Yahoo!ニュース

本日公開。今年最強のファッション・ムービー『エルヴィス』は監督もファッショニスタ!?

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
伝説のピンクのスーツ

伝説的なロックンローラー、エルヴィス・プレスリーの光と影を、電流のようなステージ・パフォーマンスとどこか物悲しい舞台裏を行き来しつつ描いた怒涛のロック・オペラ『エルヴィス』が、遂に本日公開される。ザ・ビートルズやクィーンにも影響を与えたと言われるエルヴィスが、その短すぎる42年の生涯で何を得て、何を失ったのか?監督のバズ・ラーマンは史実と彼なりの解釈を交えながら、希代のアイコンの素顔に肉薄。ここで監督のクリエイティビティに大きく貢献しているのが、監督夫人でもある衣装デザイナーのキャサリン・マーティンだ。

衣装デザイナーはオスカーの常連!

キャサリン・マーティン!
キャサリン・マーティン!写真:REX/アフロ

 これまでも、ラーマンとは彼の監督デビュー作『ダンシング・ヒーロー』(‘92年)に始まり、『ロミオ&ジュリエット』(‘96年)、『ムーラン・ルージュ』(‘01年・アカデミー衣装デザイン賞と同美術賞受賞)、『華麗なるギャツビー』(‘14年・アカデミー衣装デザイン賞と美術賞受賞)でコラボしてきたマーティンは、『エルヴィス』でも独特の見地に立ってコスチュームを提供している。衣装がエルヴィスの歴史を案内するかのように。

 劇中に登場する衣装は大きく3つの時代に分類される。1つめは、下半身を小刻みに動かすその電流のようなパフォーマンスが、当時の封建的な価値観と女性観客の自制心を木っ端微塵に粉砕した1950年代。2つめは、旧西ドイツでの兵役を終えて帰還後、TVスペシャルでカムバックした1960年代。そして、3つめは、1960年代後半に経験したスランプから立ち直り、ラスベガスのインターナショナル・ホテルでのステージで歌手として復帰した1970年代だ。

エルヴィスが愛したピンクのスーツ~1950年代

素材の揺れに注目!
素材の揺れに注目!

 マーティン本人がメディアのインタビューに答えた服作りのディテールと共に、各時代の衣装の意味合いと魅力を紹介していこう。まずは、映画前半の最大の見どころである、1950年代の電流パフォーマンスで存在感を発揮するピンクのスーツだ。このスーツは当時、メンフィスの人気ブティック”ランスキー・ブラザーズ”に出入りしていた黒人パフォーマーたちにエルヴィスが影響を受け、好んで着用していたワードローブのリメイクだとか。とにかくエルヴィスはピンクと黒のコーデが大好きで、1950年代を通して、ピンクのスーツに黒いレースのシャツ、それに、黒白コンビの靴を繰り返し着用していたという。つまり、エルヴィスにとっての1950年代は服で言えばピンクと黒の時代だったわけだ。また、マーティンがスーツの素材としてチョイスした、エルヴィスの小刻みに揺れる股間に連動して波打つ続けるファブリックにも注目して欲しい。マーティンが選んだのはこのロカビリー・スーツは、抜群のドレープを生むウール素材と、カーディガンのような特殊な素材の混紡でできているのだとか。この効果がどれほどのものかは、是非、映画を観て確かめていただきたい。

俳優のサイズに合わせてリメイクしたレザー~1960年代

バイカー・ファッションで決めたオースティン・バトラー
バイカー・ファッションで決めたオースティン・バトラー

同じくエルヴィス・プレスリー
同じくエルヴィス・プレスリー写真:Shutterstock/アフロ

 続く1960年代を代表するバイカー・ファッションは、1950年代から60年代にかけて旋風を巻き起こした大ヒットアイテムを再解釈する必要があったと、マーティンは説明している。なぜなら、レザーはフィット感が重要だから、当時のエルヴィスと演じるオースティン・バトラーのボディサイズの違いをデザインでカバーしなければならなかったからだ。そのため、衣装チームはナポレオン襟の高さ、ジャケットの丈、ポケットの大きさを微妙に調整。よく見かけるエルヴィスに似せたハロウィン・コスチュームとは違う、バトラーが彼のワードローブを着ているようなリアリティを獲得することに成功している。

