世界100億突破でシン・ゴジラ超え。「ゴジラ ー1.0」の快挙は日本の実写作品復活の狼煙になるか。
ゴジラ生誕70周年記念映画として公開された映画「ゴジラ-1.0」が、次々に快挙を成し遂げています。
「ゴジラ-1.0」が日本で公開されたのは、もう1ヶ月半以上前の11月3日のことですが、コアなゴジラファンを中心に、CGのクオリティの高さや、「泣ける」ゴジラとして話題を集めていました。
それが、12月1日に米国で公開されると、日本以上に大きな反響で、わずか5日で34年ぶりに米国における邦画実写作品の全米興収の歴代1位の記録を更新。
さらには、そのままの勢いで、19日にはイギリスとアイルランドでも邦画実写作品の歴代1位更新が報じられ、21日には全世界興収100億円を突破したことが報告されています。
参考:「ゴジラ-1.0」米アカデミー賞視覚効果賞で日本映画初ショートリスト入り、世界興収100億突破
今回の「ゴジラ ー1.0」の快挙は、日本の実写映画や実写ドラマの可能性を大きく切り開いたのは間違いありません。
その快挙のポイントをご紹介したいと思います。
「シン・ゴジラ」の快挙を超える快挙に
まず、今回の映画が「シン・ゴジラ」が積み上げた大きな壁に挑み、それを超えようとしている意義は非常に大きいと言えるでしょう。
「シン・ゴジラ」は2016年に公開され、国内の興行収入が82.5億円と、これまでの国内のゴジラ映画の歴史を大きく塗り替えた作品です。
今回の「ゴジラ ー1.0」は、あれから7年の期間を空けて公開される久しぶりの国内のゴジラ映画として、国内外から大きな注目を集めていました。
結果的に、国内の興行収入は、初週のスタートダッシュこそ「シン・ゴジラ」の記録を超えたものの、2週目からはクチコミで興行収入が加速した「シン・ゴジラ」のペースには届かず、現時点で45億円ぐらいと想定されます。
しかし、「シン・ゴジラ」は、米国での興行収入は200万ドル(約3億円)に留まったため、19日時点で3605万ドル(約51億円)を突破している「ゴジラー1.0」は、日米合算の興行収入では「シン・ゴジラ」を超える快挙を成し遂げたことになるわけです。
実際に、エンタメ社会学者の中山淳雄氏の作成されたグラフを見ると、「ゴジラ ー1.0」の米国における興行収入の推移が、日本の「ゴジラ ー1.0」はもちろん「シン・ゴジラ」の興行収入の伸びをも上回って推移しているのが良く分かります。
参考:『ゴジラ-1.0』邦画実写“米国歴代1位”の衝撃 70周年目に開花
この快挙が達成できた背景には、東宝がこの70年間積み上げてきたゴジラの歴史や、関係者のさまざまな努力が貢献しているようです。
ハリウッドの「ゴジラ」で、米国でもファンが拡大
特にやはり大きいのは、ハリウッドにおいてゴジラの映画シリーズが安定して公開されるようになったことでしょう。
2014年からはじまった「モンスター・ヴァース」シリーズは、すでに4作が公開。
ゴジラが登場した作品はどの作品も3億ドル〜5億ドルを超える大ヒットになっており、2024年にも最新作の公開が予定されています。
米国においては、「ゴジラ ー1.0」もこのシリーズのスピンオフ的に受け止められている側面もあるようです。
さらに、今回の米国における配給会社が「TOHO INTERNATIONAL」という東宝の米国子会社である点もポイントの模様。東宝が米国で自ら配給を行うべく、組織を整えていたことも今回の成功に大きく影響したようです。
参考:「ゴジラ −1.0」米国快進撃はラッキーでない ヒット生み出した東宝の国際戦略
また、ハリウッドのストライキの影響で、年末公開予定の大作映画の公開が延期されたり、マーベルやディズニーの同時期の映画の興行が不振だったりということが、「ゴジラ ー1.0」の上映館数を確保する上でラッキーな神風として吹いた面はあるようです。
「君たちはどう生きるか」も米国で大ヒット
ただ、では「ゴジラ ー1.0」の快挙は、ゴジラだからこそ起こせた奇跡で、もう再現は難しいのかというと、決してそういうことではないと感じます。
1つ象徴的なのは「ゴジラ ー1.0」の後を追うように公開されたジブリの映画「君たちはどう生きるか」が、米国でジブリ史上最高額の興行収入を記録したことでしょう。
こちらも、2017年にディズニーから米国における配給権を引き継いだGKIDS Filmsという配給会社の努力により、大規模な上映館数での公開が実現したようで、公開された週の興行収入で北米で首位スタートという快挙を成し遂げています。
