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アル=カーイダによるアレッポ市制圧に乗じて、トルコが支援する反体制派、米軍、イスラエルもシリアを攻撃

青山弘之東京外国語大学 教授
Telegram、2024年11月30日

「シリアのアル=カーイダ」として知られる国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が主導する「攻撃抑止」軍事作戦局が11月27日にシリア政府の支配下にあったアレッポ県西部、イドリブ県南東部への大規模侵攻を開始して、5日が経った。

イスラエルとレバノンのヒズブッラーの停戦合意発効(11日27日午前4時)直後に開始された侵攻により、意表を突かれたシリア軍、ロシア軍、「イランの民兵」は劣勢を強いられ、後退を余儀なくされた。

戦略的撤退

シリア軍武装部隊総司令部は11月30日午後12時38分、国防省のフェイスブックの公式アカウントを通じて以下の通り声明を出し、「イランの民兵」とともに戦略的撤退を行ったことを認めた。

過去数日間、いわゆる「ヌスラ戦線」傘下の武装テロ組織が、数千人の外国人テロリストと重火器、大量の無人航空機をもって、アレッポ県とイドリブ県の前線に対して複数方面から大規模な攻撃を開始している。これに対し、シリア軍は100キロメートル以上に及ぶ戦線で激しい戦闘を繰り広げ、その進行を阻止するために奮闘した。この戦闘で、我らが軍の多くの兵士が殉職し、多くの兵士が負傷した。

テロリストの数が多く、戦線が多岐にわたるため、シリア軍は守備線を強化するための再配置を実施した。この措置は、攻撃を抑制し、民間人と兵士の命を守り、反撃の準備を整えることを目的としている。
テロリストが北部国境を越えて流入し、彼らへの軍事的・技術的支援が強化され続けるなか、テロ組織は、過去数時間のうちにアレッポ市の広範囲にわたる地域に侵入した。しかし、我らが軍が、集中的かつ強力な攻撃を続けたことで、彼らは拠点を確立することができずにいる。現在、軍の増援部隊が到着し、前線に配備されつつあり、反撃の準備が進められている。
シリア軍武装部隊総司令部は、この措置が一時的なものであることを強調する。我々は、アレッポ市の住民の安全をあらゆる手段で確保し、テロ組織を排除し、同市とその周辺地域全体を国家の支配下に取り戻すため、国家的使命を遂行し続ける。

英国を拠点とする反体制派系NGOのシリア人権監視団によると、ロシア軍もまた11月28日の段階で、アレッポ県のタッル・リフアト市、マンナグ航空基地に駐留させていた部隊(憲兵隊)を撤退させていた。

アル=カーイダによるアレッポ市掌握

かくして「攻撃抑止」軍事作戦局は、11月28日にはシリア最大の商業都市であるアレッポ市に到達、30日には市内の大部分、そしてアレッポ国際空港を掌握した。また、イドリブ県でも、シリア軍が撤退したことを受けて、アレッポ市と首都ダマスカスを結ぶM5高速道路沿線のマアッラト・ヌウマーン市、ハーン・シャイフーン市、そして県東部の要衝で航空基地が併設されているアブー・ズフール町を手中に収めた。

syria.liveuamap.com、2024年11月29日
syria.liveuamap.com、2024年11月29日

アレッポ市の事実上の制圧を受けて、「攻撃抑止」軍事作戦局を主導するシャーム解放機構指導者のアブー・ムハンマド・ジャウラーニーは11月30日午後9時21分、ジャウラーニー指導者に以下の声明を出し、民間人に危害を加えないよう指示した。

