ドラマが生まれた皇后杯の勝者はINAC神戸!タイトルを導いた3つの勝因と合言葉「エキーポ」
女子サッカーの最高峰を決める皇后杯決勝戦は、頂上決戦に相応しい、手に汗握るゲームとなった。
INAC神戸レオネッサと三菱重工浦和レッズレディース。WEリーグで今季首位争いを繰り広げている強豪同士、ともに準決勝では延長戦を含めた120分間の激闘を制して勝ち上がってきた。
ゲームの主導権は、90分間を通じて浦和にあった。安藤梢と猶本光という2人の屋台骨を準決勝のケガで欠く苦しいチーム事情の中で、代わって先発した塩越柚歩と伊藤美紀が強力な歯車に。前半19分、塩越のボール奪取から清家貴子が入れたクロスが神戸のオウンゴールを誘い、浦和が先制に成功した。
一方、中盤でボールを保持できない神戸は終始、我慢の展開を強いられた。神戸のジョルディ・フェロン監督は、前半から積極的な配置替えを敢行。それでも流れが変わらないと見るや、後半は高瀬愛実、井手ひなた、桑原藍と、フィジカルに長けた3人を投入し、センターバックの土光真代をボランチに上げるなど勝負に出た。だが、浦和もギアを上げてこれに対応し、1-0のまま試合は終わるかに思われた。
しかし、終了間際のラストプレーで再び試合が動く。神戸が猛攻を仕掛けてペナルティエリア内でのハンドを誘い、このPKを高瀬が決めて土壇場で追いつき、そのまま延長戦に突入。ともに3度ずつの決定機を作った延長戦でも決着はつかず、7人目までもつれ込んだPK戦を制した神戸が、2016年以来8年ぶりの皇后杯タイトルを掲げた。
【チームを一つにした言葉「エキーポ」】
「自分が(2020年に)INACに入ってから、チームがこんなに一つになっているのは初めてだと感じています」(田中美南)
「本当にチーム力がありました。だからこそ優勝できたと思います」(北川ひかる)
今大会を通じて替えの利かない仕事をした2人が、しみじみと語っていたのが印象的だった。
ともに3強と称される浦和や東京NBと違い、神戸はクラブ生え抜きの選手が少ない。だが、他クラブのエース級や高校年代のトップランカーが集まり、弱肉強食の世界で自分の居場所を見つけていく。異なる環境で磨かれてきた、信念や放つ色も大きく違っている「個」を調和させ、チームにするのは容易ではない。
だが、今季招聘されたジョルディ・フェロン監督がいつも使っていた“ある言葉”が、選手たちの意識を同じ方向に向かわせた。
「エキーポ」
スペイン語で「チーム」や「仲間」を意味する言葉である。また、同監督は「チームは家族」だとも強調してきた。勝つために細部にこだわり、厳しい要求をぶつけ合う。その相手が他人ではなく“家族”なら、受け取り方も変わってくるだろう。北川は言う。
「みんなが素直な気持ちでぶつかり合っているので、言いたいことを言い合いながらも、チームとしてまとまりがあります。それを全員が分かっていたからこそ、最後まで試合を楽しめたと思います」
【指揮官が語る「3つの勝因」】
指揮官は、チームにどのように一体感や「戦う意識」を植え付けたのだろうか?試合後の会見で、フェロン監督は3つのポイントを挙げた。
「まず、目標がバシッと決まっています。みんなが同じ方向を見て、組織という集合体がうまくいけば個々は後からついてきます。そして、集合体を引っ張っていくキャプテンが重要です。(田中)美南は選手としての素晴らしさを世界的にも評価されていますし(*)、日頃から居残り練習をして、若手にも声をかけている。試合に向かう姿勢、ロッカールームでの声掛けもいいものを見せてくれています。もう一つ言えることは、みんなが『勝ちたい』という気持ちを強く持っていること。私もその気持ちが前に出過ぎて選手とぶつかることがありますが、チームがひとつの家族になれたことで、結果に繋がったと思います」
(*)イギリスの大手新聞『ガーディアン』が選ぶ2023年の女子サッカー選手トップ100に選出された。
戦術面においては、昨年まで堅守速攻がベースとなっていたが、そこにポゼッションという新たなオプションを獲得したことも、戦い方の幅を広げたと思う。
シーズン当初、フェロン監督が取り入れた4-3-3がうまく機能せず、大量失点が続いたため、昨シーズンまで戦っていた5バックに変更。その後は、堅守をベースにポゼッションの安定が図られた。バルサのカンテラ育ちのフェロン監督にとって、ボールを保持する練習は体に染みついたものだろう。ボールを持っていない選手も含め、全員がプレッシャーをかけにくい立ち位置を取る場面が増えたように感じる。
また、同監督を招聘した安本卓史社長は、選手へのアプローチや若手起用も評価する。
「彼の素晴らしいところは、『これでもか』というぐらい細かく選手にアドバイスをすることだと思います。ミーティングでは何度も同じ話をして、徹底する。ベテランも中堅も使いますが、若手も積極的に使います」
今季は10代の若手選手たちに出場機会を与え、愛川陽菜、天野紗、竹重杏歌理、桑原、井手らが台頭した。重圧がかかるPK戦でその選手たちがしっかりとゴールネットを揺らしたことも、一つの成果と言える。
【チームを導いたキャプテンシー】
昨年、同大会の決勝戦の試合に出られず、0-4の大敗を見届けた田中にとっては、待ち望んだタイトルだろう。この試合では前半から仕事をさせてもらえず、フラストレーションが溜まっていたはずだ。だが、終了間際のシュートでPKを呼び込み、最後のPKは一番手に名乗り出た。フェロン監督が指摘したキャプテンシーが垣間見られる一面だ。
「周りをよく見るようにして、ぬるい雰囲気ならキツく言うし、意図的に感情的になることもあります。選手同士や、選手と監督がぶつかっているのを見たら、間に入って話を聞くこともあります。それは状況を見て変えるようにしています」
年齢的にもベテランの域に一足を踏み入れつつある田中だが、今季は得点力や勝負強さとともに、リーダーシップも抜きん出たものを見せている。試合後はその喜びを口にする一方で、自分たちが理想とする試合運びができなかったことを振り返り、浦和と地力の差があることを口にした。
「浦和にはケガをしている主力選手が2人いた中で、今日の試合内容だったらリーグでの対戦も(勝つのは)難しいと感じます。優勝できたことは嬉しいですが、次はそこを修正しながら、リーグ優勝を目指したいと思います」
リーグが再開するのは3月2日。先立つ2月末には、代表のパリ五輪アジア最終予選が行われる。対戦相手は朝鮮民主主義人民共和国。神戸も浦和も、ともに複数名の代表選手を抱えている。日本女子サッカーの未来を占う重要な試合で、国内最高峰の選手たちが共演し、躍動する姿を楽しみにしたい。