エルヴィスのトレードマークは白のジャンプスーツ~1970年代

ファンに揉みくちゃにされるジャンプスーツ
ファンに揉みくちゃにされるジャンプスーツ

 そして、ラスベガスだ。エルヴィスと同じ時代を生きたファンにとってはキャリア後期の、筆者のように遅れてきた世代にとっては今も脳裏に焼き付く白のジャンプスーツが、この時代のエルヴィスの空虚な華やかさを物語っている。ここで衣装チームはエルヴィス関連の衣装を専門に扱っているインディアナ州チャールズタウンにあるB&Kエンタープライズと協力し、細かい刺繍を施すことでオリジナルのゴージャス感を再現。ヘソが見えそうな胸元のVラインは、見た限りではバトラーのためにやや控えめに抑制されている気がする。しかし、そのフィット感、パンツのディテール、肩幅は、インターナショナル・ホテルでのライブを収録した傑作ドキュメンタリー『エルヴィス・オン・ステージ』(‘70年)の世界へと引き戻してくれるものだ。

エルヴィス本人がスタイリストだった?

 以上、3つの時代のエルヴィス・ファッションは、彼が同じく愛用していたジュエリーや時計(ロレックスのヴィンテージ・キングマイダス)も含めて、彼の音楽と同じく、多くの若者たちやミュージシャンに影響を与えた。マーティンに拠ると、これらのアイテムは全て、エルヴィス本人が自分のためにスタイリングしたものだという。つまり、エルヴィス・ファッションのスタイリストはエルヴィス本人だったことになる。そう考えると、エルヴィス・プレスリーは”キング・オブ・ロックンロール”であり、同時に、天才的なファッション・アイコンでトレンドセッターだったことになる。

『エルヴィス』のシドニー・プレミアでプラダを着たオリヴィア・デヨング
『エルヴィス』のシドニー・プレミアでプラダを着たオリヴィア・デヨング写真:REX/アフロ

 また、マーティンと衣装チームは『ロミオ&ジュリエット』や『華麗なるギャツビー』でもコラボした、プラダとミュウミュウのデザイナー、ミウッチャ・プラダの協力を得て、主にエルヴィス夫人のプリシラ(オリヴィア・デヨング)のために、ビーズのフリンジをあしらったブロケードのパンツスーツや、スエードのジャケットに合わせたモヘアのセーターとツイードのドレス等、ノスタルジーに現代的センスを上塗りした衣装を提供してもらっている。『エルヴィス』には女性ファッションの見地から見ても興味深い着こなしが次々と登場して、目に休む暇を与えない。

監督のバズ・ラーマンが誰よりもファッショニスタだった!?

ジャケットの裾を広げてバックルを披露するバズ・ラーマン
ジャケットの裾を広げてバックルを披露するバズ・ラーマン

 ところで、今週、主演のオースティン・バトラーと監督のバズ・ラーマンが、映画の日本公開に合わせて来日した。そこで度肝を抜かれたのが、傍にいるバトラー以上に目立っていたラーマンのファッショニスタぶりだ。TV出演時にはパイソンのジャケットを、ホールでのイベントでは”ELVIS”のキラキラ文字が眩しいバックルを強調して、見事なまでのポージングを披露してくれたラーマン。映画と監督が服で連動するのはウェス・アンダーソンも同じだが、前面に溢れ出る情熱はラーマンの方が上だと感じた。そんなことも含めて、『エルヴィス』は今年最強のファッション・ムービーだと言って差し支えないと思う。

参考文献

https://www.indiewire.com/2022/06/elvis-baz-luhrmann-catherine-martin-costumes-1234737036/

https://variety.com/2022/artisans/news/elvis-costume-designer-pink-jacket-leather-suit-1235300056/

『エルヴィス』

7月1日(金) ROADSHOW

ワーナー・ブラザース映画

(C) 2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

清藤秀人の最近の記事