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仏風刺週刊紙テロ、『X-MEN』に学ぶ宗教的マイノリティーの問題

木村正人在英国際ジャーナリスト

ミュータントと人類の対立の暗喩

テレビや映画で人気の『X-MEN』シリーズは宗教的・人種的マイノリティーを考える上で非常に示唆に富んだ作品だ。超人的能力を持って生まれたミュータントと人類の対立、マイノリティーの葛藤、共生がテーマになっている。

ミュータントの能力を悪用しようとする人間、殲滅しようとする人間の前に、ミュータントは二分する。

人類とミュータントの平和的共存を願う「プロフェッサーX (チャールズ)」と、ホロコースト(ナチスのユダヤ人大虐殺)の被害者で人類はミュータントに支配されるべきだと考えている「マグニートー (エリック)」。

米国では、公民権運動で非暴力主義を貫き、最後は暗殺されるキング牧師を「プロフェッサーX」に、急進的な黒人解放運動を指導したマルコムXを「マグニートー」に見立てることもある。

イスラムと西洋、イスラムとユダヤ人の間にクサビを打ち込もうとするイスラム過激派と、「テロとの戦い」を掲げる西洋は、再び「文明の衝突」に陥る瀬戸際にある。

キング牧師や「プロフェッサーX」が実際に現れるかどうか。西洋は、ブッシュ前米大統領やネオコンが犯した勧善懲悪の二元論、世界を善悪2つの原理の闘争とみる誤った考え方に陥ってしまうのか。

対立は怒りから、和解は愛と許しからもたらされる。フランスの風刺週刊紙シャルリエブド銃撃事件でテロリストを操った国際テロ組織は西洋に怒りと恐怖心を呼び起こし、イスラムへの嫌悪に火をつけようとしている。

「表現の自由」という西洋の絶対的価値に銃弾を撃ちこむことで西洋とイスラムの対立軸を浮き彫りにし、イスラム全体を自分たちの闘争に巻き込もうとしている。

呼応する極右政党

フランスの極右政党・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン党首は「イスラム原理主義はフランスに宣戦布告した」と声高に叫んだものの、フランスの価値を共有するイスラム系移民と、イスラムの名を騙るテロリストを慎重に区別した。

今回のテロで国民戦線の支持率はさらに上昇するとみられており、国民戦線の副党首は「イスラム過激主義と移民問題は関係ないという人は違う惑星に住んでいる」と盛んにイスラム系移民への嫌悪をあおっている。

イスラムに対するヘイト・クライム(嫌悪犯罪)対策に取り組む英国の民間団体「TellMAMAUK」によると、今月9日夕までのまとめでフランス全土で起きたイスラムへの攻撃は15件。モスク(イスラム教の礼拝所)に訓練用の手榴弾3個が投げ込まれたり、銃弾が撃ち込まれたり、モスクに関係するレストランが爆破されたりするケースもあった。

事件後、フランスで起きたイスラムへの攻撃(TellMAMAUKより)
事件後、フランスで起きたイスラムへの攻撃(TellMAMAUKより)

イスラムを狙った嫌悪犯罪は継続的に英国でも起きている。13年5月~14年2月で734件。うちオンラインを使ったものが599件。それ以外が135件で、このうち23件が攻撃、13件がひどい暴力を伴っていた。

英国で起きたイスラムへの嫌がらせや攻撃(同)
英国で起きたイスラムへの嫌がらせや攻撃(同)

「私はシャルリではありません」

イスラム系移民の一部が過激化しているのは事実だが、大半は穏健なイスラム教徒だ。シャルリエブド紙銃撃など一連のテロで3人の警察官が犠牲になり、うち1人はイスラム教徒のAhmed Merabetさん(40)だった。

Merabetさんは同僚の女性警官と週刊紙オフィス近くをパトロール中に、逃走するクアシ兄弟(籠城して射殺される)の車と出くわし、銃撃された。路上に倒れ、手を挙げて無抵抗の意思表示をした。

クアシ兄弟に「俺たちを殺したいのか」と詰問され、Merabetさんは「ノー」と答えたが、無慈悲にも射殺された。この様子を撮影した動画がインターネット上に流れると、「私はAhmed」と追悼のメッセージが相次いで寄せられた。

