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官民連携で人材育成~札幌市長も駆けつけたSapporo Game Camp 2023の可能性

小野憲史ゲーム教育ジャーナリスト
SGC2023の一環として開催されたゲームジャムの模様(筆者撮影、以下同様)

昨年度に比べて質・量ともに拡充

2023年10月6~8日、北海道札幌市のIT人材やゲームクリエイター育成と、エンタメ業界のさらなる盛り上げを目的とした「Sapporo Game Camp (SGC) 2023」(主催:Sapporo Game Camp実行委員会)が開催された。今年で2回目となる本イベントでは、前回に引き続いてゲーム開発・プログラミング講座・eスポーツ体験会が実施されたほか、新たに地元ゲーム開発者のトークセッションを実施。期間も2日間から3日間に延長された。会場の札幌市産業振興センターは大学生や専門学校生、プロのゲーム開発者、親子連れなどでにぎわった。

日本のゲーム業界において、札幌はユニークな産業クラスターを形成してきた。先陣を切ったのが『桃太郎電鉄』シリーズなどの人気タイトルで知られるハドソン(1973~2012年)だ。同社の成功に刺激を受けて、また同社から枝分かれする形で、さまざまな企業が生まれ、活動を続けている。その後、2021年にセガ札幌スタジオの開設を受けて、地元のゲーム産業の活性化に対する気運が向上。官民連携で実行委員会が発足し(構成員:インフィニットループ、セガ札幌スタジオ、ロケットスタジオ、さっぽろ産業振興財団、札幌市)、本イベント開催につながった。

本イベントの特徴は多様なコンテンツだ。ゲームジャム(経歴もスキルも多様な参加者が一堂に集まり、短期間でテーマに即したゲームを開発して公開する、ゲーム開発者向けのイベント)では128名(学生・一般104名、プロ24名)が参加し、16チームに分かれてゲーム開発に挑戦。開会式では秋元克広市長も出席し、参加者を激励した。プログラミング教室ではセガのアクションパズルゲーム『ぷよぷよ』を題材に約80名の児童・生徒がプログラミングを学び、札幌出身のプロeスポーツ選手も指導にあたった。eスポーツ体験イベントでは参加者みずからがイベントスタッフとして活躍。トークセッションでは札幌の若手クリエイターとベテランクリエイターが登壇し、ゲームづくりや働き方などについて語った。

このうちゲームジャムを通した人材育成の試みは、ギネスブックにも認定された「Global Game Jam」をはじめ、世界的な広がりを見せている。背景にあるのがSTEAM教育の進展や、ゲーム開発ツールの無償化などだ。2000年代に欧米のゲーム開発者コミュニティによって草の根的に始まり、教育機関や地元のゲーム企業、自治体などが協力する形で、徐々に拡大してきた。日本でもゲームジャム高梁(岡山県高梁市)、UOZUゲームジャム(富山県魚津市)、ビットサミットゲームジャム(京都府京都市)などが好例だろう。その一方でSGCはゲームジャムにとどまらず、総合ゲーム開発イベントまで広がりを見せており、人材育成が新たなステージに入っていることを感じさせた。

ベテランクリエイターと学生が一緒になってゲーム開発
ベテランクリエイターと学生が一緒になってゲーム開発

アクションパズルゲーム『ぷよぷよ』を用いたeスポーツ体験
アクションパズルゲーム『ぷよぷよ』を用いたeスポーツ体験

会場提供に行政が積極支援

なにより驚かされたのが「場所」だ。一般的にゲーム開発イベントを開催するうえで、参加者全員が落ち着いてゲーム開発に取り組める広さ、十分な容量の電源、高速インターネット回線、そして軽食や飲み物などが必須になる。この点に関して、本イベントでは産業振興センターの体育実習室にシートを敷き詰め、椅子と机を搬入。飲食と土足での入退場を可能にした。電源の問題は外部企業からリースした発電設備でクリア。インターネットも無線LANが増強され、スムーズな開発に貢献した。受付付近には差し入れの軽食類がおかれ、参加者が自由に食べることができた。ゲームジャムの運営経験者の立場からすれば、こうした支援がどれだけありがたいか、よくわかるのではないだろうか。

また、ゲームジャム参加初心者の割合が多かった点も印象的だった(6~7割が初参加だったように感じられた)。開発チームは学生・一般が6名、プロ2名の8名を基準に編成されたが、当然のようにさまざまな失敗が見られた。中には3日間でゲームが完成しないチームもみられたほどだ。ただし、最終発表会では参加者の多くが笑顔をみせ、「楽しかった」「また参加したい」という声が聞かれた。人間は失敗を通して成長するが、失敗が許容される環境はそれほど多くない(学業で失敗すれば成績が下がり、仕事で失敗すれば査定が下がる)。こうした中、ゲームジャムをはじめとした「安心して失敗できる環境」を地域社会で作り上げていく必要性が、あらためて問われているように感じられた。

