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【大阪都構想】 なぜ松井・吉村は負けたのか

安積明子政治ジャーナリスト
大阪都構想を説明する松井市長と吉村知事(写真:つのだよしお/アフロ)

まさかの敗北

 大阪市を廃止して4つの特別区に分ける「大阪都構想」の是非を問う2度目の住民投票が11月1日に行われ、賛成が67万5829票に対して反対が69万2996票と反対が賛成を上回った。2015年5月に行われた最初の住民投票では、賛成が69万4844票に対して反対が70万5585票。今回は投票率が減少したためにいずれのサイドも票数を減らしたが、特に賛成側の落ち込みが大きい。公明党が反対側から転じたにもかかわらず、賛成票が1万9000票も減っている点に注目だ。

 さてこの日、市内のホテルのバンケットルームに設置された大阪維新の会の会見場。多くのメディア関係者が集まっていたものの、勝ちムードがほとんどなかった。後方に設置された大型テレビは、賛成票が反対票をやや上回っていることを報じていた。しかし大きく増加した期日前投票では、反対票がかなり上回ったと聞いているので、大阪維新の会が苦戦しているのは間違いない。

夜10時43分にNHKが反対派の「多数確実」を報じると、会場がざわめいた。その2分後には11時に会見を開くというアナウンスが流された。

 そしてひな壇に登壇したのは、吉村洋文大阪府知事、松井一郎大阪市市長、佐藤茂樹公明党大阪府連代表と土岐 恭生同党大阪府連幹事長。最初に会場に入った泣き顔の吉村知事で、後に続いた松井市長は疲弊しきっていた。一方で公明党の2名はなんとも神妙な表情で、否決を哀しがっているのかそうでもないのかが読み取れなかった。

「2度負けてますんで、これはもう自分自身の政治家としての力不足。これに尽きると思います」

 松井市長は清々しいまでの敗北宣言の後、かねてから述べていたように市長の任期満了での退陣と政界引退を表明した。3度目の住民投票はないということだ。

「僕自身が(今後)大阪都構想に挑戦することはありません」

 敗北を認めた吉村知事も、きっぱりとこう述べた。ではなぜ大阪維新の会は負けたのか。

小さくない“れいわ”効果

 ひとつはれいわ新選組の山本太郎氏の存在だ。今回の住民投票では、山本氏は大阪入りして各地でゲリラ街宣。維新市政で大阪経済が伸びていないこと、大阪都構想で大阪市民が割を喰う点を力説してまわった。

 山本氏は兵庫県宝塚市の生まれだが、箕面自由学園高校に在学した。いずれも大阪市外だが、買い物や遊びでは大阪に来ていたに違いない。人は青春時代に楽しく過ごした町が最も印象的で、思い入れが強くなる。山本氏にとって大阪とはまさに、そのような存在であったに違いない。

 その山本氏率いるれいわ新選組が昨年の参議院選で大阪市内で獲得した政党比例票は2万692票で、名簿登載者票は2万1993票。今回は参議院選時のような勢いがないとしても、その人気は健在だ。31日夕方に大阪駅前で開いた街宣では、数百人の聴衆が山本氏の語りに聞き入った。

 翌日になんば高島屋前で開かれた松井市長・吉村知事の共同街宣には、およそ1000人が集まった。ただし胸の前で手を組んで彼らの演説に聞き入る熱烈な女性ファンがいる一方で、単に「聞いている」というだけの学生などその態様は様々。気になったのは若者の反応だ。都構想の生みの親である橋下徹前大坂市長も、2日のテレビで「20代が反対票が増えている」と述べていた。

 

若者が維新に嫌悪感?

