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がんの3割は「感染症」によって起こる - 原因となる病原体は?発がんを防ぐには?

峰宗太郎医師(病理専門医)・薬剤師・研究者
(写真:アフロ)

 がん(悪性新生物)は日本人の死因の一番大きなものです(厚労省人口動態統計より)。多くのがんは高齢になるにつれて発がんのリスクがあがります。これは主に、細胞に遺伝子の異常が蓄積することや、様々な発がん因子に長期間さらされうること、体の免疫の機能が低下することによると考えられています。

 一部のがんについては先天的なものなどの遺伝子の変異などでも起こることがあり、そういったがんは若い人にも起こりえます。しかし多くのがんは多数の因子が原因となって起こる ものであり、発症までには時間がかかるものが多いのですね。

 一方、比較的若い人でもがんとなるリスクがあり、さらに一部は明確に防ぐことができるものがあります。それが、今回お話しする「感染症による発がん」です。

感染症による発がんとは

 感染症とは、「病原体」が感染することによって起こる病気のことで、風邪やインフルエンザ、今流行している新型コロナウイルス感染症 COVID-19 などを思い浮かべる方が多いと思います。ヒトからヒトへとうつる病気ですね。感染症を引き起こす病原体としては、ウイルス、細菌、真菌(カビの仲間)、寄生虫、プリオン(感染するタンパク質)などがあります。

 感染症は、急性のもの(熱などがでて一週間程度でおさまるものが代表)だけでなく、慢性化して潜伏感染するもの(ヘルペスウイルス、例えば水ぼうそう・帯状疱疹など)、慢性炎症を起こすもの(肝炎ウイルスによるウイルス性肝炎)などがありますが、実はこれらの感染症の中に、明確に発がんのリスクとなるものも含まれているのです。

実に3割程度のがんは感染症がリスクとなる

 実は感染症による発がんは、全世界におけるがん全体のリスクの3割程度までを占めていると考えらえています。

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 がんといえば生活習慣やある意味では「運」という部分もあるように思えるでしょうし、感染症はがんとどうもイメージ的に結びつかないという方も多いでしょう。

 ワクチンで防げるがんがあることをご存じの方もいるかとは思いますが、知らない人にとっては、ワクチンでがんを防ぐ?というのがどういうことかよくわからないかもしれません(がんワクチンというまた別のワクチンもありますがそれはまたいずれ…)。

 世の中には多くの感染症がありますが、その中でいくつかは確実にがんを引き起こすのです。ということは、それらの感染症にかかることを防いだり、治療をしたりすることができればがんを防ぐこともできるということなのですね。

 参考 ●nature genetics の論文The Lancet Global Health の論文The Lancet Global Health の論文 など

発がんのリスク・原因となる病原体とは

 発がんリスクをもつ病原体の代表例はこの図のように複数あります。

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 これらの病原体とがんについて今回は簡単に見ていきたいと思います。

胃癌のリスクとなる ヘリコバクター・ピロリ菌

 胃癌は日本人においては三番目に多くの方が亡くなる 癌の発症部位です(がん情報サービスがん統計)。この胃癌については、多くの方がご存じと思いますが、ヘリコバクター・ピロリ菌(Helicobacter pylori)という細菌がその発症に強くかかわっています。日本人における胃癌のほとんどはピロリ菌が関連しているとわかっています。

 胃は長らく細菌の住めない環境であろうと思われていましたが、ウォーレンとマーシャルという二人の医学者がピロリ菌を発見しました。この功績により二人は2005年にノーベル医学・生理学賞を受賞しています。

 ピロリ菌は、幼いころに身近な人からや、汚染された水などを摂取することで感染します。この菌は、胃酸のある酸性条件下でも増殖する能力があり、持っている毒素などによって胃に慢性的な炎症を引き起こします。引き続く炎症ののちに、胃癌や、MALTリンパ腫という血液のがんが起こるのですね。

 ピロリ菌は除菌することができますので、健康診断等で発見されれば抗生物質の内服によって除菌を図ることで、胃癌のリスクを下げることができるのです。

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上咽頭癌・胃癌・リンパ腫などの原因となる エプスタイン・バー・ウイルス

 ヘルペスウイルスの一種であるエプスタイン・バー・ウイルス(Epstein Barr virus; EBV)というウイルスがあります(筆者が専門として研究しているウイルスです)。このEBV は人口に広くひろがっており、日本人の成人では9割以上の人がすでに感染しています。多くの場合には特に悪さはしませんが、一部の人において、上咽頭癌 (鼻咽頭癌・Nasopharyngeal carcinoma; NPC)、胃癌の一部、悪性リンパ腫という血液の腫瘍などを引き起こすことがあります。

 EBVは一度ヒトに感染すると一生にわたって身体の中に潜伏感染します。がんを発症するのは多くの場合は免疫状態がよくなくなった場合などですが、発がんするかどうかは事前に予測することは一般的には困難です。アフリカなどの地域では子どもにバーキットリンパ腫という血液のがんをよく起こすことが知られていますが、アフリカに多い理由などもいまだに不明です。実はこのEBVによる発がんは比較的アジア人にも多いことも知られています。