参考:宮崎駿監督『君たちはどう生きるか』、北米でジブリ史上最高額の興収を記録
最近は映画「鬼滅の刃」や映画「ドラゴンボール」なども、米国でヒットしていましたが、日本の映像コンテンツが、米国でも普通に視聴されるようになる流れが明らかに生まれているわけです。
日本の映像制作会社のVFX技術は実は未知数
また、アニメだけでなく、日本の実写ドラマや実写映画が、海外でも評価されることはNetflixの「今際の国のアリス」や「幽☆遊☆白書」で証明されつつあります。
参考:世界2位発進の実写版「幽☆遊☆白書」が予感させる、日本のコンテンツが世界で迎える黄金時代
今回の「ゴジラ ー1.0」も、国内外の様々な映画祭で受賞やノミネートの発表が続いていますが、特に注目すべきはアカデミー賞視覚効果賞のノミネート候補のショートリストに入った点でしょう。
これまでVFXのような特殊技術は、日本の映像業界は、ハリウッドはもちろん、韓国にも遅れを取っており、世界には太刀打ちできないというのが一部の業界関係者から良く聞く話でした。
例えば、現在世界中で視聴されているNetflixの実写版「幽☆遊☆白書」においては、キャストやメインの制作会社は日本人が担当しているものの、戸愚呂兄弟の再現はハリウッドでも難しいレベルであったため、VFX部分についてはハリウッドのScanline VFXで撮影を行ったと報道されています。
参考:実写版『幽☆遊☆白書』はいかにして生まれたか。ハリウッドのVFX制作現場で見えた新しい形
ただ一方で、今回の「ゴジラ ー1.0」が視覚効果賞のノミネート候補のショートリスト入りしたことは、日本のVFX技術も間違いなく世界で評価されるレベルにあることを証明していると言えます。
実は、「ゴジラ ー1.0」と「幽☆遊☆白書」の両方の制作会社でもある株式会社ROBOTの方の話によると、日本のVFX技術を見たハリウッド関係者から、よく「なぜ、この低予算でこのクオリティの高いVFX表現ができるのか」と驚かれるんだそうです。
つまり、必ずしも日本の映像制作会社のVFX技術がハリウッドや韓国に対して劣っているわけではなく、これまでハリウッドや韓国がかけているほどの予算をVFXに投下する作品が日本に少なかった「だけ」とも考えられるわけです。
日本が負けていたのは予算と覚悟だった?
実際に、前述の中山淳雄氏によると、ハリウッド製作のゴジラ映画はいずれも制作費が1.5億ドル〜1.7億ドルと日本円換算だと200億円を超える制作費と、100億円規模の宣伝費が投下されていると言います。
それに対して「ゴジラ ー1.0」の制作費は15億円と10分の1にも満たない予算であるにもかかわらず、ハリウッドのVFXを見慣れた米国の観客を熱狂させることに成功し、アカデミー賞視覚効果賞のノミネート候補のショートリスト入りしたわけです。
極端な言い方をすれば、日本が負けていたのは映像やVFXの技術ではなく、作品に適切な予算をかける判断を行う経営陣やプロデューサーの覚悟だったと言えるかもしれません。
以前、Netflixの日本コンテンツのトップである坂本和隆さんに日本のコンテンツホルダーが世界に向けた挑戦をするために足りないものは何かと質問をしたときに、「(予算も含めて)どういう制作環境で作品を作ろうとするかという感覚が日本と海外で大きく違う。それはプロデュースの責務」という趣旨の話をされていたのが記憶に残っています。
参考:Netflix日本コンテンツ、世界席巻へ周到な仕掛け 日本トップの坂本和隆氏が語る参入からの8年
今回の東宝のチャレンジも象徴的ですが、日本のテレビドラマにおいても、制作費3000万円が常識だった世界において、1億円を超える予算をかけた「VIVANT」が高い評価を得るなど、世界を見据えてコンテンツへの投資の姿勢をあらためる会社が日本でも増えているように感じます。
映画「ゴジラ ー1.0」においては、敗戦後の日本で、人々がゴジラと対峙するために立ち上がりますが、実はこの映画「ゴジラ ー1.0」は、世界では勝てないと思い込んでいた日本の映像業界が、本気で世界を再び獲りに行くきっかけをくれる映画にもなろうとしていると感じます。
映画「ゴジラ ー1.0」が、日本の映像業界の復活の狼煙になった映画だったと、振り返る日を楽しみに、まずは映画「ゴジラ ー1.0」の世界中でのさらなるロングランを応援したいと思います。