イギリスの新型コロナ変異ウイルスは何が問題なのか
ここ数週間、イギリスの南東イングランドで新型コロナウイルス感染症の症例が急増し、疫学調査およびウイルス学的調査が強化されたところ、この地域での症例の大部分が変異した新型コロナウイルスによるものであることが確認されました。
この新しい変異ウイルス(VUI 202012/01)は、新型コロナウイルスがヒトの細胞に侵入する際の接続部位であるスパイク蛋白に複数の変異がみられるのが特徴です。
この変異ウイルスはこれまでの新型コロナウイルスよりも感染性が高く、再生産数(R)を 0.4 以上増加させ、最大 70% 感染性が増加する可能性が示唆されています。
現時点では、この変異ウイルスに感染することで、これまで以上に重症化するという情報はありません。
デンマーク、オランダ、オーストラリア、ベルギーやイタリアで現在までにいくつかの症例が報告されており、今後ヨーロッパ、そして日本への拡大が懸念されます。
ウイルスの変異とは?
変異とは、生物やウイルスの遺伝子情報の変化を指します。
変異が起こると、例えばウイルスが感染しやすくなったり、治療薬が効かなくなったり、ワクチンが利きにくくなったり、というウイルスの性質の変化が起こりえます。
これまでに、抗ウイルス薬であるレムデシビルが効きにくくなった変異を持つウイルスが報告されていますし、現在はウイルス表面にあるスパイク蛋白というタンパク質の614番目のアミノ酸残基がアスパラギン酸(D)からグリシン(G)に置き換わる変異で感染性が増した「G614(D614G)」と呼ばれる新型コロナウイルスが世界で流行するウイルスの主流の株として入れ替わっています。
今回イギリスで新たな変異ウイルスが見つかりました。
9月20日に最初の変異ウイルスが出現
ここ数週間、イギリスでは新型コロナウイルス感染症の症例が急増しています。
特に、南東イングランドで顕著であり、ウイルス学的調査が行われたところ、症例の半分以上が新しい変異ウイルス(VUI 202012/01)によることが分かりました。
2020年12月13日時点で、イギリスでは1,108人がこの変異ウイルスの感染者として確認されており、最も早い症例は2020年9月20日に確認されています。
この変異ウイルスによる感染例は南東イングランドに集中していますが、ウェールズで11月1日以降に採取された4,733例のウイルスの解析では20例がこの変異ウイルスの亜種であることが分かっており、すでにイギリス内で広がっている可能性があります。
さらに、デンマークでは9例、オランダでは1例、またオーストラリアやイタリアでも見つかっており、そしてここ数ヶ月でベルギーで4例が確認されているという報道も出ています。
2020年12月19日、この亜種の増加に対応して、イギリス政府は12月20日から今後数週間にわたってイギリス政府はロンドンとイングランド南東部に20日から外出制限などの厳しい規制をかけることをを発表しています。
また、オランダは2020年12月20日午前6時から2021年1月1日までの間イギリスからの渡航禁止を発表し、ベルギーも2020年12月20日午前0時の時点で24時間イギリスへの飛行機と列車の渡航を停止しました。
イギリスで遺伝子配列が解析されたウイルスのうち10%以上が変異ウイルス
南東イングランドでは、VUI 202012/01変異ウイルスの症例は主に60歳未満の若年層で確認されていますが、イギリスにおける新型コロナ症例全体の増加はこの年齢層における増加に起因していると考えられており、ケント/南東イングランド地域における変異ウイルスの存在と新型コロナの発生率の増加との間に強い関連性があることが数理モデル解析でも示されているとのことです。
過去数週間で、イギリスで新型コロナウイルスの遺伝子配列が解析されたもののうち、変異ウイルスの占める割合が急増しており、現在10%を越えています。
短期間に複数の変異が生じている
新型コロナウイルスは常に変異をしており、これまでのところ、新型コロナウイルスは月に1~2回程度のペースで変異を繰り返してきました。
つまり、現在の新型コロナウイルスの多くは、1月に中国で見つかった新型コロナウイルスとは約20箇所の変異が蓄積されてきている計算になります。
しかし、このVUI 202012/01変異ウイルスは29もの変異が確認されており、これは通常想定されていた変異よりも早い速度で変異が起こったことが示唆されています。
系統樹、というウイルスの家系図のようなものがありますが、これによると、VUI 202012/01変異ウイルスはかなり離れたところに位置しており、中間のウイルスがほとんどないことが分かります。
つまり、VUI 202012/01変異ウイルスはこれまでのウイルスに観察されていなかった、短期間での複数箇所の変異が生じたものと推定されています。
変異ウイルスはどこから来たのか?
