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米国で世界王座獲得の尾川堅一に薬物反応。But、裁定は覆る?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ラスベガスでファーマーを破った新王者・尾川(写真:HBO Boxing)

 ショッキングなニュースが飛び込んできた。12月ラスベガスでテビン・ファーマー(米)との王座決定戦を制してIBF世界スーパーフェザー級王者に就いた尾川堅一(帝拳)にドーピング検査で違反物質が検出された――とスポーツメディアの雄ESPNのホームページが伝えた。米国太平洋時間18日午後4時過ぎのことだ。著者は同サイトのメインライター、ダン・ラファエル記者。尾川の王座は風前の灯火だと伝える。

日本人初のケース

 記事によると同日、試合を管轄したネバダ州アスレチック・コミッション(NSAC)の今年初めての会合で公にされた。尾川は試合直後の検査では陰性だったが、試合前に実施された検査で陽性反応が出た。違反物質はアンドロスタネディオル(合成物質テストステロン)という物で、筋肉増強の効果があるという。A検体、B検体とも陽性と判定された。それでも試合から年をまたいで約40日後の発表。時間がかかり過ぎた印象もする。

 これまで日本人ボクサーが世界タイトルマッチでドーピング違反を犯した例はない。またNSACが実施する薬物検査で“アウト”になったボクサーで処分が覆ったケースはない。同コミッションによると今後、2月か3月に公聴会が開かれ、正式に通達が下る運びだ。もし“クロ”と判断されるとファーマー戦は無効試合に変更され、2年間のサスペンド処分とファイトマネーの30パーセント分の罰金が科されるという。

風邪薬でも問題

 絶体絶命な状況に追い込まれた尾川だが、にわかには信じがたい。彼が所属する帝拳ジムは日本一インターナショナルな環境にある。薬物検査に関しても率先して取り組んでおり、試合前後の厳重なテストをいとわない。本田明彦会長は以前から「服用した風邪薬が原因で問題になることがある。用心するに越したことはない」と神経をとがらせていた。

 今回発見された薬物は調べると市販されているようだが、少なくとも意識的に尾川が使用した事実はないだろう。毎日新聞の報道で、本田会長は「検査時に通訳が不在で言葉が通じず、アトピーの薬で申告漏れがあった。飲んだ薬については既にNSACに報告しており、問題ないと思っている」と話している。

 私もこれが真実で米国メディアが騒ぐほどシリアスな問題ではないと信じている。ちなみに第一報を書いたラファエル記者は試合レポートで、「不可解きわまるスコアカード。私は大差でファーマーの勝ち」と記述。米国人サウスポーのアウトボクシングを評価している。また試合を全米に放映したHBOは名物スコアラーのハロルド・レダーマンが117-111とこれも大差でファーマーの勝利を支持。尾川はアグレッシブさが評価されたが、上記2人は厳しい判定を下した。

メキシコのTVも尾川の勝ち

 公式スコアは2-1のスプリット判定。2ジャッジが116-112で割れ、もう一人のマックス・デルーカ(米カリフォルニア州)は115-113で尾川。私は試合を会場で取材し、デルーカと同じスコアで尾川の勝ち。先週土曜日13日、メキシコのアステカTVが再放送し、比較的公平と評判のエドゥアルド・ラマソン氏のスコアも115-113で尾川。

 デルーカ副審は団体は違うが以前WBCの優秀ジャッジに選ばれたことがあり、信頼度は高い。ラファエル記者とレダーマンのスコアはあまりにもファーマーのボクシングを“評価し過ぎ”といえるだろう。

偏見に立ち向かえ!

 スコアリングと薬物問題には直接、関連はない。だが、ファーマーのプロモーター、ルウ・ディベラ氏は問題が発覚すると「待ってました!」とばかりに尾川のパフォーマンスに言及。「彼は全力を尽くした。まるでエネザイザー・バニー(乾電池メーカーのCMに登場するウサギの人形)のようだった」と発言。傘下のファーマーの勝利を疑わない。そして「パフォーマンス高揚の薬物はボクシングにとり重大な問題だ」と尾川をクロと決めつけるコメントも発している。これらはある種の偏見ではないかと思う。

ファーマーの勝利を主張するルウ・ディベラ・プロモーター(写真:Ring8ny.com)
ファーマーの勝利を主張するルウ・ディベラ・プロモーター(写真:Ring8ny.com)

 ディベラ氏は同時に王座は空位、ファーマーに再度、王座決定戦出場のチャンスが与えられたような話をしているが、まだそれは早計だろう。本田会長率いる帝拳サイドがどんな“反撃”を見せるか。事がシビアなだけに慎重さが肝心だが、私は米国側を説得できる可能性は大きいとみる。

 帝拳ジムといえば、先輩王者の山中慎介が王座を失うも勝ったルイス・ネリ(メキシコ)から薬物反応が検出された。今回の尾川のケースと類似する。ネリは最終判断を下す自国に本部を置くWBCがアシストするかたちで処分を免れた。ネバダ州コミッションの裁定にはそんな幸運は望めないだろう。

 だがWBCヘビー級王者デオンタイ・ワイルダー(米)に挑戦が決まりながら違反薬物でアウトになったルイス・オルティス(キューバ)が再調査をリクエストしてWBCを納得させた例がある。3月ワイルダーvsオルティスは仕切り直しで対決する。このケースでオルティスは「服用した薬は血圧を低下させる目的だった」と主張。それに比べると尾川のケースはよりイージーな状況ではないだろうか。

 ベルト獲得に続く2度目の朗報を待ちたい。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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