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衝撃の相続 夫が死後に落とした「遺言認知」の紙爆弾が炸裂!

竹内豊行政書士
相続で「遺言認知」という紙爆弾が炸裂することがあります。(写真:アフロ)

相続は「まさか!」の衝撃の場面に出くわすことがあります。今回は衝撃の相続の中から「遺言認知」を紹介します。

夫の突然の死

野崎幸子(仮名・68)さんの夫誠治(仮名)さんは、幸子さんと朝食を取っている最中に急に気分が悪くなってそのまま亡くなってしまいました。享年70歳でした。

反対された結婚

誠治さんは妻幸子さんの父厳一郎(仮名)さんが経営していた老舗の日本料亭の料理人でした。料理人の修業は朝早くから夜遅くまで厳しいものでした。そんな誠治さんの姿を見ていた幸子さんはいつしか誠治さんに好意を抱くようになりました。誠治さんも時折「がんばって!」と声を掛けてくれる幸子さんが気になる存在になり、二人は付き合うようになりました。

そして、二人は結婚を決意しました。しかし、厳一郎さんは大反対でした。実は、一人娘の幸子さんには地元の3代続くホテルの御曹司と縁談が持ち上がっていたのです。このホテルには厳一郎さんのお店が入っていたし、御曹司も家柄、人柄そして財力も申し分ありません。それに二人が結婚すれば商売にも好影響が期待できます。

しかし、反対されればされるほど盛り上がるのが恋です。最後には、幸子さんは「お父さんが許してくれないのなら、今すぐ二人で出ていきます!」と啖呵を切りました。とうとう条件付きで結婚の許しを得ることができました。

結婚の厳しい条件

厳一郎さんが出した条件とは、誠治さんが婿養子となり、二人の間に生まれた子どもを料亭の跡取りとすることでした。つまり、誠治さんには跡を継がせないということです。しかし、誠治さんは惚れた弱みで師匠の要求を受け入れることにしました。そして、山田誠治から野崎誠治となったのです。

真面目一筋の結婚生活

二人の間には長男と長女二人の子どもに恵まれました。そして、誠治さんはひたすら料理の道を究め、その甲斐あって料亭も繁盛しました。長男の厳太郎さんも料理人になり、他の料亭で修業を終えて誠治さんの下でさらに腕を磨いていました。また、師匠の祖父からは次期経営者としての帝王学も授けられていました。そんな中、誠治さんは突然逝ってしまったのです。

突然の訪問者

誠治さんの四九日の法要が終わった翌日、見知らぬ女性が喪服で突然訪ねてきました。色白のスラッとした一見モデルのようなその30代と思える女性は、「この度は、ご愁傷さまです」と告げるとそそくさと香典と名刺を差し出しました。その和紙でできた名刺には、「倶楽部 陽炎 ママ 米沢涼子」と書かれていました。住所は高級クラブがある繁華街でした。

炸裂する紙爆弾

幸子さんは「一体何の御用ですか」ときつい声で言うと、「実は、誠治さんからこういうものを預かっていました」とある書類をカバンの中から取り出しました。表紙には「遺言公正証書」と書いてあります。嫌な予感がした幸子さんは、ママに「拝見してもよろしいですか」と言うと、ママは「どうぞ、そのためにお邪魔してますから」と言ってその遺言書を差し出しました。奪うようにして見るとそこには信じられない内容が書かれていました。

私は、米沢涼子の長男 米沢誠一郎を認知する。

幸子さんがあまりの衝撃で固まっていると、ママは「誠治さんには接待で店を使っていただいていました。奥様には申し訳ないと思いましたが私も誠治さんを一人の男性として意識してしましました。誠治さんも『ママといると安らげるよ』と言ってくれました。そして、誠治さんとの間に男の子をもうけました。私は『一人で育てるから大丈夫』と言ったのですが、誠治さんは、『子どもの将来は任せてくれ。これがあれば役に立つから』といってこの遺言書を渡してくれました」と幸子さんに告げました。そして、「後のことは弁護士さんにお任せしてます。後程先生から奥様に連絡が入ります。そうそう、誠治さんはお店のことやご家庭のことで大分お疲れのようでした」と言い残して出ていきました。

夫の復讐劇

幸子さんは、「確かに夫は結婚してからお店のことや跡取りを育てることで大変だったと思う。それに父との関係も悩んでいたかもしれない。私も時折きつい言葉を発してしまっていた。そういえば、料理の新作の勉強と言って3年ほど前から月に一度1泊で外泊するようになっていた。きっとあの女の所に行っていたに違いない・・・。そうだ、これは夫の復讐なのだ・・・」そう思って夫をもう少し労わっておけばよかったと思う後悔と、夫の浮気が許せない気持ちと、これから起こる相続問題で心が張り裂けそうになりました。

「遺言認知」とは

誠治さんが残した遺言は遺言認知とよばれるものです。

認知とは、嫡出でない子に対して事実上の父または母が、自分の子であることを承認し、法律上の親子関係を発生させる行為をいいます。

認知は遺言によってすることができます。また、遺言者の死亡の時から効力が生じるので、遺言執行者がその就職の日から10日以内に、遺言書の謄本を添付して認知届をすることが必要です。

認知の効果は、嫡出でない子(注)と認知した父との間には、法律上の親子関係が生じます。そして、認知の効果は、認知した時から発生するのではなく、出生の時点までさかのぼって発生します。

したがって、誠治さんが遺言で認知した男の子は誠治さんと親子関係を発生することになり、相続人の1人として誠治さんの遺産を承継する権利が発生することになるのです。

(注)妻が婚姻中に懐胎した子および妻が婚姻後に出生した子を「嫡出子」といい、そうでない子を「嫡出でない子」という

遺言認知が与える本当の衝撃

遺言認知はこのように法律的な親子関係を死後に生じさせるという効果がありますが(それにり、遺言者の相続権を取得する)、相続人、特に妻に与える衝撃は計り知れないものがあります。

誠治さんは生前店のことや後継ぎのこと、義父との関係、そして厳しい妻の言動に耐える結婚生活だったのではないでしょうか。ひょっとしたら、誠治さんは妻への復讐として遺言認知を選択したかもしれませんね。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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