Yahoo!ニュース

夏休みの自由研究におススメ! 『走れメロス』の友情の走りを科学的に考えると……!?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。

マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。

さて、今回の研究レポートは……。

夏休みも終わるけど、自由研究がまだ……と悩んでいる人もいるかもしれない。

そこで、筆者おススメの題材をお伝えしよう。

それは、太宰治の名作『走れメロス』だ。これを研究すると、ヒジョ~に面白い。

『走れメロス』はこんなお話である。

妹の結婚式の準備のために、十里離れたシラクスの街にやってきたメロスは、恐ろしい話を聞いた。

国王が、自分を裏切るかも……と疑って、親族や家臣を次々に処刑しているというのだ。

怒ったメロスは、王を倒そうと城へ行くが、捕まってしまう。

メロスは死を覚悟するが、妹の結婚式だけは挙げてやりたかった。

そこで「処刑までに三日の日限を与えてください」と頼み、親友のセリヌンティウスを人質にすると申し出る。

王は「三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代わりを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ」と言う。メロスが自分の命を惜しみ、親友を身代わりにしようとしている、と思ったのだ。

メロスは村へ帰って結婚式を済ませると、3日目の朝、村を発った。

前日の雨で氾濫した川を泳ぎ切り、山賊の包囲網を突破し、疲労で一度は心が折れそうになりながらも、走りに走ったメロスは、ついに刻限の日没に間に合う。

メロスとセリヌンティウスの友情に感動した王は、自分も仲間にしてほしいと申し出るのだった。

――友情と信頼の美しさを描いた感動の物語だ。

しかし、この物語を科学的に考えると、メロスの走りの実態が見えてきて、ヒジョ~に興味深い研究になる。

◆意外と時間に余裕があった?

まず、物語の舞台を確認しておこう。

シラクスは、イタリアのシチリア島に実在する都市だ。また物語の描写から、季節は夏だったと思われる。

シチリア島のある地中海は「太陽がいっぱい」というイメージだが、意外に北に位置している。シラクスの北緯は37度で、福島県いわき市や、新潟県上越市とほぼ同じ。緯度が高いほど昼間は長くなるから、メロスにとってはいい条件だ。

メロスが出発したのは、3日目の「薄明の頃」。

薄明とは「日の出の1時間前の空が白む時刻」を指す。

7月末、北緯37度地点の日の出は午前4時30分だから、薄明は午前3時30分。そして、刻限の日没は午後7時過ぎなので、薄明からは15時間30分もある。

メロスはこの時間に、村からシラクスまでの十里=40kmを走り切ればよい。

40kmを15時間30分で走破するとしたら、平均スピードは時速2.6km。

人間が普通に歩く速度は時速3~4kmだから、ぶらぶら歩きでも間に合うだろう。意外に余裕の行程だったことになる。

ところが、後半メロスは血を吐きながら走り、日没にギリギリで間に合った。

15時間半もあったのに、いったいなぜそんなことになったのか……?

◆メロスは何をしていたか?

3日間のメロスの行動を確認しよう。

1日目。前夜にシラクスを発ったメロスは、午前中に村に着いた。

その足で妹のところへ行き「シラクスに用事を残してきたので、結婚式は明日やろう」と提案する。

いったん夜まで眠り、今度は花婿の家へ行って「結婚式を明日にしてくれ」と頼むが、花婿さんにしてみれば急な話である。「まだ準備が整わない」と言って、なかなか承諾しない。

結局、メロスは花婿を説得するのに夜明けまでかかってしまった。

2日目、結婚式は真昼に始まった。

朝から準備にかかったとすれば、明け方まで花婿を説得していたメロスは2~3時間しか寝ていなかったことになる。

祝宴は、夜に入っていよいよ盛り上がる。メロスは翌日に備えて眠りに就くが、寝たのが12時だとすると、起床は薄明の午前3時30分だから、睡眠時間は3時間半。

つまり彼は、2日連続で寝不足だったわけである。

いよいよ3日目、薄明に目覚めたメロスは、雨中を矢のごとく走り出る。

日が高く昇る頃、余裕を取り戻したメロスは、本当に歌など歌いながらぶらぶら歩き始めるが、里程の半分ほどまできたところで、予想外の事態が訪れる。

前夜からの雨で川が氾濫していたのだ。

なんとか濁流を泳ぎ切ったメロスに、新たな障害が立ちはだかる。

山賊が現れたのだ。メロスは棍棒を奪って3人を殴り倒し、残る者のひるむ隙に峠を駆け下る。

障害はそれだけではなかった。

灼熱の太陽に照らされ、めまいを起こしたメロスは、ついに立てなくなる。

典型的な熱中症だ。

メロスは気を失い、しばらくまどろむが、湧き水を飲んで再び走り始める。熱中症には水分の補給が不可欠だから、科学的にもナットクである。

――こうして、いよいよラストスパートに至る。

◆太陽の10倍も速く走った!

メロスの最後の走りは、壮絶であった。

「路行く人を押しのけ、跳ねとばし、メロスは黒い風のように走った。」

「犬を蹴とばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。」

「メロスは、いまは、ほとんど全裸体であった。呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た。」

いずれもすごい走りを表現しているが、なかでもすごいのは「少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った」である。

これは科学的にもモーレツに気になる表現だ。いったいどれほどのスピードだったのか?

太陽が東から西へ動くのは、地球が西から東へ自転しているからだ。

北緯37度地点は、時速1300kmで西から東へ動いている。

「太陽の10倍も速く」とは、言葉どおりに受け取れば、時速1300kmの10倍、すなわち時速1万3千km=マッハ11! メチャクチャ速いっ!

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

本当にこの速度で走ったら大変なことになる。

「路行く人を押しのけ、跳ねとばし」とあるが、気の毒にその人は、時速1万6千kmで宙を舞い、1600kmの彼方に落下するだろう。もし東京から跳ねとばされたら、落下点は沖縄の久米島だ。

さらに残酷なのは「犬を蹴とばし」で、この犬は時速2万7千kmで蹴とばされ、1万2千kmの彼方に落下する。東京から南へ蹴られた場合の落下点は、太平洋を越え、オーストラリア大陸を越え、なんと南極大陸! キャイ~ン。

もちろん、マッハ11などで走ったら、メロスも無事ではすまない。

380tの空気抵抗を受け、服が破れ、呼吸もできず、内臓も破裂して血を吐き……という事態が予想されるが、ややっ、作中の描写を振り返ると「メロスは、いまは、ほとんど全裸体であった。呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た」。

さすが文豪・太宰治先生である。科学的にもナットクの描写をなされていたとは……。

かくもオドロキの結論が得られる『走れメロス』の自由研究である。

たいへん面白くて、筆者だったら大喜びするけど、このまま学校に提出すると「そんなワケあるかー」と叱られるかもしれません。

……やっぱりおススメはできんかな。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

柳田理科雄の最近の記事