2019年高校野球10大ニュース【1】3月/サイン盗みはある? ない?
かつて、二塁走者が捕手のシグナルを盗み、打者に伝えるのは通常の戦術とされた。中学時代に読んだちばあきおの『キャプテン』だったか、主人公の谷口が、二塁塁上で帽子のひさしに触れるシーンをいまでも思い出す。ほかにもたとえば1998年夏、PL学園と横浜の延長17回、歴史的な名勝負を報じた書籍やNHKの特番。三塁ベースコーチを務めた平石洋介(楽天の前監督ですね)が捕手のサインを観察し、声の暗号で球種を伝えたことが、公然と語られている。強豪チームなら、盗まれるのを逆手にとって裏をかくなどの駆け引きもあった。
そのサイン盗みが、フェアプレー精神に反するとして禁止されたのは1999年のセンバツからだ。なんでも96年、世界4地域親善大会で、日本チームがアメリカから抗議を受けたのが発端だとか。大会規則には「走者やベースコーチなどが、捕手のサインを見て打者にコースや球種を伝える行為を禁止する」と記されている。
スクイズのサインを見破るのはOK?
僕は従来、戦術のひとつとしてサイン盗みはありうる、と考えていた。だってそうでしょう。たとえば、スクイズのサインを出すとき。ベンチは、それが相手に見破られるリスクを覚悟の上で、シグナルを送る。相手側がその動き、あるいは気配を読み取ってスクイズを外せば見事な駆け引きといわれるのに、「ベンチではOK。でも、フィールド上でのサイン盗みは"なし"ね」というのが、どうにも腑に落ちなかったのだ。
ただ、ある新聞記事を読んでちょっと考えが変わった。曰く『試合前に相手の映像を分析し、配球の傾向やクセを見破るのは、試験にたとえれば前日までの準備だ。ただ、二塁走者などからの伝達は、いわば試験本番でのカンニング。カンニングでいい点を取っても、実力は身につかない』。確かに、それはそうなのだ。もっともそれだと、老練な監督が相手ベンチのサインを見破ってバッテリーに伝えるのもカンニングになってしまうけれど。
サイン盗みが禁止されてからも、たびたび問題が起きている。2013年夏や、16年センバツで疑わしい行為があったのは、テレビで見ていた方も記憶に新しいだろう。そして……19年3月28日、星稜(石川)と習志野(千葉)のセンバツ2回戦で、またもそれが起きた。試合中星稜・林和成監督が、習志野の二塁走者が紛らわしい動きをしていると審判に確認を求めた。このときの判定はシロだったが、1対3で敗れた試合後、納得のいかない林監督は、習志野の控え室に出向いて、直接抗議したのだ。
ブルペン捕手が"盗む"?
これは私見である。星稜は7回、2死「二塁」から内野のエラーで1対2と勝ち越しを許し、打者走者も「二塁」まで進んだ。するとここで、奥川恭伸のスライダーを山瀬慎之助がパスボールし、走者を三塁に進めてしまった。この走者の生還は許さなかったが、奥川はきわめて制球のいい投手だ。その投球を、長年の女房役・山瀬が捕りきれないというのはふつう考えにくい。サイン盗みが事実かどうかは別として、だ。おそらく、走者を二塁に置いたことでバッテリーが神経質になり、急きょサインを変更したんじゃないか。その呼吸が合わず、サインミスが捕逸につながった……。
林監督が抗議しても、むろん、試合は成立している。翌日には「行きすぎた行動で迷惑をかけた」と高野連に謝罪したが、報道陣にはこう明かしている。
「軽はずみで抗議したわけではなく、高校野球界全体のことを考え、いわなければいけないと思って発言しました」
裏を返せば、禁止されてはいても、サイン盗みが相変わらず横行している、とも読める。元高校球児に聞くと、地域やチームによって「やっていた」「やっていなかった」とくっきり分かれるようだ。ある人は「二塁塁上では、(相手サインが)わからない、というシグナルまでありました。不確実な情報を伝えても、むしろ打者が迷いますから」。ある人は、「まったく考えたこともありませんでした。そこまでしなくても、甲子園で勝てた」。
星稜・林監督が、世間を騒がせたことで学校側から謹慎処分を受けたサイン盗み騒動。今年の夏の地方大会からは、走者やベースコーチが「サインを見ること自体を禁止」したほかに、打者が打席から相手投手の球種を味方ベンチに伝えるのもNGと周知徹底された。だが今年は、かつて日本のサイン盗みを抗議したアメリカの本家・MLBでも、ハイテク機器を駆使したチームぐるみのサイン盗み疑惑が取りざたされている。これはちょっと眉ツバだが、高校野球でも「視力のいい選手をブルペン捕手にし、そこから相手のサインを読んでいる」「外野のボールボーイが、相手内野手が外野手に送るサインを見て球種を伝える」などの声も聞いた。サイン盗みが事実あるとすれば、だ。規制が強化されればされるほど、新たな裏技が生まれるような気がする。となると、永遠のイタチごっこだよなあ。