女子サッカー最高峰で戦うなでしこたち。「甘くないと思っていた」清家貴子と宮澤ひなた、挑戦の葛藤と進化
【WSLの盛り上がりを現地取材】
チェルシー、マンチェスター・シティ、リバプール、マンチェスター・ユナイテッド――。
イングランドのビッグクラブで日本人選手たちが躍動している。サムライブルーではなく、なでしこジャパンの話だ。イングランド女子1部のWSL(女子スーパーリーグ)は、12チームで構成されており、総勢12人のなでしこ達が、8チームでプレーしている。
フットボールの本場だけにサッカー熱の高さは言うまでもないが、近年は女子サッカーの興行的な成功の牽引役にもなっている。ライオネス(イングランド女子代表)が女子ユーロで初めて欧州王者になった2022年以来、リーグの総収入と観客数は右肩上がり。放映権とチケット収入、スポンサー収入のさらなる増加が見込まれている。
世界最大の会計事務所「デロイト」によると、昨季の総収入は5200万ポンド(約101億円)に達し、リーグの市場価値はアメリカを抜いて1位に。その結果、各クラブの環境への投資も増加し、世界各国の代表選手や優秀な指導者が集まるサイクルを生み出した。
今季、清家貴子が加入したブライトン・ホーヴ・アルビオンは、女子で最初の専用スタジアム計画を提出。長谷川唯を筆頭に4人の代表選手を獲得したマンチェスタ・シティも、18億円以上をかけて女子専用施設を開発する計画を発表した。そして今年8月には、FA(イングランドサッカー協会)とWSLが、世界初の10億ポンド(約1950億円)規模の女子リーグを目指す計画を発表。それに伴ってWSLは今季、2部リーグとともにFAから独立し、2つのリーグの所属クラブを株主として設立された新会社に運営権が引き継がれた。チャレンジにはリスクも伴うが、プレミアリーグでの成功体験を含め、ここ数年の変化を考慮すれば、10億ポンドリーグへの挑戦も夢物語ではなさそうだ。
そうしたイングランドの女子サッカー熱を体感すべく、リーグ第5節の日本人対決を取材した。18日に行われたブライトンvsマンチェスター・ユナイテッドの試合では、パリ五輪でなでしこジャパンの両翼を担った清家貴子と宮澤ひなたが激突。3位(マンU)と4位(ブライトン)の上位対決だ。
ブライトンは、イギリス南部に広がるリゾートである。ロンドンからは2時間ほどで、美しいビーチや歴史的建造物など、観光名所が点在している。
最近では、ブライトン男子の三笘薫の試合を見に日本人観光客の数も増えているという。街のショッピングモールにあるブライトンのグッズショップでは、三笘薫のユニフォームとともに、清家のユニフォームがレジの真正面で存在感を放っていた。
ブライトン女子のホームスタジアムは、ブロードフィールド・スタジアム(6134人収容)だが、この試合は男子のホーム、ファルマー・スタジアム(31,800人収容)で開催された。当日券は大人12ポンド(約2350円)。客層を見ると、男性と女性の割合は6:4ぐらいで、子どもたちも多い。試合前には、フィッシュ・アンド・チップス(約3000円)の屋台に行列ができていた。
この試合で販売されたチケットは完売。ファルマー・スタジアムでのWSL最多記録となる8369人の観客が入った。キックオフ1時間前まであいにくの雨だったが、試合が始まる頃には雨が止み、メインスタンドとバックスタンドはほぼ満員(ホームゴール裏のみ販売なし)に。
【葛藤と進化が見えた両者の90分間】
両チームとも、オフには移籍の動きが大きく、ブライトンは監督に加えて選手も過半数の12人が入れ替わった。ダリオ・ヴィドシッチ新監督の下で新たなスタートを切ったブライトンは、徹底的につなぐサッカー。マンUも主力を含む6人以上が入れ替わり、宮澤も「1からのスタート」と話していた。
そんな中、清家は開幕戦でハットトリックの衝撃デビューを飾り、ブライトンも公式戦4勝1敗(4位)と好スタートを切った。D.ヴィドシッチ新監督の「徹底的につなぐサッカー」が、強豪相手にどこまで通用するかがこの試合の見どころだ。
一方、マンUは開幕戦から公式戦4連勝で、全試合無失点を貫いている。2年目の宮澤は、昨季はボランチやインサイドハーフでプレー。個でこじ開ける形が多い前線で良さを出すのに苦労していたが、ケガ明けからコンディションを上げている。今季10月2日のリーグカップのリバプール戦(2-0で勝利)ではサポーターが選ぶプレイヤー・オブ・ザ・マッチ投票でトップ(34%)の得票率を獲得した。
試合は、清家がベンチスタート、宮澤は4-2-3-1の左サイドハーフで今季リーグ戦初先発。試合前の入場で花火が打ち上がると、スタンドの熱も増し、あちこちで口笛や手拍子が湧き起こる。ピッチ上には、代表のキャリアを持つ選手たちがずらりと並ぶ。
