ガンダム「いきます!」社会的課題の解決へ~バンダイナムコの挑戦
第1回ガンダムカンファレンスを開催
法人格と同じように、IP(Intellectual Property、知的財産権)にも仮想の人格が設定される日が来るのだろうか……。
バンダイナムコグループは2021年6月15日、「第1回ガンダムカンファレンス」を開催し、ガンダムを活用したサステナブルプロジェクト「GUNDAM UNIVERSAL CENTURY DEVELOPMENT ACTION(GUDA)」の概要を発表した。
同グループでは第一弾として2014年4月より、バンダイナムコホールディングス、BANDAI SPIRITS、バンダイナムコアミューズメント、バンダイロジパルの4社による共同プロジェクト「ガンプラリサイクルプロジェクト」をスタートしている。
「ガンプラ」を組み立て終わったあとに残るランナーを回収し、ケミカルリサイクルによって新たなプラモデル製品に生まれ変わらせることで、持続可能な社会の実現を目指していくというものだ。SDGsの実現に向けた、業界として画期的な取り組みだと言える。
会場ではそのうえで、人口問題・地球環境問題など、さまざまな社会的課題の解決をめざして、新しい発想や技術を募集する「ガンダムオープンイノベーション」が発表された。7月中旬に説明会の実施とエントリーが行われる予定だ。詳細は公式サイトに詳しい。
いまや単なるIPに留まらないガンダムの広がり
『ガンダム』は1979年に放送開始されたアニメ『機動戦士ガンダム』を源流とするIPだ。もっとも、今やそれだけに留まらない広がりを見せている。
横浜に2020年12月にオープンした商業施設「GUNDAM FACTORY YOKOHAMA」と、そこで披露された「GUNDAM-DOCK」は好例だろう。実物大のガンダムが実際に動くとあって、大きな話題を集めている。
2020年3月にはガンプラを搭載した小型衛星をISSから宇宙空間に放出し、東京2020オリンピックの応援メッセージを地球に向けて発信する、「G-SATELLITE」プロジェクトが実施されたことも記憶に新しい。
バンダイナムコエンターテインメント常務取締役で、チーフガンダムオフィサーをつとめる藤原孝史氏は壇上で、「バンダイナムコグループだけでは実現不可能な、さまざまな施策が、ガンダムを中心に、過去数年間で行われてきた」とふりかえった。
同グループではガンダム戦略を立案・実行する横断プロジェクト「ガンダムプロジェクト」を進めている。グループにおけるガンダム関連の売上は2020年度で950億円で、これを2025年度には1500億円に伸ばす計画だ。すでに実写映画版『機動戦士ガンダム』の製作など、さまざまな施策が進行している。
そのうえで今後はグループ事業強化と共に、グループ外との連携も強化して、『ガンダム』のIP価値を向上させ、世界最大級のIPとして成長させていくという。その具体的な方策の一つが、前述した「ガンダムオープンイノベーション」というわけだ。
実際、前述した実物大ガンダムや人工衛星の打ち上げといった取り組みは、グループ単独でできるものではない。こうしたアイディアを次々に呼び込む環境を作りたいという思いは、これまでのIPホルダーにはなかったものだ。ガンダムのみならず企業価値を高めるうえでも、画期的なものだと言える。
キャラクターアイコンから社会的アイコンへ
藤原氏は「地球を含む広大な宇宙に、人類が一個人ではなく一つの種として対峙していくことは、ガンダムシリーズの根底にあるテーマの一つ」とコメントする。
また、カンファレンスの後半では岸博幸氏(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)、落合陽一氏(ピクシーダストテクノロジーズCEO)、蟹江憲史氏(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授)が加わり、さまざまな議論が展開された。
ガンダム世界同様に、現実社会にも人口問題、環境問題、宇宙進出など、さまざまな社会課題が存在する。「増えすぎた人口を宇宙に移民」させたことが遠因で戦争が勃発した宇宙世紀(ガンダム世界)は、反面教師だろう。現実世界はそこから学ぶことが重要だ。