1チームは学生・一般参加者6名とプロ2名の8名を基準に編成された
1チームは学生・一般参加者6名とプロ2名の8名を基準に編成された

全16チームがユニークなゲームを発表
全16チームがユニークなゲームを発表

本イベントのために外部企業から電源ユニットをリース
本イベントのために外部企業から電源ユニットをリース

ゲームプログラミング体験を通したブランド育成

一方で『ぷよぷよ』を用いたプログラミング教室とeスポーツ体験会では、IPホルダーであるセガのブランド育成に対する中長期的な姿勢が感じられた。同社のロングセラータイトルとして知られる『ぷよぷよ』だが、30~40代に対して10代の知名度が劣る点が課題だったという。そこで同社では、プログラミング教育の必修化や、eスポーツ人気の高まりなどを背景に、『ぷよぷよ』を用いたプログラミング講座を開発。あわせて小中学生にeスポーツを体験してもらう出前授業の企画が立ち上がった。

ぷよぷよプログラミ」は2020年11月よりスタートし、主に口コミを通して、全国に拡散していった。eスポーツ推進室企画チームの太田幸生氏によると、昨年度の実施回数は約50回にのぼり、コロナ禍で修学旅行などのイベントが中止になる中、それにかわる「思い出作り」として活用される例もみられたという。なお、本講座で用いられている教材は公式サイトから無料体験できる。ブラウザベースで動作し、GIGAスクール構想で定める標準スペックのタブレット類でも体験可能だ。

SGCでも札幌市内と近郊の小中高校生が参加し、プログラミングに挑戦した。また、続いて実施されたeスポーツ体験会では、愛媛県eスポーツテクニカルアドバイザーもつとめる「ぴぽにあ選手」と、札幌出身の「live(りべ)選手」らが、eスポーツの大会運営やプロゲーマーの働き方を参加者に説明。続いてセガ社員のサポートを受けて、参加者がゲームをプレイするだけでなく、ビデオカメラでの撮影、選手の誘導、司会進行、インタビューなども体験した。単にeスポーツを楽しむだけでなく、職業体験としての側面が盛り込まれている点が印象的だった。

児童・生徒が本格的なゲームプログラミングに挑戦
児童・生徒が本格的なゲームプログラミングに挑戦

プロゲーマーによる特別講演でeスポーツという「職業」について学ぶ
プロゲーマーによる特別講演でeスポーツという「職業」について学ぶ

参加者みずからがスタッフとしてeスポーツの大会運営を体験
参加者みずからがスタッフとしてeスポーツの大会運営を体験

草の根の産学官連携モデルがもたらす可能性

このように好評のうちに終了した本イベントだが、会場ではすでに次年度に向けての計画や構想も聞かれた。実際に本事業はまだまだスタート地点に立ったばかりであり、さらなる拡充が求められるだろう。ざっと考えただけでも、▽実行委員会に教育機関を加え、授業カリキュラムやキャリア教育の一環としてSGCを位置づける▽インディゲームの展示会を併催する▽2019年を最後に中断しているゲーム開発者会議「CEDEC+SAPPORO」を再スタートさせ、連携をはかる▽ゲームジャムで制作されたゲームの展示・販売支援を行うなど、さまざまなアイディアが浮かんでくる。

ふりかえれば2000年代に入り、日本のゲーム産業が(主に家庭用ゲーム分野で)国際競争力を低下させる中で、どのような政策支援が実施できるか、さまざまな議論がなされた。筆者もそうした委員会の末席に名を連ねたことがある。そこで多くの委員が口にしたのが産官学連携の重要性だ。しかし、そうした提言の多くは実を結ぶことはなかった。ゲーム業界には大小さまざまな企業やステークホルダーが存在し、総論賛成・各論反対になりがちだった点が、その背景にあると考えられる。

もっとも、これが地方自治体レベルであれば、課題の共有がより容易になる。実際に日本では札幌市をはじめ首都圏以外の自治体には、地域人材の流出を防ぎ、交流人口を増加させ、企業誘致を進めるという共通課題がある(ゲーム業界における産業支援の例では、他に福岡県福岡市、宮城県仙台市、富山県魚津市などの例が知られる)。SGCも、そのための第一歩として位置づけられるだろう。札幌市のゲーム産業クラスター化のさらなる進展を期待したい。

ゲームジャムで閉会挨拶をするSGC実行委員長の瀬川隆哉氏
ゲームジャムで閉会挨拶をするSGC実行委員長の瀬川隆哉氏

ゲーム教育ジャーナリスト

1971年生まれ。関西大学社会学部卒。雑誌「ゲーム批評」編集長などを経て2000年よりフリーのゲーム教育ジャーナリストとして活動中。他にNPO法人国際ゲーム開発者協会名誉理事・事務局長。東京国際工科専門職大学専任講師、ヒューマンアカデミー秋葉原校非常勤講師など。「産官学連携」「ゲーム教育」「テクノロジー」を主要テーマに取材している。

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