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「わが国の支援は世界で最も手厚い」安倍首相の説明はホント? コロナ緊急事態を全国に拡大

木村正人在英国際ジャーナリスト
緊急事態宣言を全国に広げた安倍首相(右から2人目、首相官邸HPより)

GWの人の移動を最小化

[ロンドン発]新型コロナウイルスの大流行に対応するため、安倍晋三首相は16日夜、首相官邸で対策本部を開き、4月7日に特別措置法に基づいて宣言した緊急事態措置の対象区域を首都圏や大阪などの7都府県から全国に拡大すると表明しました。

安倍首相の発言からポイントを拾っておきましょう。

・緊急事態措置の実施区域を7都府県から全国に拡大。実施期間は5月6日まで。

・北海道、茨城、石川、岐阜、愛知、京都の6道府県は7都府県と同程度に蔓延が進む。「特定警戒都道府県」と位置づけ。

・それ以外の県でも都市部からの人の移動でクラスター(感染者の集団)が発生、感染拡大の傾向。

・地域の流行を抑制。特にゴールデンウィークの人の移動を最小化するため対象区域を全国に拡大。

・不要不急の帰省や旅行は避ける。観光施設は入場制限を。

・最低7割、極力8割の接触削減を実現。

・収入が著しく減少した世帯に対する30万円給付を国民1人当たり10万円給付に代える方向で再検討。

医療崩壊寸前、防護具は不足

背景には新型コロナウイルス感染者の入院が増え、医療機関が逼迫していることがあります。新型コロナウイルス対策ダッシュボードを見ると対策病床数を患者数が上回り、真っ黒になっている都府県が増えていることが一目瞭然です。

新型コロナウイルス対策ダッシュボードより
新型コロナウイルス対策ダッシュボードより

日本はPCR検査のキャパシティーに限界があり、実際に感染がどれぐらい広がっているのか全く把握できていません。しかも医療機関ではフェイスシールドやゴーグル、N95マスク、防護服、手袋が不足し、院内感染が全国で広がっています。

日本は人口1000人当たりの病床数は13.4床(2012年当時)と先進国の中で断トツに多いものの、集中治療室(ICU)病床数では10万人当たり7.3床とアメリカの34.7床、ドイツの29.2床、イタリアの12.5床、フランスの11.6床、スペインの9.7床と比べて多いわけではありません。

諮問委員会の尾身茂会長は(1)感染者の累計(2)倍になるのにかかった時間(3)感染経路が分からない症例の割合――の3つを考慮したと説明しましたが、検査不足のため実態を反映していない数字をもとに正確な判断ができるのでしょうか。

このまま感染者が増え続けるとICU病床や人工呼吸器が足りなくなり、助けられるはずの患者まで死んでしまう医療崩壊が起きるという強い危機感が安倍首相や対策本部にあったのは間違いないと筆者は思います。

感染症対策と経済は完全なトレードオフ

感染症対策を強化すれば致命的な影響が経済には出ます。欧州連合(EU)からの離脱で景気減速が懸念されていたイギリスはコロナの影響で今年4~6月期の実質国内総生産(GDP)はマイナス35%、失業者は200万人超も増えるという予測が英予算責任局(OBR)から出たばかり。

英シンクタンク、レゾリューション財団は16日、新型コロナウイルスに対する英政府の経済財政政策を分析した報告書を発表しました。世界187カ国で1億人の死者を出したとも言われる1918~19年のスペインかぜではGDPは最大で6~13%も縮小しました。

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レゾリューション財団は都市封鎖(ロックダウン)が3カ月続いた場合、GDPは10%縮小。6カ月、12カ月続いた場合はそれぞれ20%、24%もGDPが縮小すると予測しています。不動産売買は3月初めから70%も縮小し、余暇活動施設の利用も82%減りました。

3カ月シナリオでは今年の第3四半期に経済はV字回復し、2025年までにGDPは3%縮小。しかし6~12カ月シナリオでは実質GDPが元通りに回復するのに2~5年要し、GDPは長期的に5~7%も失われてしまいます。

雇用も3カ月シナリオなら今年8%、12カ月シナリオなら17%も失われます。業者は3カ月シナリオで200万人、6カ月シナリオで500万人、12カ月シナリオで700万人を超えると予測されています。

このため低所得層向け包括的福祉手当ユニバーサル・クレジットの申請は前年に比べ600%も増えました。休業を余儀なくされる労働者の5分の4はユニバーサル・クレジットよりむしろ政府の雇用維持スキームを申請するとみられています。

事業主の52%が休業に伴う雇用継続スキームを利用し従業員の給与を補償することを計画。都市封鎖に伴う休業で従業員給与の8割を英政府が肩代わり。小売事業者が申請すれば1週間以内に1社当たり1万~2万5000ポンド(135万~338万円)の助成金を給付します。

英政府はGDPの2割に当たる4000億ポンド(約53兆9600億円)の対策を発表。レゾリューション財団の試算では3カ月シナリオでGDPの11%、6カ月シナリオで22%、12カ月シナリオで38%の借り入れ(ネット)が必要になるそうです。

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上のグラフを見れば、新型コロナウイルス・パンデミックは英政府にとって2つの世界大戦に匹敵する非常事態として受け止められていることが分かります。しかし、まだ感染被害が小さい日本からはその覚悟は感じられません。

安倍首相「わが国の支援は世界でも最も手厚い」

安倍首相は13日、自民党の役員会で「さまざまな支援を用意したが、補正予算案の成立を急ぐことで準備を加速させたい。休業に対して補償を行っている国は世界に例がなく、わが国の支援は世界で最も手厚い」と強調しました。

15日には緊急経済対策で実質GDPが最大3.8%程度押し上げられるとの試算を明らかにしました。収入減少世帯への30万円給付、売り上げ急減の中堅・中小企業に最大200万円、個人事業主に最大100万円の現金給付など事業規模はGDPの2割に当たる108兆2000億円です。

しかし、これはかなり嵩(かさ)上げされた数字のようです。第一生命経済研究所の分析では新規追加分は約19兆円(GDPの3.5%)に過ぎないと指摘しています。

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レゾルーション財団の評価はもっと低く、ドイツやイギリスには遠く及びません。安倍首相の発言を鵜呑みにすることはできません。しかし筆者はレゾルーション財団の評価が間違っていることを祈りたい気持ちになりました。

追記:

レゾルーション財団の報告書の改訂版
レゾルーション財団の報告書の改訂版

あまりに少なすぎるので問い合わせると、報告書を作成したリチャード・ヒューズ氏が改訂した最新版のグラフを送ってきてくれました。これでドイツやイタリアに次ぐパッケージになりました。あとはいかに円滑に実行するかです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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