中国・大湾区におけるコロナ騒動…「これまで」と「これから」(1)
筆者は、昨年9月、中国の大湾区を訪問し、現地で調査活動を行った(注1)。
その訪問調査をしたのは、現地企業「FIND ASIA」にて、広州・深セン・香港で人材紹介や企業へのコンサルタントサービスを展開したり、中国・大湾区の動向の紹介などで大活躍している加藤勇樹さんから、中国・大湾区を見ずして、現在および今後の中国の方向性や可能性を知る由もないと伺っていたからだ。
そこで大湾区を訪れ、現地の進展の様子や今後の可能性を知ることができた。そして、中国には、現在も大きな制約や課題等はあるが、「大湾区は中国ではない」または「ここには、少なくもこれまで私たちが考えてきたのとは異なる新しい中国の一端や将来の可能性がある」とも感じた。
ところが、昨年12月中国武漢を起点にはじまった新型コロナウィルスの感染は、その後驚異的スピードで世界に拡散し、世界の状況を大きく変えた。その事態は、世界全体ではいまだ収束の兆しさえ見えない。また中国では、一部ロックアウト状態の解禁がなされたが(注2)、別地域ではクラスター感染が起きたりし、解禁地域も感染拡大が収束するのかは、現在も不透明感が漂う。そんな中、昨年訪問した大湾区はどうなっているのだろうか非常に気になっていた。
そこで、今回のコロナ騒動の洗礼を現地で受けつつも現地で活躍する加藤さんに、大湾区の現状についてインタビューさせていただいたので、それを3回に分けて、報告させていただきます。
[大湾区とは]
鈴木:昨年、大湾区を訪問調査した際もお世話になりました。加藤さんのお陰で、中国における変化や発展が、点だけではなく、大湾区のような面になりつつあり、従来とは質が異なる側面が生まれているのを実感できました。ありがとうございました。
まず余り慣れ親しんでいない読者の方々に、大湾区についてご説明いただけますか。
加藤:「大湾区(グレーターベイエリア)構想」とは中国広東省の9都市(広東省の省都である広州市やイノベーションで世界的注目の的の深セン市等)及び中国本土とは異なる特別行政区の香港とマカオを含めた地域で進められている地域統合構想です。広東省の生産力・イノベーション力、国際金融都市・香港の資金調達力、国際観光都市で・マカオを組み合わせ、広東省の後背都市等にニュータウンを形成し、一つの新たなる生活・経済圏を生み出そうという壮大な取り組みです。一国二制度をとる異なる地域間の出入境の自由化や地域間の居住制限の緩和などの行政面および共同の都市開発や交通網の拡大などのインフラ面でも大規模かつ大胆な取り組みが進んでいます。
同地域内の人口は「7千万人規模」で、域内経済規模もGDPで韓国やロシアの規模に匹敵、中国中央政府や広東省・香港・マカオの各地域政府代表が責任者で、国家の重点的地域計画として進められています。
[交通網の現状]
鈴木:ご説明ありがとうございます。今回のコロナ騒動は、中国の大湾区ではどのような状況だったのですか。この数年、様々な交通網が整備され、地域全体の急速な一体化が進んでいましたね。交通網はどうだったのですか。
加藤:大湾区の対象地域には、広東省内の高速鉄道、中国本土・香港・マカオをつなぐ世界最大の橋など同区内を結ぶ多種多様な交通網が形成されてきています。ところが、感染症の拡大で、現在はそのほとんどすべてが閉鎖あるいは制限をされています。
香港と中国本土(隣接する深セン等)の間には、陸路で9つの入管があります。また18年には入境を香港側で一括管理を行う高速鉄道網の開設等交通の統合が進んでいました。
ところが、現在人的流れはほぼ遮断されています。香港政府出入境管理局および香港政府統計局の公式数字によれば、中国から香港への出入境者数(4月4日現在)は、総計で「1300人」。2019年4月の1日平均当たり「約20万人」でした。このことからも激減の様子がわかるでしょう。
香港政府は、感染拡大防止のために、2月から順次入管を制限し、現在は、深セン市深セン湾と香港を結ぶ橋上の入管が、香港と大湾区他地域を唯一結んでいます。そして香港・中国間入境後は14日間の自宅か集中施設での隔離の義務があります。またマカオでも、4月現在1週間単位で入管規制が刻々変化しています。ただ物流では、健康診断書類の提出のみで行き来が可能で、生活物資不足等は生じていません。
香港は世界最大のハブ空港の一つですが、香港政府は外国籍の入境制限を行っていて、現在大湾区の玄関口という役割を果たせていず、その回復の見込みはたっていません。
マカオは、レジャー産業の中心地や急発展する隣接の横琴開発区などはありますが、人口的規模は小さい。それでも、2018年には大湾区の中心を流れる大河・珠江の東西を結び、広東省珠海市、香港、マカオという行政権の異なる3地域を繋ぐ橋である港珠澳大橋や珠海との都市機能の一体化などが実現していたのです。
