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ディズニーのフォックス買収が完了。ハリウッドはこれからどうなる?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ディズニーのCEOボブ・アイガーは、ハリウッドで最もパワフルな人物とされる(写真:ロイター/アフロ)

 ついに、その時が訪れた。ディズニーによるフォックスの大部分の買収が、西海岸時間19日、完了したのである。

 これをもって、これまで6つあったハリウッドのメジャースタジオは、5つになった。ディズニーの北米ボックスオフィス占有率は4割にのぼることになり、すでに業界の王者だったディズニーは、誰もが恐れる大帝国となる。そのパワーバランスは、今後、さまざまな変化を生み出すと考えられる。

 一番に予測できるのは、人員削減。ふたつのスタジオがひとつに収まることで、今後、およそ3,000人が職を失うと予測されている。映画の製作本数も同様で、ディズニーとフォックスが公開する映画は、今までより年間5本から7本ほど減るだろうとの見込みだ。減らされる対象になるのは、もちろん、「アバター」や「X-Men」、「ファンタスティック・フォー」などではない。すでにもつマーベルのキャラクターと一緒に出してきたり、テーマパークのアトラクションやグッズにしたりできるそれらの作品は、ディズニーが最も欲しいものだったからだ。影響をこうむるのは、ディズニーは作らないがフォックスはまだ作ってきた、大人向けの作品である。

 たとえば、ケネス・ブラナーが監督と主演を兼任した「オリエント急行殺人事件」(2017)の続編にあたるリメイク版「ナイル殺人事件」は、この買収完了前に製作が動き出しているが、そうでなかったら難しかったかもしれない。「グレイテスト・ショーマン」(2017)のような、オリジナル(つまり知名度がない)で、そこそこお金のかかる作品も、今からだったとしたら、実現するかどうか微妙だ。「一番困るのは、そういった比較的大型なフォックス映画を主に手がけてきた人々でしょう」と、「Vanity Fair」の記者ニコール・スパーリングは言う。毎年オスカーで大健闘する小粒なアート系が専門のフォックス・サーチライトは、それほど予算がかからないこともあり、そのまま残すだろうが、「フォックスの中でメジャーな作品を作ってきた人は、自分の居場所がなくなるのではと心配しているはず」というのが、彼女の見解だ。

 また、これまでなら劇場公開されていた作品が、最初からストリーミング配信用と位置づけされる可能性もある。ディズニーは、年内にも、自分たちのストリーミングサービス「ディズニー・プラス」を立ち上げる予定で、フォックスのコンテンツを吸収するのも、この買収の目的だった。それでもまだコンテンツを増やし続ける必要はあり、すでにディズニーはストリーミング用のプロジェクトをいくつか計画している。そんな状況下では、たとえば、昨年高い評判を得たフォックスの青春映画「Love, Simon(日本未公開)」のような作品は「今後、ストリーミングに直行するのではないか」と、スパーリングは考える。

アニメにおいてもさらにパワフルに

 そもそも、6つが5つになった時点で、脚本家、監督、プロデューサーにとっては、企画を持ち込む先が減り、やりづらくなる。今ですら、大人のドラマやロマンチックコメディなど、スタジオが作りたがらなくなった作品はNetflixに持ち込まれているのだが、今後、さらにその傾向は強まるかもしれない。NetflixはNetflixで、ディズニー・プラスや、ワーナー、アップルがそれぞれに立ち上げようとしている彼ら独自のストリーミングサービスに対抗すべく、今まで以上にオリジナルコンテンツ製作に力を入れているところなのだ。

 今でもNetflix、Amazon Prime Video、Hulu、HBO Nowなどがあるところへ、いよいよ本格的なストリーミング戦争がやってくると、家計との兼ね合いを考える消費者は、選択を迫られることになる。そこにおいても、ディズニーとピクサーのアニメ、「スター・ウォーズ」にマーベルのスーパーヒーローが揃うディズニーは、有利だ。子供のいる家庭は、子供が見たがる作品のあるサービスを優先的に残すものである。

