イチロー、松坂大輔両氏との「本気の勝負」が女子野球界にもたらしているもの
2023年11月21日、東京ドームで『高校野球女子選抜vs イチロー選抜 KOBE CHIBEN』のエキシビジョンマッチが行われ、9399人の観衆が見守る中、4対0でKOBE CHIBENが勝利した。
マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクターのイチロー氏が中心となったチームと対戦するこの試合は今年で3回目(一昨年の第1回は神戸で開催、昨年の第2回から東京ドームで開催し松坂大輔氏も参加)。50歳となったイチロー氏は毎回、このイベントのために練習やトレーニングを積み、今回は116球で5安打完封。この3年間で最速となる138キロを計測し、打っては2安打を放った。試合中に笑みはほとんど浮かべず、この日は試合途中に右足を負傷しながらも全力を出し尽くした。
そんなイチロー氏が「本気」で臨むこのイベントの意義はどのようなところにあるのか。高校野球女子選抜の中島梨紗監督(侍ジャパン女子代表監督)や選手に話を聞いた。
中島監督は試合後「1点取りたかったですね」と完封負けに悔しさを滲ませながらも、「高校生が、この舞台があると思って取り組むことが大きなことだと思いますし、これだけのお客さんの前でプレーすることはなかなか無いのでありがたい機会です」と感謝した。
高校卒業以降も野球を続ける選手たちの貴重な経験の場になることに加え、普及や認知の意味でも、今大会がもたらすものは大きいと力を込める。
「今日は好プレーがいくつもありました。こうしたプレーを見てもらうことで “上手いじゃん。高校生でもこんなプレーできるんだ”“女の子でもこんな球を投げるんだ”と1人でも多くの人に知ってもらうことが一番だと思うんです。その機会を作ってくださっているイチローさんには感謝しかありません」
一方で中島監督は試合前日、野球を継続し今後の女子野球の発展の鍵を握る選手たちに「ただの思い出作りにはしない」ということを、特に伝えたという。「何年後かにマドンナジャパン(侍ジャパン女子代表)に入って欲しい」という思いや目標設定の大切さも説いた。
それゆえ選手たちからも先を見据えた言葉が並んだ。
三振の少ないイチロー氏から見逃し三振を奪い「クレメンス(元ヤンキース)より打ちにくかったです」と言わせた堂前凌那(岡山学芸館)は、「まさか三振を取れるとは思っていなかったので一生の思い出になりました」と感激しながらも、「イチローさんから打ち取れた自信を持って、強い気持ちのストレート勝負をして頑張っていきたいです」と力強く語り、観衆から割れんばかりの拍手が送られた。
試合前の大きなイベントであるイチロー氏と松坂氏の打撃練習の時間に、イチロー氏から「打撃に自信ある人いる?」と誘われ、仲間からの後押しもあって打席に入った4番打者の谷川萌季(神戸弘陵)も感慨深く振り返る。
「イチローさんと野球ができることは当たり前のことではありません。忘れられない1日となりました。体の使い方を教わり“こうすれば女子でもホームランや長打が打てる”と教えてくださいました。この場で経験したことを生かしていきたいです」
高校野球の決勝が春は東京ドーム、夏は甲子園となるなど女子高校野球の夢舞台は増えてきているが、この大会はチームの強さにかかわらず誰もが目指せる夢舞台だ。選抜資格は「高校卒業後も野球を続ける3年生選手」となっているため、彼女たちは来年からはまた違ったユニフォームでプレーし、いつかは日の丸を背負って戦うことを夢見る。
そんな選手たちの前に立ちはだかるイチロー氏は「もっと鍛えたい」とヒーローインタビュー中に何度も口にし、将来有望な選手たちと今後も全力でぶつかっていく強い意志を見せた。
イチロー氏の情熱と向上心を肌で感じた選手たちが毎年生まれ、その選手たちが野球界発展の担い手になっていく。その先の未来にどんな光景が広がっていくのか楽しみだ。