英雄的革命家よ、自由人たるムジャーヒディーンよ、汝らに平安とアッラーの慈悲と祝福があらんことを。我々はこの決定的な瞬間において、避難民である我らが住民を帰還させ、犯罪者体制とイランの民兵の脅威を排除するため、地域の解放を継続する。そのために、勝利の道徳、我々の正統なる宗教の教え、人道的な価値感を遵守しなければならない。我々の敵に対してだけ武器を向けることを課されているのではない。我々はアッラーの前で、我らが人民にどのように振る舞うのかを試されている。シリア人民が数十年に渡って期待してきた試練を築き上げようとしている。
イスラームは我々にやさしさと慈悲を教えてくれた。我々はそれらを正しい場所で用いなければならない。諸君らが戦いで見せてくれた勇気は、民間人に対する厳しさや不正を意味するものではない。人々の精神と財産は、我々の責任において保証されるものだ。彼らの家、財産に危害を与えてはならず、解放区の治安と安全を守るのだ。我々は復讐を望んではいない。正義と尊厳をめざしているのだ。
寛容と赦しの模範となれ。捕虜や敵の負傷者に義しくあれ。殺戮に関与してはならない。イスラームの徳をもって彼らに接せよ。私は、諸君らに対し、戦場でシリア革命を代表し、その原理、価値観を、真に、そして実際に表現する責任を与えている。
我々は今日、昼夜を問わず未来のシリアのために活動を続けている。アッラーのお許しのもとで、すべてのシリア人にとって、正義、尊厳、そして自由の国にとなるシリア。勝利は戦場に置けるものだけでないことを忘れるな。勝利はそこから始まるのだ。我々の側からアッラーに義しいものを示そう。

我々は、アッラーが我々の国を解放し、我々を団結させ、みなが誇れるようなシリアを建設することを助けてくれることを願っている。

Telegram (@aleamaliaat_aleaskaria)、2024年11月30日
Telegram (@aleamaliaat_aleaskaria)、2024年11月30日

ハマー県にも侵攻か?

「攻撃抑止」軍事作戦局は、テレグラムに解説した専用アカウントを通じて、ハマー県への進攻を開始したと発表、インターネットやSNSでは、反体制活動家やその支持者らが、ハマー市に駐留するシリア軍部隊が撤退を始めたといった情報を拡散した。

これに対して、シリアの国防省は11月30日午後8時53分に声明を出し、一連の情報を否定した。

武装テロ組織が、ハマー県北部のスカイラビーヤ市、ヒヤーリーン町、ムハルダ市、ラターミナ町、ハルファーヤー市、タイバト・イマーム市、マアーン村、スーラーン町、マアッル・シュフール村、その他周辺の町々に進攻したとする報道は何ら根拠がない。我らが武装部隊は強力な防衛線を構築しており、あらゆる攻撃の可能性に備えて完全な態勢と高い士気を保っている。

シリアの国防省はまた午後11時33分にも以下の声明を出し、偽情報に惑わされないよう国民に呼びかけた。

武装テロ組織は、あらゆるプラットフォームを通じて、偽のニュースを流し続けている。これは、計画的な情報戦の一環であり、我らが国民と勇敢な軍の士気に影響を及ぼそうとすることを狙っている。最近アレッポ市で発生した出来事や、一部の国際的・アラブ・メディアが信憑性を確認せずに、ニュースを報じる状況に乗じて、これらの組織は、シリア国内の多くの都市を狙って、膨大な量の虚偽情報や噂を拡散している。

シリア軍・武装部隊総司令部は、我らが国民に対し、これらの虚偽のプラットフォーム、そしてそこで掲載されているニュースを信じたり、注意を払ったりしないよう呼びかけている。勇敢なる我が軍は、常に、そしてこれからも、あらゆる形態のテロリズム、そしてその支援者に対して、祖国と市民を守るための義務を果たす強固な存在であり続ける。

また、シリア軍武装部隊総司令部は、テロ攻撃への対応が成功裏に進んでおり、間もなく反撃に移行して、すべての地域を奪還し、テロの悪行から解放する予定であることを強調する。

「自由の暁」作戦

アレッポ市の事実上の喪失という痛手を負ったシリアへの追い打ちはこれに留まらなかった。

11月30日午前11時33分、トルコの占領下にあるシリア北部で活動するシリア国民軍が「自由の暁」と銘打った軍事作戦を開始すると発表したのだ。

Telegram (@Dawn_of_Freedom1)、2024年11月30日
Telegram (@Dawn_of_Freedom1)、2024年11月30日

