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新型コロナの感染を防ぐための「リモート会見」で、厳しい追及から逃れるジョンソン英政権

小林恭子ジャーナリスト
英首相官邸では「リモート会見」が行われている(英官邸flickrより)

(新聞通信調査会発行の「メディア展望」3月号の筆者記事に補足しました。)

 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、英国では現在、外出禁止措置が取られている。1日1回は食料や医薬品を入手するため、あるいは運動をするために外に出ることが許されるが、他者との間に2メートルの距離を置く必要がある。

 毎日夕方行われている政府の記者会見は、多数の記者が会見室に集まることで感染につながる可能性があるため、現在は「リモート会見」になっている。会見室にいるのは、中央に立つ閣僚とその両側にいる科学顧問、医療関係者のみ。記者は室内の画面を通して質問をする。

 毎日、4-5人の記者が指名され、閣僚あるいは科学・医療関係者が質問に答える形を取っているが、記者は続けて質問をすることはできない。質問に十分な答えが得られなかった場合でも、「はい、次の人」という流れになる。政府側にとっては、答えにくいことを答えないままに話を進めることができる。十分な答えが得られないので、疑問が深まるという状況が生じている。

毎日の記者会見の様子。中央に閣僚が立つ(英官邸flickrより)
毎日の記者会見の様子。中央に閣僚が立つ(英官邸flickrより)
閣議もリモートで行われている(英官邸flickrより)
閣議もリモートで行われている(英官邸flickrより)

 コロナ危機以前から、政権を率いるボリス・ジョンソン首相には報道機関の厳しい追及を避ける傾向があった。

 政権に批判的な媒体を避け、時には記者を選別し、官邸制作の画像・動画をソーシャルメディアを通じて発信することで報道機関による取材の機会を奪うなど、アメリカのトランプ政権をほうふつとさせる動きが出ていた。

 ジョンソン政権は今、いわば「やりたい放題」の状態にある。英国の念願だった欧州連合(EU)からの離脱を1月末に実現させたことを追い風に、下院ではジョンソン氏が率いる与党・保守党が単独過半数の議席を持つため、どんな法案も通せる強みを持つ。

 昨年12月の総選挙では最大野党・労働党が大敗し、現在党首選の真っ最中(4月4日に、新党首が選出される予定)。離脱に反対してきた残留派の議員や国民を結集する政治勢力はほぼ皆無だ。

 さらに、コロナ危機で国が一つにまとまる必要があるため、野党は政府批判を最小限に抑えている。

 英国の例が日本にとって「他山の石」の役目を果たすことを願って、ジョンソン政権の強引さとメディアとの関係をたどってみたい。

選挙戦なのに、隠れる党首

 

 通常、総選挙の選挙戦では各政党の党首が様々な場所に「顔を出す」ことが重要視される。

 しかし、昨年末の保守党の選挙チームが考えた戦略は「なるべくジョンソン氏を外に出さないこと」。同氏は失言・暴言が多く、これに足を取られては選挙の結果に負の影響を与える懸念があったからだ。

 選挙チームは、ジョンソン氏を各党の党首や幹部が出演する討論番組に出演させないことを選択し、厳しい追及で知られるジャーナリスト、アンドリュー・ニールが司会者となるインタビュー番組(BBC)も避けた。

 また、選挙チームは大衆紙「デイリー・ミラー」の記者を「選挙バス」に同乗させなかった。党首は選挙チームや大手メディアの記者とともに選挙バスに乗って全国を回るのが常だが、ミラー紙が労働党に近く、ジョンソン政権への批判をいとわない新聞であることが選別の理由だったと言われている。

 ジョンソン氏は昨年7月の首相就任時から現在まで、BBCラジオの朝の番組「トゥデー」や、左派系視点で番組を作る公共放送「チャンネル4」の著名ニュース番組「チャンネル4ニュース」に出演していない。チャンネル4で時事番組を統括するドロシー・バーン氏は、一連の番組への出演を避けることで、ジョンソン氏は「説明責任を果たす義務から逃げている」と批判している。

