Yahoo!ニュース

目の中の悪性腫瘍、ぶどう膜メラノーマのがん幹細胞研究の最前線

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:アフロ)

【ぶどう膜メラノーマとは?目の中で発生する危険な悪性腫瘍】

ぶどう膜メラノーマは、目の中のぶどう膜と呼ばれる部分から発生する悪性の腫瘍です。ぶどう膜は、虹彩、毛様体、脈絡膜の3つの部分から成り立っており、目の奥にある視細胞に栄養を供給する重要な役割を担っています。ぶどう膜メラノーマは、大人の目に発生する腫瘍の中で最も多い種類で、発生部位は脈絡膜が約90%、毛様体が6%、虹彩が4%となっています。

ぶどう膜メラノーマは早期発見が難しく、症状が出た時には既に進行している場合が多いのが特徴です。治療法としては、放射線療法や手術療法などがありますが、約半数の患者さんで転移が起こり、肝臓や肺などに広がってしまうことが知られています。転移が見つかった後の予後は非常に悪く、生存期間の中央値は6~12ヶ月と言われています。

皮膚のメラノーマと比べると発生頻度は低いものの、ぶどう膜メラノーマは非常に危険な疾患であり、新たな治療法の開発が待ち望まれています。皮膚のシミやホクロの変化に注意を払うのと同様に、目の異変にも気を配ることが大切だと考えます。

【がん幹細胞とは?治療抵抗性の原因となる特殊ながん細胞】

近年、がんの治療抵抗性や再発の原因として注目されているのが、「がん幹細胞」の存在です。がん幹細胞は、自己複製能力と多分化能力を持つ特殊ながん細胞で、ゆっくりと分裂しながら、自らのコピーを作り出し、様々ながん細胞に変化させていきます。

通常の抗がん剤治療や放射線治療では、分裂の盛んながん細胞を攻撃しますが、ゆっくり増殖するがん幹細胞は生き残ってしまう可能性が高いのです。生き残ったがん幹細胞が、再びがんを形成し、転移・再発を引き起こすと考えられています。

また、がん幹細胞は、抗がん剤を排出するポンプを多く持っていたり、DNAの修復機能が高かったりと、様々な治療抵抗性のメカニズムを持っています。さらに、低酸素状態でも生存できる能力や、免疫システムから逃れる能力も備えていると言われています。

がんを根治するためには、このがん幹細胞を如何に攻略するかが重要な鍵となるでしょう。がん幹細胞をターゲットとした新たな治療戦略の開発が進められています。

【ぶどう膜メラノーマのがん幹細胞を標的とした治療法の可能性】

ぶどう膜メラノーマにおいても、がん幹細胞の存在が確認されています。CD133、Nestin、CD166、ALDH活性の高さなどが、ぶどう膜メラノーマのがん幹細胞のマーカーとして報告されています。

ぶどう膜メラノーマのがん幹細胞を標的とした治療法としては、以下のようなアプローチが研究されています。

1. がん幹細胞の生存に関わるシグナル伝達経路の阻害薬

2. がん幹細胞の表面マーカーに対する抗体療法

3. がん幹細胞を支持する微小環境(ニッチ)を狙った治療

例えば、NF-κBやWnt/β-カテニン経路の阻害薬であるプリスチメリンやニクロサミドが、ぶどう膜メラノーマのがん幹細胞に対する効果を示しました。また、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害薬のJSL-1は、ぶどう膜メラノーマのがん幹細胞を減少させ、マウスの腫瘍増殖を抑制しました。

微小環境を標的とした例としては、線維芽細胞増殖因子(FGF)受容体の阻害が、ぶどう膜メラノーマのがん幹細胞の抑制につながることが示されています。

これらの研究結果は、ぶどう膜メラノーマのがん幹細胞を標的とすることで、治療成績の向上が期待できる可能性を示唆しています。一方で、正常な幹細胞への影響や、がん幹細胞の可塑性など、まだ克服すべき課題も残されています。

ぶどう膜メラノーマは希少がんであるため、大規模な臨床試験を行うことが難しいのが現状です。しかし、単一細胞解析などの最新技術を駆使することで、がん幹細胞の性質をより深く理解し、有効な治療法の開発につなげていくことが期待されます。

皮膚がんの一種である皮膚悪性黒色腫においても、がん幹細胞の存在が知られており、様々な治療標的として研究が進められています。皮膚のがんとぶどう膜のがんでは、発生する場所は異なりますが、メラノサイト(色素細胞)由来のがんであるという共通点があります。皮膚がん領域での知見が、ぶどう膜メラノーマの治療法開発にも活かされることを期待したいと思います。

参考文献:

1. Loda A et al. Cancer stem-like cells in uveal melanoma: novel insights and therapeutic implications. BBA - Reviews on Cancer. 2024;1879:189104. doi:10.1016/j.bbcan.2024.189104

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

大塚篤司の最近の記事