「トルコの支援を受けるシリア国民軍」(Turkish-backed Free Syrian Army)として知られるシリア国民軍は、テレグラムに新たに開設した専用のアカウントを通じて、この作戦が、シリア政府、クルド民族主義組織でトルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲む民主統一党(PYD)の民兵と目される人民防衛隊(YPG)、そして同隊を主体とし、米主導の有志連合のイスラーム国に対する「テロとの戦い」における協力部隊であるシリア民主軍によって奪われた地域の解放を目的とすると表明した。

この発表の数時間後(11月30日午後2時44分)、シリア国民軍を統括するシリア暫定内閣(シリア革命反対勢力国民連立(シリア国民連合)傘下)の国防省がフェイスブックを通じて声明を出し、作戦開始を改めて発表するとともに、シリア国民軍に所属する諸派が「攻撃抑止」軍事作戦局によるアレッポ市の「解放」に参加していたと明らかにした。シリア国民軍傘下の国民解放戦線が、シャーム解放機構とともに「決戦」作戦司令室を構成し、「攻撃抑止」軍事作戦局の一翼を担っていたことは、国民解放戦線のハサン・アブドゥルガニー報道官が軍事作戦局の総司令官を務めていることから確認できたが、トルコの占領統治を直接支援しているシリア暫定内閣がシャーム解放機構との協力関係を認めたのは、これが初めてだった。

「自由の暁」作戦を開始したシリア国民軍は、シリア政府とPYD(北・東シリア地域民主自治局)の支配下(あるいは共同支配下)にあるアレッポ市北部のタッル・リフアト市一帯地域とバーブ市南東部への侵攻を開始した。そして、1日も経たずして、アレッポ市とラッカ市を結ぶ高速道路(国道4号)、クワイリス航空基地など、30以上の町村、シリア軍の拠点などを制圧した。

syria.liveuamap.com、2024年11月30日
syria.liveuamap.com、2024年11月30日

混乱に乗じる米軍とイスラエル軍

シリア軍を背後から突いたのは反体制派だけではなかった。

シリア人権監視団によると、東部のダイル・ザウル県では、ユーフラテス川東岸のCONOCOガス田に違法に基地を設置し、駐留を続ける米軍(有志連合)が11月30日、ダイル・ザウル市に面する同川東岸でシリア政府が辛うじて統治する「7ヵ村」として知られる地域内にあるムッラート村とフシャーム町を砲撃した。

また、イスラエル軍も同日、ヒムス県のジュースィーヤ国境通行所、レバノンとシリアを隔てるカビール川に架かるハウズ橋とジューバーニーヤ橋を爆撃した。イスラエルはヒズブッラーとの停戦に応じているはずだが、イスラエル軍の発表によると、爆撃は、レバノンからシリアへのヒズブッラーの武器密輸に利用されている同地の軍事インフラを破壊することが目的とされた。

シリアは、2023年10月にイスラエル軍と、ハマース、そして「抵抗枢軸」と呼ばれるヒズブッラー、イラク・イスラーム抵抗、そしてイエメンのアンサール・アッラー(フーシー派)が交戦状態に入った際、「抵抗枢軸」を支援しつつも、武力紛争に関与することを嫌ってきた。イスラエルとの全面的な軍事衝突が、13年におよぶ紛争(シリア内戦)を経て疲弊した経済や社会の再建を阻害し、場合によっては体制存続の危機さえもたらす可能性があったためだ。

こうした消極姿勢に乗じるかたちで、イスラエル軍はシリア領内に対して爆撃を繰り返してきた。その爆撃が、イスラエルとヒズブッラーの停戦合意によっても収まらないなか、シリアは、アル=カーイダ系のシャーム解放機構を主体とする反体制派、トルコの支援を受ける反体制派、米国(有志連合)、そしてイスラエルの攻勢を受け、四面楚歌の状態に苛まれつつある。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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