変異ウイルスの増加は新型コロナワクチンの接種開始よりも前に観察されていることから、この変異ウイルスがワクチン接種による選択圧によって生じたものではないだろうと考えられています。
また、デンマークにおけるミンク由来の変異ウイルスのように動物由来の可能性もありますが、すでにイギリス政府はこの変異ウイルスと動物との間に明確な疫学的関連性がないことをヨーロッパCDCやWHOに報告をしていることから、その可能性も低そうです。
免疫が極端に弱っている人では新型コロナウイルスは長期間持続感染することがあり、変異ウイルスが生じる可能性が指摘されています。ある1人の新型コロナ患者の中で新型コロナウイルスが長期間持続感染することで、免疫から逃れるために変異したウイルスが生き残り、他のヒトにも広がったという可能性は残されています。
変異ウイルスが広がるとどうなるのか?
この変異ウイルスはこれまでの新型コロナウイルスよりも感染性が高く、再生産数(R)を 0.4 以上増加させ、最大 70% 感染性が増加する可能性が示唆されています。
したがって、この変異ウイルスが拡大することによって、新型コロナウイルス感染症の流行がますます広がることが懸念されます。
それ以外の影響として、この変異ウイルスは、スパイク蛋白という新型コロナウイルスの特徴的な蛋白に変異が起こっていることから、イギリスでは、スパイク蛋白遺伝子を検出するPCR検査でこのウイルスを検出できななった事例が報告されています。
ただし、このスパイク蛋白遺伝子を検出するPCR検査はあまり一般的ではなく、診断に与える影響は大きくなさそうです。
重症度に与える影響についてはまだ情報が少なく、これまでのところ、この変異ウイルスに感染した症例で重症度が高いという証拠は示されていませんが、症例の大部分が重症化リスクの低い60歳未満の人であることから、現時点でははっきりしたことは分かりません。
変異ウイルスはヒトの細胞に結合するスパイク蛋白に関連しており、ウイルスの抗原性を変化させる可能性があります。
スパイク蛋白質が変化すると、新型コロナウイルスに対する抗体の効果が減弱する可能性がありますが、その結果として再感染のリスクの増加やワクチンの有効性の低下に影響を与えるかどうかは現時点では不明です。
ただし、これまでに報告されている別の変異ウイルスが回復者血漿やモノクローナル抗体に対して反応が低下したという事例はこれまでに報告されています。
一度新型コロナウイルスに感染した人が、VUI 202012/01変異ウイルスに再感染するのか、また新型コロナワクチンに影響に与えるのかについても現時点では不明です。
変異ウイルスに対してどのように対応すべきか?
このイギリスにおける変異ウイルスの流行を受けて、
・感染地域への不要な旅行の回避
・検疫体制の強化
・接触者の追跡
など対策を迅速に行う必要があるでしょう。
また、日本国内ではイギリスほど頻繁に新型コロナウイルスの遺伝子配列が調べられているわけではないため、国内における変異ウイルスの広がりを把握するためには、新型コロナウイルス感染症症例から分離されたウイルスの遺伝子配列の解析を強化することも重要です。
※この記事はヨーロッパCDCのTHREAT ASSESSMENT BRIEF「Threat Assessment Brief: Rapid increase of a SARS-CoV-2 variant with multiple spike protein mutations observed in the United Kingdom」を参考に記載しました。