後藤創平 著『遺されたもの』
WBCバンタム級の山中慎介、WBAミドル級の村田諒太、WBAスーパーバンタム級の久保隼。3人の元世界王者は、それぞれ南京都高校ボクシング部のOBだ。
同校を全国大会の常連、及び名門に育て上げた武元前川氏のヒューマンノンフィクションがこのほど発売された。著者の後藤創平氏は京都新聞の運動部記者である。
武元氏が自らの命を絶ったのは、ボクシング界ではよく知られている。だが、その苦悩を察し、触れてはならないー--ずっとそんな空気が漂っていた。
後藤氏がクローズアップしたかったのは、決してスキャンダラスな部分ではない。一人の高校教師であり、ボクシング部の監督であり、夫であり、3人の子供を持つ父親であった故人の姿だ。
ボクシングを通じて、やんちゃ坊主がどのように成長していったのか。ボクシング指導者として、いかに彼らと寄り添ったのか。数々の教え子の証言から武元前川氏の人物像を浮かび上がらせている。
当然のことだが、冒頭に挙げた3名のように成功を掴んだ者の陰には、無名のまま消えていった若者の存在もある。そういったタイプの方が圧倒的だ。後藤氏は、彼らの声も丹念に拾いながら、元ボクサーたちの「亡き恩師」を描いた。
その手法も、行間から伝わるボクサーへの眼差しも、そして息遣いも、後藤氏の父上である正治氏の著書『遠いリング』や『リターンマッチ』を彷彿とさせる。
「武元先生がいたから、今の自分があります」。何人もの南京都高校ボクシング部OBがそう語った武元前川氏。本書は教育論でもある。
ボクシングファン、スポーツ・ノンフィクションのファンは必読だ。