 というのも、市中で数度、その現場を見たからだ。ひとつは淀屋橋で地下鉄から上がった時、2人の若い男性が次のように話しているのに遭遇した。

「都構想なんかやったら、相当ひどいことになるで」

「もし成立したら、5年後にひっくり返してやればええやん」

「それはできひんのや」

「ええ!そうやのん?あいつら、本当に大阪をメチャメチャにするんやな」

 「5年後に都構想をひっくり返せ」と述べた男性は、顔を大きく歪めてこう言った。

 また別の場所では、若い男性たちが、都構想について話をしながら歩いているのを目撃したことも。

「4分割していいことあるん?」

「ないやろ」

「ほな、やめといた方がええな」

 これまで無数に選挙の取材をしてきたが、こちらが尋ねない限り若者の声を聞くことはなかった。にもかかわらず、今回はこうした場面を何度か目にすることができた。彼らが実際に投票に行ったかどうかは知らないが、関心の高さは伺えた。

 

票を出せなかった大阪公明党

 5年前の住民投票と比べ、今回の都構想への賛成票が大きく減少したことはすでに述べたが、ここで留意しなければならないのは、公明党は5年前は都構想に反対だった点だ。要するに、学会票を持っている公明党が賛成側に付いたにもかかわらず、票を減らしているのだ。

 これについては先月18日の公明党の山口那津男代表の大阪入りまでさかのぼる必要がある。都構想応援のために大阪にやってきた山口代表に対して党本部にクレームが入ったのだと、同党関係者は述べる。

「『5年前は反対したくせに、なぜ今回は賛成するんだ!』と言うんですよ。こちらだって本当は賛成したくない。でも次の選挙で維新がうちに対抗馬を出すというから、仕方ないんです」

 公明党は衆議院で兵庫県内に2選挙区、大阪府選挙区に4選挙区を持つ。そこに日本維新の会から候補を立てられたらたまらない。よって候補をたてられないように、都構想支持にまわった。

 まずこれは、非常に有権者をバカにした話だ。選挙は有権者が決めるもので、政党の取引の材料にされるべきものではない。しかも小選挙区を持つ議員なら、どんな候補が出てこようとも、選挙区を死守する覚悟があるはずだ。

 さらに“敗戦会見”で述べた佐藤代表の発言が、まったく理解しがたいのだ。

「今回の都構想案につきましては、私ども公明党の主張がしっかりと入ったより良い協定書になったということで、私どもこの選挙期間を運動し主張してまいりましたけれども、その私どもの主張が市民のみなさんに多数となって結果をなって出なかったとことは、重く受け止めなければならないと思っています」

 さらに今回の都構想案については「バージョンアップした」と述べた佐藤代表だが、もし公明党支持層がそれを評価したのなら、賛成票はわずかでも伸びなくてはいけない。これについて別の同党関係者は次のように教えてくれた。

「創価学会の学会員数は東京より大阪の方が多く、力を持っていた。しかし西口さんが亡くなってからは、それを継ぐ人がいなくて、すっかりと東京(菅首相と繋がりがある)の言いなりになっている」

 西口さんとは2015年3月に亡くなった西口良三副理事長のこと。

「選挙でも西口さんの指示に従えば、必ず票が出た。しかし今はそんな指示ができる人はいない」

 確かにかつての公明党は、参議院大阪府選挙区で80万票を叩き出していた。ところが昨年の参議院選では60万票を割っている。もちろん支持層の高齢化の影響もあるだろう。だが迷走する公明党を支えようとする学会員がどれだけいるのか。“常勝関西”は消えつつあるのかもしれない。

 

致命傷は「毎日新聞問題」

 以上のような問題に加えて、毎日新聞などが「218億円のコスト増」と報じた件が致命傷になったといえるだろう。記事内容ばかりではない、常軌を逸した“もみ消し”行為が白日の下に晒され、「維新政治の強権性」が白日の下に晒された。しかも日本維新の会の馬場伸幸幹事長は10月29日の衆議院代表質問でこの件を取り上げ、武田良太総務大臣に「毎日新聞は公職選挙法違反を犯した」と言わしめようとした。これは悪名高い野党ヒアリングより質が悪い。

 こうしたことが重なって、当初は優位だった大阪都構想は最終的に否決されたのだ。世論調査によると、大阪市民の多数は吉村・松井体制に満足しているが、大阪都構想は無意味だと感じている。器だけ作り直しても真の行革にならないのに、なぜ箱を作ることを主張したのか。本当に大阪が復活するためには、政治も行政もその中身を一掃する必要があるのではないか。

 

 

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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