特定の記者を締め出す

 日本の国会記者クラブに相当するのが、英国のロビー記者会だ。議会を取材するための記者証を持つ記者で構成されている。議会内にロビー記者用の部屋が設けられ、官邸広報官が朝晩2回、首相の動向や政府の見解について説明(ブリーフィング)するのが常だった。

 この長年の伝統に、今年1月上旬、ちょっとした異変が起きた。官邸側がブリーフィングの場所を議会内から官邸へと変更したのである。ロビー記者会側への事前の相談はなかった。

 議会詰めの記者にとっては、非常に都合が悪い。議会から官邸までは急ぎ足でも5分はかかり、議会の審議中に出かけた場合、戻ってくるまでに時間がかかる。官邸のブリーフィングや会見では携帯電話の持ち込みが禁止されていることも不都合だった。

 2月上旬には、午後の官邸ブリーフィングのために集まった記者たちに対し、特定の媒体の記者(官邸が招待していた記者)は中に入れるが、ほかの記者(招待していない記者)は入れないと説明。これを受け入れられないとした記者たちが、全員官邸から立ち去る抗議運動を行った。

 のちの官邸の説明によると、ロビー記者会に属する記者の中に「内輪のサークル」があり、今回はそのサークルの記者を呼んで、EU問題についてブリーフィングを行うことを意図したという。しかし、メディア選別の実態が明るみに出た例となった。

官邸が撮影する画像で「メディア外し」

 官邸とメディアの対立が色濃く出たのは、EUからの離脱日(1月31日)の「事件」だった。

 国民にとっても重要なこの日の午後10時、離脱の瞬間からちょうど1時間前に、官邸はジョンソン首相の国民へのメッセージを収めた動画(約3分間)を官邸のツイッターとフェイスブックを通じて公開した。メディア側にも動画を送っており、BBCのニュースサイトは動画内の発言の概要を午後10時以前に報じていた。

 筆者は午後10時少し前、テレビをつけた。ジョンソン氏の動画をテレビで見たいと思ったからだ。ところが、BBCも民放最大手ITVも動画をそのまま放送することはなかった。それぞれの司会者が動画の内容を説明するだけだった。

 BBCの説明によると、首相が国民に重要なメッセージを伝えたいとき、通常は政府とは独立した放送局(例えばBBCやITV)が官邸で代表取材し、これを各放送局や新聞などが共有する形をとる。しかし、今回は官邸スタッフが制作した動画であったために、そのまま放送することがなかったのだという。保守党議員らは「BBCはやっぱり左寄りなのだ、だから動画をそのまま流さなかったのだ」と批判した。

 離脱の瞬間となった午後11時(EUの本拠地ブリュッセルでは同日夜12時)、ジョンソン首相は公には姿を見せなかった。その代わり、官邸内でスタッフや親交の深い報道記者らを呼んで内輪の祝賀会を開いていた。メディアの写真担当者は呼ばれておらず、祝賀会の様子を撮影したのは官邸付きの写真家だった。離脱に先立ち、ジョンソン首相が離脱の法律文書に署名をした際も官邸の写真家がその様子を撮影し、画像を公表した。

 ブリーフィングの場所の変更には、英国の主要30紙の編集長が官邸に抗議の書簡を送った。独立メディアを入れない写真撮影・配信に対しても、「写真編集者ギルド」が抗議している。単に「官邸制作」という文章を画像・動画に付ければ問題が解決するわけではない。政治の現場からメディアが締め出されていることが問題なのである。

 コロナ感染で大騒ぎとなっているものの、政権の中枢で何が起き、それがどのぐらい国民生活に影響するのかを不偏不党の立場から報道する独立メディアの役割が、英国で改めて重要性を増している。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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