ある人はこんなメッセージを残した。

「私はシャルリではありません。私は死んだ警官Ahmedです。シャルリは私の信仰と文化をバカにしましたが、私はシャルリがそうする権利を守るために死んだのです」

過激イマーム(礼拝の導師)を通じてクアシ兄弟と接点を持つAmedy Coulibaly容疑者(死亡)と女性(逃走)がスーパーマーケットでユダヤ人買い物客を人質に取って立て籠もった事件では、イスラム教徒の若者が子供2人を含むユダヤ人15人の命を救っていた。

キング牧師や「プロフェッサーX」はすでにあちこちに現れている。

1978~79年、イラン革命でパーレビ王朝が倒され、シーア派指導者ホメイニ師(故人)を中心とするイスラム国家体制が固められた。79年11月にはテヘランの米大使館占拠事件が起きる。

ホメイニ師は89年、小説『悪魔の詩』がイスラム教の預言者ムハンマドを冒涜(ぼうとく)しているとして英作家サルマン・ラシュディ氏に「死刑宣告」を出すなど、西洋との対決姿勢を鮮明にした。

しかし今回、イランのロウハニ大統領は「ジハード(聖戦)、宗教、イスラムの名前を騙って殺人を行い、暴力的で過激な行動を取る者は彼らが望んでいるかどうかにかかわらず、イスラム嫌いを広げるだけだ」とイスラムの名を使ったテロを厳しく非難した。

時計の針は戻らない

英誌エコノミストによると、2008年時点で、オランダのアムステルダムのイスラム系移民は全体の24%。フランスのマルセイユは20%、ベルギーのブリュッセルは17%、英国のブラッドフォードは16%、バーミンガムは14.3%。現在はさらに増えている。

時計の針を元に戻すことは不可能だ。西洋はイスラムを受け入れ、イスラムは西洋の価値と同居することが求められる。

男女平等

女の子が男の子と一緒に教育を受ける権利の保障、男女のプール授業

同性愛

強制結婚

婚前・婚外交渉を行なった女性の父親や兄弟が家族の名誉を守るため女性を殺害する「名誉の殺人」

同害報復など重すぎる刑罰

政教分離

スカーフ着用

イスラム教とイスラム法が西洋と摩擦やあつれきを起こす事例は後を絶たない。しかし、それぞれの国がそれぞれのやり方で少しずつ折り合いをつけつつある。

問題は西洋の中で生きるイスラムに対して、西洋と同じだけの公正さ、公平さが保たれているかどうかだ。

パキスタンの辺境部族地域で米軍の無人航空機による攻撃でイスラムの女性や子供が巻き添えで死ぬのは、シャルリエブド紙の編集長や風刺画作家がテロリストの銃弾で殺害されるのと同様、許されないことだ。

ロンドンを中心に英国で暴動が吹き荒れた11年8月、バーミンガムでこんな事件が起きた。イスラム系移民の若者3人が暴徒の車に轢き殺された。うち1人の父親Tariq Jahanさんは悲しみをこらえて、暴徒に訴えた。

「私は息子を失った。黒人、アジア系、白人すべてが同じ地域に暮らしている。どうして私たちはお互いに殺し合わなければならないのか。なぜ、私たちはこんな事態を引き起こしているのか。もし自分の息子を失いたいのなら、もっと続けるが良い。そうでないなら、どうか落ち着きを取り戻して、家に帰りなさい」

Jahanさんの呼びかけで暴動は潮が引くように鎮まった。事件のあとウィリアム王子とキャサリン妃がこっそりJahanさんを訪れ、息子の死を悼んだ。あれから3年半。悲しいことに正義は実現されなかった。

裁判では8人が殺人罪に問われたが、警察の捜査に問題があるとして誰一人として有罪にならなかった。英国の司法制度を信じられなくなったJahanさんは事件を調査する公聴会の開催を求めている。

西洋に生きるイスラム系移民の心には「プロフェッサーX」と「マグニートー」が同居している。「プロフェッサーX」を「マグニートー」に変えるか否かは、西洋の正義が彼らにとっても公正で公平かにかかっている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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