もっとも、こうした社会課題は企業や大学が単独で解決できるものではない。そこで象徴となるのがガンダムだ。未来社会におけるサステイナブルなテーマ/領域で、宇宙世紀に重なる革新的なアイディアや技術などを幅広く募集し、実現につなげていくというわけだ。
こうした取り組みを通して、同グループではガンダムを「キャラクターから社会的アイコン」に進化させたいという。企業活動の枠を越える、挑戦的な取り組みだ。ガンダムに対して、ある種の公共財としての意味合いを持たせようとする試みだからだ。
同グループにかぎらず、IPを中核にさまざまな事業展開を進める「IP戦略」は、今やゲーム・アニメなどの業界で、王道の戦略になっている。メディアミックスやマーチャンダイズ展開などは、その好例だ。
そのためにはIPの管理が重要になる。社内外のさまざまな技術やリソースを掛け合わせ、新たな価値を創造するオープンイノベーションには本来、不向きな分野だ。むしろIPを版権元で囲い込む方が、企業戦略としては正しいだろう。
にもかかわらず、同社はガンダムを「社会的アイコン」に高めたいと掲げた。ここが本カンファレンスの最大のポイントだ。藤原氏は「ガンダムというIPの価値を、さらに高めていくうえで、何が求められるのか。ここ数年来の流れを鑑みると、自然な発想だった」とコメントした。
ここから感じ取れるのは、企業視点ではなくIP視点で物事を捉えていこうとする、ある種の価値の転換だ。言い換えればIPに対して法人格のような「架空の人格」を設定し、それを関係者間で育てていこうとする試みだとも捉えられる。
法人に法人格を設定するメリットの一つに、経営者や従業員から法人を切り離すことで、企業の私物化を防ぎ、持続的な成長をめざせる点がある。「社会の公器」などと言われる所以だ。IPについても同様で、IPをステークスホルダーの中央におくことで、さまざまな展開が可能になるメリットがあるだろう。
ガンダムがさらに成長するうえで必要なこと
あらゆるIPには、その原点ともいえる作品や、キャラクターを産みだしたクリエイターが存在する。しかし、IPが育つ過程で、生みの親であるクリエイターのエゴが障害になる場合が少なくない。むしろIPには、クリエイターの手から離れ、企業やプロデューサーが舵をとるようになる段階が発生する。
ガンダムも同様で、原作者の一人である富野由悠季氏の手から離れることで、さまざまな展開が可能になった。宇宙世紀もの、SDガンダム、新プロジェクトが発表された『GUNDAM SEED PROJECT ignited』など、ファンそれぞれに異なるガンダム体験がある。ガンダムが国や地域を越えた広がりを見せているのも、こうした多様性こそだ。
もっとも、プロデューサーだからといって、何でもできるわけではない。IPの価値や特性を、クリエイターと同様に理解し、尊重することが求められる。そのうえでビジネスに結びつけていくことが重要だ。いわばIPから属人性を廃しつつ、その価値を尊重することが、IPの成長には不可欠となる。
これがさらに成長し、企業が所有するキャラクターから社会的アイコンになるためには、何が必要だろうか。そのためには、IPを企業活動から切り離して考える必要が生じるだろう。IPの価値増大が、特定企業の業績だけに寄与するうちは、社会的アイコンとは言えないからだ。
もっとも、筆者はガンダムに関する権利をフリーにするべきだ、と言いたいわけではない。むしろバンダイナムコグループには今後、ガンダムの管理事務局のような立場になることが求められそうだ。また、すべてのIPが社会的アイコンになるべきだ、と主張したいわけでもない。今回の試作が、ガンダムというIPの特性に寄るところが大きいのは、言うまでもないだろう。
その一方でガンダムオープンイノベーションは、数あるIPホルダーに対して興味深い提案を示している。企業や自治体には、開発に多額の費用をかけたものの、死蔵されているIPも少なくない。「ご当地キャラクター」はその好例だ。本施策の展開から学ぶ点も少なくないはずだ。
同グループでは今後も「ガンダムカンファレンス」を定期的に開催し、GUDAやガンダムオープンイノベーションの続報を発信していくという。ガンダムのもとに、どのような提案やアイディアが寄せられ、どのような課題解決が行われていくのか。今後の展開に注目したい。
創通・サンライズ