港珠澳大橋管理局の発表では、大湾区は、珠江が分ける東部および西部地域では産業発展度合いに差があり、費用対効果等の問題はあるが問題解決の提案がなされ、港珠澳大橋や虎門大橋等が、両地域を連結させ、大湾区全体の産業育成や人材の移動促進が期待されていました。ところが、今回の騒動で、当該地域での貨物車両以外の流入はほぼ完全ゼロになり、マカオ市も非住民の入境を厳格に制限しています。
鈴木:香港・マカオと中国本土の間の交通網はほぼ完全に閉鎖され、人的行き来もほぼ止まっている感じですね。では、大湾区の中国本土側の交通網等の状況はどうなのですか。
加藤:大湾区において、広東省は、人口も8割以上で面積も多くを占め、改革開放以来ウィルス発生源の武漢市及び湖北省も含めて中国全土から移住者や労働者が集まる地域です。
今回の件で、中国本土にある広州省は、厳格な交通遮断が適用されています。しかし、各都市は、感染重点域からの流入人口が違います。例えば深セン市や東莞市は、感染重点地域・武漢近郊からの流入も多く、半数以上が市外及び大湾区外の移住者です。広州市や佛山市などは、感染重点地域からの流入も少なく、人口の半数以上は地元出身。このため、各都市で個別の規制対応がとられています。
広州市と深セン市などでは、別の市に移動する際やオフィスビルあるいは交通機関利用の際は、14日間の出入国情報や感染重点地域への移動の有無に関するアプリ位置情報の提示が求められます。
そのことは、メデイアやSMSで市民に告知されて、私も登録しています。その登録は、政府やメディアも支援していて、中国全土で、感染者情報はWeChatやALIPAY等のチャットやペイメントの特定アプリで情報集約・共有が行われています。
これは、大きな効果を生んでいるわけですが、都市間の単純な移動でも情報提示が要求され、高速鉄道で隣の市に行く際も都市毎規制で訪問不可になるなど、情報管理が厳密過ぎる面もあります。また情報集約プラットフォームが市毎に別個で情報の行政間の横の連携不足などのために、使い勝手が悪いのです。
大湾区には、300万人の肇慶市から1400万人規模のイノベーション産業拠点・深セン市、や中国自動車産業拠点の広州市など人口規模や産業構造が多様な都市が存在し、各々の都市で異なる行政体制で、縦割りでバラバラな行政の弊害もあります。そんな中で、今回の感染拡大抑制の対策が打たれています。
次に交通網については、大湾区内では、新たな交通政策も進み、地域的な関係性の向上が図られています。たとえば、深セン市の政府インフラを開発する深セン地鉄集団は、2020年に入り、珠江沿岸地域を連結する鉄道網の建設を発表しています。また「前海経済自治区(深センの金融ハブ開発)」、「広州南駅周辺(広州の新都心開発)」、「佛山市(ハイテク製造業工業地帯)」をつなぐ新たな高速鉄道・地下鉄・空港の連結計画も進行しています。
行政側の連携問題は大きな課題ですが、これらの様々な取り組みや計画を通して、東莞市は、対象地域の中間に位置し産業都市やベッドタウンとしても期待が高まっており、大湾区での現在の4時間の生活圏を、2時間さらに1時間で繋ぐ生活圏にしようというインフラ建設計画が進められています。
以上のように、大湾区の各都市が、独自政策をとれるので、相互の競争や切磋琢磨が生まれ、イノベーションや地域の発展さらには感染者拡大抑制の封鎖政策を別個に打てる等の多くのメリットがある一方で、交通や流通さらには都市間の関係性等の観点からは、今回の騒動で、多くの混乱や問題、さらに大湾区の発展の加速化の面で様々な課題があることもわかってきたのです。(次回に続く)
(注1)その調査結果は、新潮社「フォーサイト」の次の拙記事「驚異的発展『中国・大湾区』現地踏査レポート(2020年2月4日~2月16日)にまとめて発表しているので、もし興味がある方があれば、それを参考にしてほしい。
(注2)中国政府は、今回の感染拡大の初期の中国にとって、経済などの回復メッセージを出し、自国の問題解決と回復を早く世界にアピールしたいのだろう。なお、大湾区における新型コロナウィルスの影響に関するより詳細な記事は「フォーサイト」に掲載予定。
【対談者等の紹介】
加藤 勇樹(余樹):
FIND ASIA華南地区責任者 、スタートアップサラダ(Startup Salad)日本市場オーガナイザー。2015年より「FIND ASIA」にて、広州・深セン・香港で人材紹介‐企業へのコンサルタントサービスを展開。17年よりFIND ASIAにて中国・大湾区の動向や、イノベーションアクセラレーター「スタートアップサラダ‐Startup Salad」との協業で活躍中。
中国大陸や香港、タイに拠点をもつ会社。グローバル採用支援を行うHR事業や日本で香港・中国の大学生に対し日本文化体験を行い日本・香港・中国の相互理解をサポートする事業を実施。