英国で検出された新型コロナの変異ウイルス 日本への影響は?どの程度恐れるべき?
イギリスの保健相および首相(2020年12月19日記者会見)が、この一か月ほどでイギリス内において、変異した新型コロナウイルスの感染者数が急速に拡大していることを発表しました。この発表は COG-UK Consortium という新型コロナウイルスの変異の監視と検証をしている科学者のグループからの提言を受けたものです。
これらを受けて様々な報道がなされ(BBC(日本語版)、CNN など)、公的機関などからの情報提供や解説記事なども多くでています(CDC(詳細)など)。また多くの国でイギリスとのフライトを取りやめるなどの対策がとられ始めています(CNN)。
まだ不明なことも多く、科学的な検証も十分であるとは言えないものの、この情報により様々な影響もでていることから、現状で判明していることを簡単にまとめてみたいと思います。
変異とはどういうことか
ウイルスにおける変異というのは、ウイルスの設計図である遺伝情報(DNA や RNA に書き込まれている情報)が書き換わることをさしますが、今回の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の変異と言う場合には、新型コロナウイルスの RNA の「文字」が書き換わることを言っています。
RNA上の遺伝情報が書き換わると、そこにコード(記載)されている情報が変わり、その情報をもとに作り出されるタンパク質が変わります。タンパク質が変わると、そのタンパク質が担う様々な機能が変わることがあるのです。
タンパク質の性質が変わることによって、ウイルスの場合には、感染に関わる機能が変わったり、ウイルスの増えやすさが変わったり、治療薬やワクチンが上手く効かなくなったりするという変化が起こりえます。
今回の新型コロナウイルスでは変異はどのぐらい起こっているのか
ウイルスにおける変異というのはウイルスが増えるたびに常に起こってきます。ウイルスが増える際には、自身の遺伝情報をコピーして子孫ウイルスを作りますが、その際に生じる書き写しのエラーにより、変異はかなりの割合で起こってくるのです。ウイルス感染が流行すると、必ず変異は起こってきますので、研究者などは変異に常に注目しています。
新型コロナウイルスにおいては一年の流行で24か所程度のアミノ酸配列の変異が入るという推測もあります。
実際、今年話題になった変異がいくつもすでにあります。新型コロナウイルスの表面に突き出しているスパイクタンパク質(S protein)というタンパク質の 614番目のアミノ酸が アスパラギン酸(D)からグリシン(G)に置き換わった D614G という変異によって、ウイルスの増えやすさと感染のしやすさが増加したという論文も日本を含む国際共同研究として発表されています。この変異をもつものはアメリカなどで大きくひろがりました。A222Vという変異はヨーロッパで夏までに急激に拡大したこともあります。また、RdRp というウイルスのRNAを複製する酵素の変異により治療薬であるレムデシビルが効きにくくなるという変異も報告されています。
このように新型コロナウイルスの流行中にはさまざまな変異がすでに同定されており、それらについても基本的な研究などは随時行われています(Nextstrain というサイトの SARS-CoV-2 Mutations of Interest などによくまとまっています)。
今回の変異したウイルスには後に述べるように多くの変異が速く起こっていますが、これは、免疫不全の患者のなかでウイルスが長く感染を続けたために変異が多く起こった可能性なども言われてはいます。
今回イギリスで報告された変異とは
先に述べた、変異の監視と検証をしているイギリスの科学者のグループ COG-UK の12月20日付のレポートでは、8個の優先的にみるべき変異と、2つの優先的に見るべき変異リニエージが挙げられています。リニエージというのは、変異の起こったウイルスのラインのことです(株をストレイン、変異のリニエージをバリアント、クレードと言ったりなどもします)。
この2つのリニエージのうち、B.1.1.7 (Nextstrain clade 20B、GISAID clade GR、B.1.1.7)というイングランド南部のケント州で12月13日に最初に確認されたものが特に注目されており、イギリスの保健省によって VUI-202012/01 (the first “Variant Under Investigation” in December 2020) と名付けられています。
ニュースで話題になっているのは、このVUI-202012/01 というリニエージです。VUI-202012/01 には N501Y という変異を含む 17個のアミノ酸基の変異が入っている(塩基変異は29)ことがわかっています(GISAID、virological.org)。
