している点がポイントだ。国連が定める持続可能な開発目標(SDGs)の推進でも、企業活動は重要な位置を占めている。今や企業との連携なくして、環境問題の解決はあり得ないからだ。SDGsへの取り組みを、単なるお題目に捉える企業も少なくない中で、経営学的にも興味深い事例だといえる。
コロナ禍においてガンプラ作りが子供たちに与える効果
そこで冒頭の問いかけに戻ろう。学校の授業でガンプラを作ることで、学べるものとは何だろうか。一連の施策、特にガンプラアカデミアの内容を聞きながら、筆者には軽い違和感が浮かんだ。「プラモデル作り」という、遊びやホビー活動を学校の授業時間で行うこと。組み立てるプラモデルが「ガンプラ」であること。企業のマーケティング活動につながること、などがその理由だ。
ここで筆者の立場を改めて述べておこう。筆者はゲーム開発者で構成されたNPO法人のメンバーで、ゲームエンジンによるコンテンツ制作ワークショップを、小中学生を対象に行っている。大学や専門学校の教員として、ゲームデザインの講義や演習も担当中だ。そのうえでこれらの現場を取材し、情報発信している。つまり学校教育でゲーム作りを推進する立場の人間だ。
企業と学校が連携して進める授業づくりでは、日本マクドナルドが2005年より進める小学校向けのデジタル教材「食育の時間」(※1)をはじめ、さまざまな取り組みが存在する。学校現場におけるプラモデル作りでも、静岡聖光学院中学校・高等学校で行われた、「ミニ四駆」制作を通した授業が知られる(※2)。自分自身もガンプラ世代であり、子供の頃から楽しんできた一人だ。にもかかわらず、思いがけず生まれた違和感に、自分自身も驚かされた。
これに対して後半のトークセッションに登壇した古賀良彦氏(杏林大学名誉教授・医学博士)は、「子供たちが日常的に感じている、コロナの閉塞感をうまく解消していく上で、ガンプラ作りは非常に優れている」と評価した。ガンプラ作りを通して子供たちが夢中になれることと、モノづくりを通して、さまざまな知識を学べることが理由だ。情緒的な活動と理性的な活動の両方を通して、コロナ禍で沈みがちな子供たちの心を、引き上げる効果が期待できるのではないか、という。
また、脳研究の第一人者としての立場から、古賀氏は「ヒトの前頭葉は創造的な活動を行っている時と、他者とコミュニケーションをとっている時に活性化する」と述べた。その際に仲介となる「モノ」があると、より円滑な交流が期待できるという。自分が工夫して作ったモノは、つい他人に見せたくなる。他人とモノづくりの体験を共有したくなる。上級生が下級生にガンプラ作りのコツを、自発的に教えるなどの行為は、前頭葉を活性化させる上で、最適というわけだ。
もっとも、実際には授業でガンプラを作ることに対して、筆者のように違和感を抱く保護者や教員もいるだろう。学校での学びは誰もが経験ずみで、共感されやすいテーマだ。自分たちの世代が受けていない教育が始まると、つい口を挟みたくなってしまう。学校を聖域として捉えがちな、教員特有の価値観もあるだろう。まさにオールドタイプだ。同様の反応はゲーム制作やeSportsなどでも聞かれる。
このようにポップカルチャーが社会で一般化する上で、教育現場への浸透は一つのマイルストーンとなる。だからこそ今回、GUDAが教育分野に切り込んだことは、大きな意味を持つ。しばしば指摘されるとおり、人材教育は10年、20年かけて成果を出していく分野だ。バンダイナムコグループは今後、文字通り「持続的な取り組み」が求められることになるだろう。
そこで重要になるのが「ガンダムのSP化」という概念だ。バンダイナムコは今後、ガンダムはクリエイターだけのものでも、企業だけのものでもなく、みんなのものになっていくという。そこで期待されるのは異質な社会組織を「ガンダム愛」でつなげる力かもしれないし、公共財としてのIPのあり方かもしれない。世界に先駆けて日本から始まる社会実験に期待したい。
※1 2019年に「食育の時間+」としてリニューアル(公式サイト)
※2 公式サイトより