 EBVはがんだけではなく、伝染性単核球症という急性感染症や、CAEBVなどの慢性的な病気と関係し、さらには自己免疫疾患の一部とも関係する可能性が言われています。

 EBVに対するワクチンは未だになく、体から完全にウイルスを排除する方法も今のところありません。現在ワクチン開発がすすめられています。

 参考 ●YouTubeヅマの部屋「EBウイルスと免疫機構の攻防

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子宮頸癌など の原因となるヒトパピローマウイルス

 子宮頸癌は、比較的若い女性に引き起こされる癌で、日本においては年間 10,000 人あまりが発症し、2,700 人あまりが亡くなる疾患です(参考●日本産科婦人科学会 子宮頸がんとHPVワクチンに関する正しい理解のために)。病理組織学的には、扁平上皮癌というタイプの癌が発症しますが、この子宮頸部 扁平上皮癌は、そのほとんどがヒトパピローマウイルス(HPV)というウイルスによって引き起こされます。このHPVの発見によりハラルド・ツア・ハウゼン博士が2008年のノーベル医学・生理学賞を受賞しています。

 ヒトパピローマウイルスは100種類以上の型が知られていますが、そのうち13種類ほどが癌を引き起こすハイリスクタイプと呼ばれる型です。特に、16・18型という型が、発癌リスクが高いタイプなのです。

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 ヒトパピローマウイルスは皮膚などにも感染しえるもので、主に性的な接触を含む人との濃厚な接触、また稀には環境などからうつってきます。子宮頸癌に関係するHPVは主に性交渉により感染します

 HPVは子宮頸癌以外にも、肛門癌、外陰癌、陰茎癌、中咽頭癌なども引き起こすことが知られており、がん以外にも尖圭コンジローマや皮膚の「いぼ」などにも関連します。

 このウイルスについては、すでに複数のワクチンが開発され、日本でも定期接種となっています。16・18型をカバーする2価ワクチンと、それに加えて尖圭コンジローマを引き起こす2つのタイプをカバーする4価 ワクチンの2種類です。また、まだ定期接種とはなっていませんが、9種類のウイルス型をカバーする9価も日本では本年、承認されています。

 ワクチンを若いうち、すなわち感染する前に接種することで、これらHPVの感染を防ぐことができ、子宮頸癌、肛門癌、外陰癌、陰茎癌、中咽頭癌などのリスクを大きく下げることができます。実際、子宮頸癌については癌の前段階である前癌病変、実際にまわりの組織に浸潤していく癌である浸潤癌 のいずれもその発症率が下がっていることが大規模な疫学的検討でも示されています(参考●NEJM HPV Vaccination and the Risk of Invasive Cervical Cancer)。さらに、各国からは中咽頭癌などについてもワクチンによる予防の効果が報告されつつあります。

 しかし日本においては、このHPVワクチンの接種が開始されてまもなく、さまざまな症状を訴える副反応が報告・報道され、積極的な勧奨が厚労省によって控えられました。その影響もあり、当初70%程度あった接種率は一気に1%未満にまで落ち込んでいます。これは世界的にみても異常な状況です。その後、世界中からの様々な報告によりワクチンの安全性は確認されており、WHOも複数回にわたって安全宣言を出しています。

 今後は9価ワクチンが定期接種化されることが望まれるとともに、男女ともに接種が開始できるようになることが望まれます(現在日本では女子にのみ承認、世界的には男女ともに接種できるようにする流れとなっています)。HPVワクチンは非常に有用なワクチンであり、HPVを排除できれば、子宮頸癌を撲滅に近い状態にできることも予測されています。

 参考 ●こどもとおとなのワクチンサイト

肝臓癌の原因となるHBV・HCV

 肝臓癌は部位別で日本人の死因の5番目にあたる癌で、肝臓の細胞から生じてくる肝細胞癌というものがそのほとんどを占めます。

 肝臓癌はアルコール摂取などもリスクになりますが、肝炎ウイルスの感染によるウイルス性肝炎もその大きなリスクとなります。

 肝炎ウイルスはA型からE型までが知られていますが、それぞれ全く異なるといってよい別のタイプのウイルスです。これらのウイルスのうち、B・C型の肝炎ウイルスが肝細胞癌のリスクとなります。

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 どちらのウイルスも輸血や性交渉、その他血液を介して感染することがあるウイルスです。B型肝炎ウイルス(HBV)についてはワクチンがあり、これは現在定期接種となっています。C型肝炎ウイルス(HCV)についてはワクチンはありませんが、感染したのちに内服薬でウイルスを体から排除することがかなり期待できる治療法が確立しています。