変異したウイルスはどのように変化しているのか
変異によってウイルスの「流行への影響」がどの程度でているのか、現状はっきりとはわかっていません。一方で、変異によってウイルスの性質が変わっていることは基礎的な研究によってわかっている部分もあります。
(新型コロナウイルスの基本的なことは、以前に記事を書いています。どんなウイルスで、どのように感染するのか? 新型コロナウイルスのそもそも論)
VUI-202012/01には、スパイクタンパク質の N501Y という変異が含まれていることがわかっていますが、この変異によってヒトの細胞表面にある ACE2 という分子へのくっつきやすさ(親和性)が増加することがわかっています(Science の論文)。
69番目と70番目のアミノ酸がなくなる Δ69-70 という変異では、免疫系から逃れやすくなることもわかっています。
P681H という変異の部分ではスパイクタンパク質の切れやすさが変わる可能性があります。
そのほかの変異についても様々な検証が常になされています。
しかしこれらはあくまでもメカニズムに関する基礎的な研究(試験管内および動物実験)であり、即座にこれらの結果から流行へ影響がでているということは言えません。
一方で、イギリスの科学者グループ(New and Emerging Respiratory Virus Threats Advisory Group)の報告書では、他のリニエージにくらべ、VUI-202012/01 は71% (95%CI: 67%-75%)、ヒト集団内で増えやすいのではないかという推測をしています(イギリス保健省の対策チーム資料にその詳細がある)。これは今までに解析されている様々な変異株などとの解析データにおける検出事例の比較等において、1人の感染者から何人に感染が広がるかを示す実効再生産数(R)を0.39 から 0.93 押し上げているのではないかという推測にもなっています。
しかし、これもあくまでも遺伝子解析を行った部分における疫学データ・統計データによる推測であり、実際にはスーパースプレッダーといって多くの人に感染させた人がこのリニエージに感染していた可能性や、たまたま感染のひろがりが大きかった人たちにこのリニエージが感染していた可能性、大きな流行にこのリニエージが乗っただけの可能性などもあります(対策チーム資料でも関連性を見ているが因果関係の判断はできない、地域間の解析などはできていないなどの解析の限界も示されています)。
人の行動の影響とウイルスの性状の影響をきれいに分けて検討することはとても困難です。ウイルスの性状が変わった「から」よりひろがりやすくなっているとまでは現時点では断言できず、ウイルスの危険性が増していると即断することはできないでしょうけれど、イギリスの専門家は中等度の確信をもっていると表現しており、気に留めておくことは必要でしょう。
変異によってどのような影響があるのか
ウイルスの変異によってでる影響としては以下のようなことが考えられます。
① 感染のひろがりやすさが変わる
② 重症化率や死亡率への影響がでる
③ 検査へ影響する
④ ワクチン・治療薬が効きにくくなる
これらのうち、①・② については十分な疫学的な調査データがまだないと言えますので、今後しっかりと監視をしながら検討していくことが重要です。感染のひろがりやすさについてはイギリスの科学者は中等度の確信をもって増加していると表現していますが、WHOは「ヒトにおけるウイルスの感染性に影響を与える可能性がある」と述べたものの、さらなる実験的な検証が必要であるとしています。重症化するかどうかについては、今回のイギリスでの変異株はもともと重症化リスクの低い若者に多く感染していることもあり(ECDCレポート)、はっきりとしたことは言えず、WHO も現時点で重症化と関連しているようにはみえないとしています。
③ の検査への影響については、変異が起こるということは RNA の情報が書き換わるということですので PCR 検査などへ影響することがあります。実際、スパイクタンパク質をターゲットにした PCR 検査において検出できなかったという事例が先の COG-UK のレポートでも指摘されています。イギリスで使われている Lighthouse 社の PCR 検査キットでは、Δ69-70 があると検出ができなくなったことから、今回の変異株のひろがりなどが検討できました。ただし、スパイクタンパク質をターゲットにした PCR は他国でも一般的ではないため、影響はあまりないと思われます。一方、スパイクタンパク質が大きく変わることで、抗原検査や抗体検査への影響がでてくる可能性は否定できませんが、これもあまり心配する必要はないでしょう。
