伊藤沙莉も悩んだ寅子の穂高(小林薫)への複雑な心情。「虎に翼」 ”雨垂れ石を穿つ”の流れを振り返る
「根底にある先生への愛と敬意が怒りとして表れたと捉えていただけたらうれしい」
寅子(伊藤沙莉)の怒りがわからない。
大人気の朝ドラこと連続テレビ小説「虎に翼」(NHK)がざわついた。
第14週、第69回、寅子は、恩師・穂高(小林薫)の退任祝賀会で花束を渡す役割を担っていたが、穂高の挨拶に苛立って、花も渡さず会場を飛び出してしまう。
心配して追いかけてきた穂高に寅子は「あの日のことをゆるしていない」「納得できない花束は渡さない」と言い放つ。
「先生に雨だれの一滴なんて言ってほしくない」「女子部の我々に雨だれになることを強いて、歴史にも記録にも残らない雨だれを無数に生み出した」とも。
すっかり老いた(体調も悪いらしい)穂高に容赦なく、ポンポンきついことを投げつける寅子の態度はいかがなものかと、SNSで疑問の声でもちきりだった。
この場面に関して、伊藤沙莉も悩んだという。
「演じるにあたっては、なぜ寅子は穂高にここまで怒るんだろう? と悩みました。その気持ちを監督に話したら『表現としては怒りかもしれないけれど、ここは寅子から穂高に愛情を伝えるシーン。ここで 二人は、ただの仕事相手や師弟関係じゃできないけんかをしている。もはや、ある種の親子げんかで あって、これは大いなる愛なんです!』と。そうした視点で脚本を読み返したら、ふに落ちたんです。
きっと寅子は、穂高先生の挨拶を聞いて『今までやってきたことすべてが雨垂れの一滴(ひとしずく)だと言うの? すごいことを成し遂げた先生を尊敬していたのに、そんな後ろ向きなことを言わないでよ!』と感じたんですよね。怒っているときって、根底にあるくやしい気持ちや悲しみ、恥ずかしさなどが怒りとして表れているんだと思うんです。ここでも寅子の声色や温度感は怒りに見えますが、根底にある先生への愛と敬意が怒りとして表れたと捉えていただけたらうれしいです」
「もう最後だからいいや! と見逃がさないのが寅子ですし、それが彼女の愛なんです(笑)。まぁいっか! で、その人との関係性を終わらせたり諦めたりしない。寅子は絶対に、相手に気持ちを届けることを諦めず、関わり続けていく人なんですよ。かつて懐かしき兄が、『思ってることは口にだしていかないとね。うん、その方がいい!』(第15話、4月19日放送)と言っていましたが、寅子もそのマインドを持っているんだなと思いましたね」
そして、第70回。穂高が寅子に謝罪に来て、ふたりは笑顔で和解。演出家(第14週はチーフ・梛川善郎が担当している)の言うように親子げんかの終わりのような幕引きとなった。年上の人に謝罪してもらって持ち上げてもらうというのも、平等精神の表れかもしれない。これで視聴者も納得したかはさておき――
ところで「あの日」とは?「雨垂れ」とは?
寅子を苛立たせた「あの日」「雨垂れ」について、念のため、復習しておこう。穂高の語る「雨垂れ石を穿つ」の初出は第6週「女の執念、岩をも通す?」第26回だった。
寅子は女学校のとき、穂高にすすめられ、女子部に進学し、法律を学びはじめた。その頃、国は女性の登用を図っていたので、女性を法学部に入学させる気運が高まっていたのだ。その流れに乗った寅子は女子部から法学部に進学し、やる気満々で弁護士を目指す。でもそこには大きな壁がそそり立っていた。
状況が変わって、女子部の新入生の募集が終了することになった。ショックを受ける寅子たちに、穂高は「雨垂れ石を穿つ」と語りかける。そして、寅子たちが合格したら、募集を再開するように学長に話をつけてくれた。このとき、「雨垂れ」は悪い意味ではなかったのだが……。
そして、第8週第38回、寅子は法学部を卒業し、弁護士事務所に就職。結婚し妊娠もする。仕事との両立はきついが、女性初の弁護士として、女性の社会進出のために必死で働いていたところ、穂高は、いまは休んで出産と育児に集中したほうがいいと助言。そのとき、穂高は「雨垂れ石を穿つだよ」と再び言う。だが、寅子は、未来のことなど言っていない「私はいま、私の話をしているんです」と「いま」が大事なのだと反論。穂高との考え方の違いに心が折れて、弁護士事務所を辞めてしまった。
穂高は、いま成果が出なくても、少しずつ未来のためにアクションしていく意味合いで「雨垂れ」と言っているのだが、寅子はがんばってきた自分たちを「雨垂れ」とされることが悔しくてならない。
あれから何年も経って、法曹界に復帰し判事にもなって活躍している寅子だが、穂高に言われたことを忘れていなかった。