 輸血などの対策もなされていますし、HBVにはワクチンができ、HCVもよい治療法が開発されたことで、今後は感染者自体が減っていきウイルス肝炎も減っていくことが予測されています。ワクチンを接種可能な方は接種することが望ましいですね。

 参考 ●国立研究開発法人 国立国際医療研究センター 肝炎情報センター 

カポジ肉腫などを起こすHHV-8

 先にEBV を紹介しましたが、実はヘルペスウイルスにはもう一つ、がんを引き起こすものがあります。それが、ヘルペスウイルス8型(Human herpesvirus 8; HHV-8)、別名カポジ肉腫関連ウイルス(Kaposi’s sarcoma-associated herpesvirus; KSHV)というものです。このウイルスは EBV とは異なり、人口にひろく広がっているわけではありません。主に エイズを起こすHIVに感染している人にともに感染したりすることが多いのです。

 引き起こされるがんとしては、カポジ肉腫という血管の細胞からなるがんや、原発性滲出液性リンパ腫 (Primary effusion lymphoma; PEL)という血液のがん、関連する病気としてキャッスルマン病というものがあります。

 このウイルスに対してもワクチンはありません。

 参考 ●Pathology of Kaposi's Sarcoma-Associated Herpesvirus Infection 

白血病を引き起こす HTLV-1

 1980年にヒトでの病原性レトロウイルス (これはエイズを引き起こすHIVウイルスの仲間なのです)としてガロ博士らにより発見されたウイルスで、日本では地域性をもって感染が確認されています。とくに九州地方で多くみられます。

 このウイルスは、母子感染(垂直感染)、性感染(水平感染)、輸血の3つの経路から感染することが知られており、数十年の長期間、体にひそんだのちに、比較的まれにT細胞という細胞が悪性化する白血病を引き起こします。

 母子感染では母乳による感染などへの対策として注意が促されており、輸血に関しても現在は対策がなされていますが、感染はいまだにみられ、特に九州だけでなく東京などの人口の多い地域でも感染者がやや増加していることが知られています。

 このウイルスに対してワクチンはありません。感染が疑われることがあれば、母子感染対策等を行う必要があるのですね。

 参考 ●国立感染症研究所 HTLV−1感染症とは 

胆道癌・膀胱癌の原因となる寄生虫

 肝吸虫、Liver fluke(Clonorchis sinensis)という寄生虫は、アジアに広くみられる寄生虫で、汚染された食事などから感染します。胆道というところに住み着き、長く続く炎症を起こすことで、その後、胆道癌(胆管細胞癌)という癌を引き起こすことが知られています。(参考●CDC)。

 Schistosoma Haematobium という寄生虫は日本語ではビルハルツ住血吸虫といいます。アフリカやインドなどでおもに感染がみられ、膀胱内に寄生虫が住み着くことで炎症を起こし、膀胱に癌 を生じさせます。日本ではこの寄生虫はみられません(参考 ●CDC)。

 このように感染症によって引き起こされるがんはさまざまなものがあるのです。

感染症による発がんの予防にはワクチンが重要 

 感染症による発がんは、基本的にこれらの感染症にかかることを予防することでそのリスクを取り除いたり下げたりすることができます。ではどのようにすればよいのでしょうか。各項目でも簡単にふれましたが、まずは感染を予防することがリスクを下げる最もよい方法となります、そして、それは主にワクチンです。

 

 感染を予防するにはワクチンのあるものはしっかりとワクチンを接種することが重要です。B型肝炎ワクチンとHPVワクチンについては、日本でも定期接種となっていますので、しっかりと若いうちに接種しておくことが何より重要となりますね。

 ピロリ菌は除菌することが可能ですし、HCVも投薬でほぼ排除することが現実的に可能となっています。しかしその他のウイルスなどについては排除することはまだ困難であり、ワクチンを打って感染そのものを予防することが有用なのですね。

がんの予防をしましょう

 今回は感染症による発がんを簡単にお話ししました。

 がんは予防すること(一次予防という考え方)が最も大事な病気であることは間違いありませんが、感染症による発がんの一部は、病原体への感染を予防(一次予防と治療である二次予防)することでリスクをなくしたり低減したりすることができるのですね。

 「免疫力」などというあいまいなものなどをどうこうする(批判記事を書いています)とか、食事だけでどうこうするなどの効果がないようなことをするのではなく、まずは防げるリスクとして、感染症による発がんは考えていく必要があると思います。

 是非正しい知識をもっていただき、防げるがんを防いでいただきたいと思います。

 ※文中の図版はすべて著者作成

医師(病理専門医)・薬剤師・研究者

医師(病理専門医)、薬剤師、博士(医学)。京都大学薬学部、名古屋大学医学部、東京大学大学院医学系研究科卒。国立国際医療研究センター病院、国立感染症研究所等を経て、米国国立研究機関博士研究員。専門は病理学・ウイルス学・免疫学。ワクチンの情報、医療リテラシー、トンデモ医学等の問題をまとめている。

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