フォックスチャンネルの人気アニメ番組「ザ・シンプソンズ」も、ディズニー傘下に入った(Fox)
フォックスチャンネルの人気アニメ番組「ザ・シンプソンズ」も、ディズニー傘下に入った(Fox)

 それに対応すべく、Netflixは、現在、アニメ製作に非常に力を入れ始めた。だが、今回の買収で、ディズニーは、すでに充実のアニメラインナップを、さらに広げているのである。今回、ディズニーの手元に渡ったのは、「アイス・エイジ」をはじめとするブルースカイ・スタジオズの作品や、「ザ・シンプソンズ」など。いずれも、日本ではそれほど人気がないものの、アメリカほか世界各国で絶大に愛されるキャラクターだ。ユニバーサルは「ミニオンズ」などのイルミネーション・エンターテインメントを抱えているし、ソニーもつい最近「スパイダーマン:スパイダーバース」でオスカーを取ったばかりだが、アニメと言えばディズニーというイメージがこれからますます強まることは、間違いないだろう。

興行主にも影響は及ぶか

 この買収は、映画をかける劇場主にも無関係ではない。彼らの今後の収益も左右しかねない出来事なのだ。

 ハリウッドのスタジオと劇場主は、昔から、映画のチケットの売り上げを分かち合ってきている。だが、過去にもディズニーは、「スター・ウォーズ」や「アベンジャーズ」など大ヒットが約束されている映画で、通常より多い割合を要求してきた。映画館はチケットよりも売店の売り上げからより高い利益率を得ているのは事実であり、客が入ればポップコーンが売れて儲かるだろうというスタジオの言い分は、一理ある。それでも、大ヒット作のほとんどをディズニーが扱うようになることで、今後、それが標準になってしまうことを懸念する声が聞かれる。

 一方では、分け前が減っても、彼らの強力なマーケティングパワーで興行成績自体が上がるのならみんなが儲かるという考え方もある。投資銀行B・ライリー・FBRのアナリスト、エリック・ウォールドは、「L.A. Times」に対し、「10億ドル売り上げる映画でスタジオに65%を取られるのと、1億ドル売り上げる映画で50%を取られるのと、どちらがいいかは明白のはず」と述べている。

ほかにも統合は進むのか

 近年、アメリカでは、アメリカンとUSエアウェイズ、ユナイテッドとコンチネンタル、デルタとノースウエストなど、エアラインの統合が相次いだ。ひとつが大きくなると、競争力をつけるべく、ほかもくっつきあった結果である。ディズニーとフォックスが合併した今、映画界でも似たようなことが起こる可能性はあると、多くは見る。

 とくに話題に上るのは、パラマウント、ソニー・ピクチャーズ、ライオンズゲートあたりだ。パラマウントは系列のテレビ局CBSと合併する話があるが、「それでもまだ小さすぎるので、そのふたつが合併した後、別の会社が買収することは考えられますね」と、「Wall Street Journal」のテレビ業界記者ジョー・フリント。そうならなかった場合、「グループ内の会社がばら売りされて、別々のところに落ち着くこともありえなくはない」とも、フリントは言う。

 万一そんなことが起きれば、スタジオの数は、さらに減ってしまう。だが、そのかたわらでは、Netflixが、ますます映画スタジオの様相を強めてきてもいる。なにかと摩擦を起こしまくっているNetflixは、今年1月、アメリカ映画協会(MPAA)にも加盟しているのだ。「6つあったスタジオが5つになったというのは違うと思いますね。6つ目がNetflixになっただけですよ」と、「L.A. Times」のテレビ業界記者メグ・ジェームズは言う。

 それは本当なのだろうか。だとしたら、ストリーミングの王者の参入で、今後、映画界はどうなるのか。業界の未来図を、今は誰も描けない状態だ。ハリウッドはまさに激動の時代を迎えているのである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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