第14週、第69回。祝賀会の日、穂高は、旧民法に異を唱え、御婦人たちや弱きもののために仕事をしてきたつもりだったが、足りていなかったかもしれないと。結局自身は「雨垂れ」の一雫に過ぎなかったと挨拶をしているのを聞いて、寅子は、自分たち女性を雨だれにしたうえ、いま、何も成果が出ていないみたいなことを言うことを悔しく思ったようだ。
穂高は単に理想が高く、もっともっと良くなるだろうが、自分はここまでしかできなかったと謙虚なだけなのではないかと思うが、寅子はここまでよくやったと、穂高に認めてほしかったのではないだろうか。彼女だけでなく、志半ばで諦めていった女性たちのことを演説で振り返ってほしかったのかもしれない。
「雨垂れ」の話は、ひと言では片付かない、何度も噛み締めたいエピソードである。
さて。ほかに、伊藤さんは第12、13週も振り返っている。
よね (土居志央梨)や轟(戸塚純貴)と再会について
「寅子としては、二人と再会できてすごくうれしかったです。それと同時に、失った信頼をどう取り戻していくかという試練もあって。やっぱり彼女は、何においても女子部の存在が軸にありますし、特に よねさんは一番の戦友でしたので。だから、来るなと言われても何度も会いに行くんですよね。演じている私ですら、もうやめたら!?と思うくらい。よねさんは彼女のなかで大きな存在ですし、どこかでつながっていると信じているから、寅子は諦めきれないんですよね」
第12週で演じていて印象深かったシーン
「戦争孤児たちがたたずんでいる道を歩くシーンはよく覚えています。道男を探している場面だったので止まらずに歩かなければいけなかったのですが、子どもたちがどんな思いでそこにいるんだろうと考えたら、立ち止まらずにはいられなくて。トラちゃんではなく私個人として、通り過ぎることが冷たいと感じてしまったんですよね。でもそれは表面上の優しさで、私自身の甘さだなって。もしこれが現実の世界だったら、立ち止まって何かするよりも、もっと広い視野でこの子たちを助ける解決方法を探らなきゃいけないと思うので。撮影中はそんなことを考えながら、もがいていました」
第12週の終わり、はる(石田ゆり子)の死について
「ここは特に、花江(森田望智)のありがたみを感じましたね。一緒に泣いて、母を弔ってくれる親友が家族としていてくれる。それがこんなにありがたいことだったんだと、寅子は母の死をもって実感したんだと思います。撮影では、望智の存在がすごく支えになりました。日記を燃やすシーンでは、炎に日記をくべるお芝居をしなきゃいけないのに、なかなかできなくて。もし私一人だったら、どうなっていたんだろう。望智に感謝です」
第65回、「モン・パパ」を歌うシーンについて
「『きっと家裁で働く私を、夫も褒めてくれると思います』と、改めて優三さん(仲野太賀)に思いをはせるんですよね。寅子の心には常に優三さんがいるということを表現できたことも含めて、このシーンには思い入れがあります。第10週の第48回(6月5日放送)で、優三さんの幻影が寅子に“何かに無我夢中になっているときのトラちゃんの顔が大好き”と語りかけるシーンがありましたが、そこからここにつながっている流れがすごく好きなんですよ。優三さん亡き今、彼に対してできることが“何かに一生懸命になること”だとしたら、このとき日々の充実を感じているからこそ、再び優三さんを思い出したというか。そして寅子が歌っているときは、周りにいるみんなが泣きそうになっているんですよね。激動の時代、それぞれに人生があり、いろんな葛藤と戦ってきて今がある。全員がそんな顔をしていて、ぐっときました」
総集編 前編 が7月6日に放送
【放送予定】 7月6日(土)総合・BSP4K 午後4時35分~午後6時(1時間25分)
連続テレビ小説「虎に翼」の第1週から第13週までの総集編。
連続テレビ小説「虎に翼」
総合 (月~土) 午前8時 [再]午後0時45分 ※土曜日は1週間を振り返りBS BSP4K (月~金) 午前7時30分
【 作 】 吉田恵里香
【音楽】 森優太
【主題歌】 米津玄師「さよーならまたいつか!」
【語り】 尾野真千子
【キャスト】 伊藤沙莉 石田ゆり子 岡部たかし 仲野太賀 森田望智 土居志央梨 桜井ユキ 平岩 紙 岩田剛典 戸塚純貴 沢村一樹 滝藤賢一 松山ケンイチ 小林 薫
【法律考証】 村上一博
【制作統括】 尾崎裕和
【プロデューサー】 石澤かおる 舟橋哲男 徳田祥子
【取材】 清永聡
【演出】 梛川善郎 安藤大佑 橋本万葉 ほか