前半3分、マンUのカウンターが炸裂し、宮澤が左足で枠を捉える強烈なシュート。ブライトンのGKバガリーが何とか片手一本で弾いたが、緊張感あふれる中で生まれたファーストシュートに両サポーターが沸いた。その流れで、マンUに先制点が生まれる。前半13分、宮澤がドリブルから中央に展開、右サイドから上がったクロスをG.クリントンがワンタッチゴール。その後も宮澤はボールによく絡み、シュートも4本打った(筆者算出)。
一方、ブライトンも粘り強く隙をうかがい、52分にN.パリスがクロスに飛び込んで同点に。これがマンUの今季初失点となり、劣勢だったブライトンが勢い付く。ただ守備の消耗もあり、清家の登場はいまかいまかと期待したものの、ウイングのポジションでは18歳の大型FWミシェル・アジャマンとM.ヘイリーが早々に交代出場。結局、最後まで清家の出番は回ってこず、試合は1-1の痛み分けとなった。
清家は今季初めて90分間ベンチを温めることになり、試合後はさすがに悔しそうな表情を見せた。「開幕戦やプレシーズンも試合に出ていた中で、評価を落とす心当たりがないので、なんで出番が減っているんだろう?という気持ちはあります」
開幕戦でハットトリックという最高の結果を残しただけに、複雑な思いは想像に難くない。シーズンが始まったばかりで、いろんな選手にチャンスを与えたいという監督の思惑もあるのかもしれない。「海外挑戦すると決めた時に、甘くはないと思っていた」と、清家も覚悟は決めている。「ウイングで出る選手は個の強いパワー系の選手が多いので、自分もそういうプレーを磨いて、自分にしかできないコンビネーションやスピードでアピールしていきたいですし、自分に足りないものを探してやっていきたいと思います」
一方の宮澤は、昨年からの葛藤を一つ乗り越えたような表情をしていた。
「選手が入れ替わった中で、もう一回きたチャンスをつかみ取らなきゃいけないと思っています」
フィジカルの強さを武器としているだけに1対1の局面が多くなりがちだが、昨年に比べて、足元でつなぐ場面は増えたという。M.スキナー監督からは他の選手同様に「スペースに走れ!」と指示を受けることもあるが、指示は尊重しつつ、自分の判断も大切にしているという。
走っても、味方とのタイミングがずれればパスはつながらない。だからこそ、自分の良さをチームに生かすため、試合や練習から言葉でアピールし続けてきた。「どちらの足にパスが欲しい、とかボールを置いて欲しい、もっとつなぎたい、と話をしてきました。フィジカルはこっち(WSL)の良さですが、それをより生かすためにも、もう一つ工夫すればもっと有利になれるんじゃないかな、と」
この試合で先発のチャンスを得たのは、10月2日のカップ戦(vsリヴァプール)で2ゴールに絡む結果を残したことも大きいだろう。宮澤の左サイドは2タッチ以内でパスが回るシーンも多く、異国の地で試行錯誤してきた成果は随所に見えた。チームメートが宮澤の特徴を理解し、尊重している証だ。
「今年は選手もシステムも変わって、自分の良さを出せるポジションに入れるかな、という感触はあります。体が他の選手よりも小さいので、走るより足元の方が確実だとみんなが理解してくれるようになりました。相手を動かしたい時に個に頼ってしまう部分はまだチームとしてありますが、引き続き、ミーティングなどで自分の想いを伝えていきたいなと思っています」
【YouTubeの視聴者数は3倍に。注目度を増すWSL】
ブライトンサポーターは、相手の好プレーに対しても沈黙ではなく、悲鳴とともに歓声を送っていた。浦和の熱い応援を受けて育ってきた清家は、WSLの観客の盛り上がりや雰囲気をどう感じているのだろうか。
「浦和の応援は自分にとっては特別です。こっちはサポーターの集団はそんなにいないけれど、観客がみんな熱くて、自然とスタジアムが一つになっていく感じがあって、それも好きです」
WSLでは各チームが大一番などで男子のスタジアムを使用することがあり、昨季は2024年2月にエミレーツ・スタジアムで行われたアーセナルとマンチェスター・ユナイテッドの試合(6万160人)でリーグの最多観客数を更新した。宮澤は昨季、ウェンブリーに7万6000人が入ったFAカップ決勝(初優勝)も経験している。
「相手へのブーイングもありますが、野次というより楽しんでいるのが伝わってきて、W杯やオリンピックと同じような雰囲気でできるのは嬉しいです。だからこそ、ゴールが欲しいですね」(宮澤)
ちなみに、WSLは昨季までは専用アプリ(無料)で見られたが、今季から公式YouTubeでライブ配信されており、視聴者数が急上昇し、3倍以上になっているという。
上位進出を狙い、今季のダークホースになりそうなブライトンと、上位返り咲きでビッグクラブの矜持を示したいマンチェスター・ユナイテッド。新シーズンが始まったばかりのWSLで、2人のなでしこの挑戦を見届けたい。
※表記のない写真は筆者撮影
取材協力:ひかりのくに