④ ワクチンや治療薬については、これらの変異によって有効性が下がるということは現状確認されていません。ワクチンの仕組みからは、数か所の変異だけでは大きく効かなくなることはないと思われます。これは、ワクチンの成分に対して身体ではポリクローナルな抗体反応が起こる(たくさんの種類の抗体ができる)ということから考えられることです。ただし今後、検証は必要になると思われます。さらにビオンテック社では、このようなマイナーな変異であれば、6週間程度でワクチンをデザインしなおせると表明もしています。
治療薬についても先に述べたように影響がある場合がありますので、これも検証が必要になります。
日本への影響は、対策はどうすればよいのか
変異によってひろがりやすさや重症化・致死率がどの程度変化するかはわかりませんが、リスクアセスメントを行った上で、変異したウイルスを国内に入れないという対策をとることは重要と言えるかもしれません(国立感染症研究所より第一報はすでにでています)。
イギリスでは多くのコロナウイルス症例からシークエンスといって遺伝情報を解読・解析していますが、アメリカではそれほど充実しておらず、日本ではアメリカよりもさらに少ない数しかシークエンスをしていません。国のアドバイザリーボードからも「関係国との往来のあり方や検査・モニタリングのあり方について適切な対応を速やかにすべきだ」(毎日新聞)との提言がでていますが、シークエンスによるモニタリングの強化(数や割合の充実)と往来の在り方(水際での規制の強化など)は検討・実施されるものと思われます。のちに変異が大した影響がないとわかる可能性もありますが、大きな影響があるとわかったときに対策が後手に回るのを防ぐためにも、素早い対応が必要でしょう。
個人レベルではどういう対策をすればよいか、どの程度恐れればよいのか
現時点で基本的な感染対策は全く変わりません。変異したウイルスであるから、というのではなく、新型コロナウイルス対策はすべて同じで、しっかりとした基本的な予防策をとることが最も重要です。
3密を避ける(換気も含む)、マスクをして距離をとる、咳エチケットを守る、手を洗う、体調不良や症状があるなら外出等を控え受診する。このような対策をしていれば、変異株であろうがなかろうが感染リスクを下げることができます。
まとめ
イギリスおよび周辺国において変異ウイルス(VUI 202012/01)の感染者数の大きな増加がみられており、ウイルスの性質も変化している可能性が否定できません。ただし現時点では感染しやすくなるとか重症化しやすくなるとかいう明確な根拠は特にはありません。今後さらなる検証が必要ですが、過剰に恐れる必要はなく、個人レベルでは基本的な予防策をとって感染しないようにすることが何より重要です。国としてはリスクアセスメントをしっかりとして素早く対策を講じる必要があるでしょう。
変異ウイルスであろうとなかろうと、現状では予防策によって流行を抑えることが何より重要であり、そのためには基本予防策、接触抑制などが重要になります。ワクチンや治療薬の効果が減弱する可能性は全くないわけではありませんが、現時点では大きく懸念する必要はないと思われます。
※ 国立国際医療研究センター病院の忽那 賢志 先生の記事もわかりやすくまとめられているので、合わせてお読みください。イギリスの新型コロナ変異ウイルスは何が問題なのか 忽那賢志
※ イギリス政府や各国のとった対策はなぜ迅速・強力なものであったかについては神戸大学 岩田 健太郎 先生 の 新型コロナのウイルス変異 英国はなぜ強力な対策を取ったのか(読売新聞 yomiDr.)がわかりやすいのでお読みください。
※文中の図は著者作成
参考文献
・COG-UK update on SARS-CoV-2 Spike mutations of special interest
・NERVTAG meeting on SARS-CoV-2 variant under investigation VUI-202012/01
・WHO SARS-CoV-2 Variant – United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland
・CDC Implications of the Emerging SARS-CoV-2 Variant VUI 202012/01
・第19回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(12月22日)
… 特に資料3
・国立感染症研究所 英国における新規変異株(VUI-202012/01)の検出について (第1報)
・イギリス保健省の対策チーム New evidence on VUI-202012/01 and review
of the public health risk assessment
【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】